第37話 まるでアナタは弱みに付け入る悪魔のように−EX

 私のお母さんはよく怒る人だった。

 両親はいつも喧嘩をして、いつもお父さんが最後には謝っているが、お母さんが謝っている姿は見たことがなかった。

 私にとって、お母さんは厳しくて恐ろしい人だ。

 特に学校でのテストの点数が悪いと私はお母さんに一晩中お説教をされることもあった。

 お母さんは私を良い学校に通わせて良い就職をして欲しいと常日頃から言っていた。

 私は幼い頃、医者に憧れていたらしい。

 重い病気を患っていたお母さんを治してくれたような医者になりたいとお母さんに語ったことがあるようなのだ。

 その頃に記憶は今ではさっぱり覚えていない。

 平凡なサラリーマンの父と専業主婦の母の間に生まれた私には大それた夢だ。

 私には医者になるための知識も医大に行く程の知能も持ち合わせてはいなかった。

 それは私の人生で初めての挫折だったのかもしれない。

 しかし、医者を諦めるとは両親に言い出せず、お母さんはずっと私が医者を夢見ていると思い込んで私を医者にさせようと必死になっていた。

 一人で盛り上がっているお母さんに医者の夢は諦めたいなどと言い出す勇気を私は持っていなかった。

 お母さんは塾を嫌っており、テスト前の半月間は付きっきりで私の勉強を見るようになった。

 けれども、お母さんは決して教え方が上手い訳ではなく、私が回答を間違える度に機嫌を悪くして毎回のように最後は怒鳴り散らすのだった。

 時には私の部屋の壁や机などの物に怒りをぶつけて壊してしまうこともあった。

 私は心が疲れて勉強をするだけの機械になっていた。

 当時は勉強が苦痛で仕方がなかった。

 目標もなく、ただ親の指図する道を歩むだけの人生に絶望して追い詰められていた。


 そんなある日、私はとある人と出会う。


 とある人物とは神矢綴という一人の少年。

 私よりも年上でなんだか頼りない雰囲気の彼の目は私と違って曇りがなかった。


 ひょんなことから綴と関わるようになった私は日毎に目に輝きを増していく彼に興味を懐き始める。


 そして、私は綴が恋をしていることを知る。

 彼が片想いをしている相手は椎名という女性。

 私は綴が眩しく見える理由が恋心であると悟った。

 綴は好きな人のために強くなろうとしていた。

 私も好きな人のために強くなろうと心に誓った。


 私は気がつけば綴が好きになっていた。


 毎日ずっと綴のことを考えるようになって、理不尽なお母さんに抑え込まれてばかりだった私は初めて自分の気持ちに従って立ち上がった。


 綴には自覚があるはずもないけれど、私にとって、綴は人生の恩人だった。

 綴を自分のものにしたいという気持ちと綴のために自分の全てを尽くしたいという気持ちの葛藤を懐きながら、私は彼を遠くから見つめる日々を過ごすようになった。


 だが、綴――先輩は急に私の前からいなくなってしまった。


 原因不明の心臓発作による突然死。

 私はその現場を目撃していた。

 先輩があの女に告白をした直後、彼は糸が切れたマリオネットのように倒れてしまった。

 私は倒れた先輩に駆け寄り、電話で救急車を要請する。

 救急隊が来るまでの間、人工呼吸などの応急処置を試したが、先輩が目覚めることは二度となかった。

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