第36話 まるでアナタは弱みに付け入る悪魔のように−5

「きゃあああああああっ!」


 ルミナの複製体が悲鳴を上げて床に転がる。


「ぐっ、ううっ……」


 そのまま仰向けに倒れたルミナは起き上がろうとするが、彼女は呻き声を上げるだけで起き上がれずに力尽きる。


「やったわ! ルミナちゃんが動けない今がチャンスよ!」

「分かってる!」


 俺はマミヤの言葉に頷き、泥に囚われたルミナの本体へ手を伸ばす。


「痛っ!」


 だが、泥に触れた瞬間、俺の手は痛みと痺れを感じる。


「注意しなさい! その泥は触れた者の生命力を奪い取る性質があるわ!」

「そんなものどうやって剥がすんだ!」

「さっきアタシが言ったように君がルミナちゃんと心を同調させるのよ!」

「同調って言われても……」


 ここまでたどり着いたは良いが、ルミナの本当の気持ちなんて俺には分かる自信がない。

 もし間違えてしまったら、と考えてしまうと俺は何も手出しが出来なかった。


「怖いわよね。でも、安心なさい。そこはアタシがサポートするわ」


 マミヤの左手に黄色の情炎が宿る。


「何をするつもりだ!?」

「アタシの情炎は『警戒』の感情が籠められているわ。この情炎の性質によって、君をルミナちゃんの深層心理まで送り届けてあげる」


 マミヤの手の内で燃え盛っていた警戒の炎がルミナと俺の間に投げ込まれ、俺は咄嗟に目を瞑る。


          @ @ @


「なんであんたは『噓吐き』なのよ!」


 俺が目をつむっていると、知らない女性の声が聞こえてきた。

 声は怒鳴っているように感じられ、それからすすり泣く音が耳に届く。


 目を開いた俺の視界に初めて映ったもの、

 ――それは中学生のルミナだった。


「ルミナ……?」


 俺は困惑する。

 俺の目に見えているのは中世ファンタジー風の異世界でも闇に包まれた世界でもなく、俺にとっては見慣れた日本の集合住宅の室内風景だった。

 目の前にいる少女は紛うことなく中学生だった頃のルミナであり、ルミナの自室らしき一室には俺とルミナの他にもう一人の人物がいた。

 その人物は先程怒鳴り声を上げていた女性のことで、女性の風貌はどことなくルミナに似ていた。


「ぐすっ……ぐすっ……ごめんなさい、お母さん……」


 ルミナは女性に対して泣きながら掠れた声で謝り続ける。

 どうやら女性はルミナの母親のようだった。


「謝るくらいなら結果を出しなさいよ! こんな点数をとって恥ずかしいと思わない訳!?」


 ルミナの母親はルミナに一枚の紙を投げつける。

 ルミナが投げつけられた紙は採点された数学のテスト用紙だった。

 よく見ると、テストの点数は15点となんとも悲惨な数字になっていた。


「この私がこんなに頑張って勉強を見てあげているのに、あんたはちっとも良い点数をとってくれない!」


 ルミナの母親は怒り狂っているが、その様子は過剰なヒステリーを起こしているように見えた。


「あんたは恩を仇で返している大嘘吐きなのよ!」


 俺はルミナの母親が言い放った台詞を聞いて、ルミナの弱点の意味を理解した。


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