第30話 まるでアナタは愛を詠う歌人のように-5

「ッ――!」


 俺は声を押し殺して歯を食いしばり、ハクマの攻撃を耐えようとする。


 けれども、ハクマの振るう巨大な炎の右手は俺たちの背後から放たれた雷の槍に食い止められた。


「先輩、ここは逃げてください!」


 振り返るとルミナが二回目の雷の槍を構えて叫んでいた。


「どうして邪魔しやがったルミナァッ!」


 ハクマは攻撃を防がれたことに激昂してルミナを睨む。


「私とハクマは試験官としての仲間ではありますが、個人としては別に仲良くしているという訳ではないでしょう? この人を倒したいなら、まず私を倒してからです」


 ルミナは俺たちの前に背を向けて立ち、ハクマに敵対の意思を示す。


 俺の目にはルミナがとても頼もしく映った。

 今のルミナは俺たちにとって敵とも味方ともどちらともいえない。

 しかし、ルミナが作ってくれた機会を俺はみすみす逃す訳にはいかなかった。


「シンク! 走れ!」

「う、うんっ!」


 俺とシンクはこの場をルミナに任せて走り出す。

 仲間割れとはいえ、告白魔法使いの二人に俺とシンクで勝てるとは思えない。

 俺たちの背後ではルミナとハクマが激闘を繰り広げ始める。

 先程遭遇しそうになった受験者たちの魔法とは比べものにならない火力がぶつかり合っている。

 

「……ここまで逃げたら流石に大丈夫か?」


 息を切らした俺が周囲を見渡して言う。

 俺とシンクは空き教室の一つに避難していた。


「取り敢えずはここで様子見をしながら今後の立ち回り方を考えて――」


 俺がそう言いかけた瞬間、胸元のピンバッジからけたたましいサイレン音がなる。


「な、なんだ!?」


 驚いた俺は腰を抜かしていると、ピンバッジから立体映像が映し出される。

 立体映像には数字が表示されていた。

 この世界の奇妙な点として、文字は前世の世界のどれとも違うものが使われているのに対して、数字の表記は前世と同じだという特徴がある。

 何故、数字だけは変わらないのか俺にはよくわからないが、その数字によると、現在、試験で残っている受験者はもう10人にまで減っているということらしい。

 ピンバッジのアラームは受験者が残り10人になったことを知らせていたのだった。


「意外と早いな……。例のハクマとかが倒しまくった結果かもしれないが」


 俺はシンクと目を合わせる。


「ところで、ずっと悩んでいたんだが、俺たちはどうするべきだろうな」


 試験に合格出来るのは一人だけ。

 戦いたい戦いたくないの意思に関わらず、例え最後の二人になったとしても俺とシンクは二人で勝者となることは出来ない。

 俺としては自分の生活のためにも自らが合格するしかないのだが、そのためにはシンクを蹴落さなければならない。


「俺は……最後の二人になった時にシンクと戦いたくなんてないから、話し合いで決めたいと思っている」

「話し合いかあ……」


 シンクは俺の言葉に表情を曇らせた。

 俺はシンクの表情を見て、途轍もない不安を感じる。


「ねえ……ツヅリ君、あなたは私の味方だよね?」


 刹那、シンクの周囲の景色が歪み、彼女の左手に紫色の炎が宿る。


「シンク、まさか――」


 嫌な予感がした俺は咄嗟に後退ろうとしたが、シンクの足元に伸びていた彼女の影が大きく広がって異形の姿に変わっていく。


「私の味方だったら、私のために犠牲になってくれるよね?」


 まるで別の生き物のように蠢くシンクの影は教室を包み込み始めた。

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