第24話 まるでアナタは醜く這いずる芋虫のように−2

 俺は目覚めた時、涙を流していた。


「あれ? なんで俺、泣いて……」


 涙を拭って周囲を見渡すと、そこは見知らぬ世界だった。

 石で造られた一面の真っ白な床や壁の建物の中に俺は寝ていて、その建物の中には俺の他に金髪の男女が二人のいた。

 一人は立派な椅子に座る美青年、もう一人は青年の傍らに立つ美女。

 二人は白い布で出来た服を纏っており、前世の世界でも現在の世界でもコスプレ以外で見たことがない格好をしていた。

 二人の年齢は20代半ばと言ったところで欧風の顔立ちをしていた。


「お待ちしておりました、ツヅリ・ランダース。ここは恍惚の大聖堂。私はプシュケー。愛を司る神エロスの巫女にして配偶者です」


 プシュケーと名乗った謎の美女は俺に微笑みかけてくる。


「そして、この僕が愛の神エロス。初めましてだね、僕の使徒」


 エロスと名乗った謎の美青年も、俺を見つめて右腕で頬杖を突きながら、プシュケーと同じように微笑んでいた。

 エロスの背中からはラビィと同じように一対の白い翼が生えていた。


「お前たちは何者なんだ? 俺はいつの間にこんな場所に……」

「惑うのも無理はない。何せ、今まで君の前に姿を現すことはしていなかった。簡単に説明すれば、僕は君をこの世界に転生させた存在なんだよ」


 エロスの台詞に俺は衝撃を受けた。


「つまり、ラビィが言っていた神様っていうのは――」

「僕のことだね。ラビィはそちらの世界で元気にしているかい?」

「ああ、うるさくてクーリングオフしたいくらいだが……それにしても驚いたな」


 エロスは神様と自称しているが、一見するとただの人が良さそうなイケメンだ。

 失礼だろうが、エロスからはあまり神々しさのようなものは感じられず、俺もついくだけた話し方をしてしまう。


「この度はうちのラビィがご迷惑をお掛けしてごめんなさい。あの子、わがままで大変でしょう?」


 プシュケーが申し訳なさそうな表情をしていた。

 プシュケーにはラビィやエロスのような翼は生えておらず、見た目は人間のようだった。


「どうやら、君はプシュケーに翼が生えていないことが気になっているようだね」


 すると、エロスは俺の考えを見透かしたようなことを言う。

 超常的な力で俺の思考を読み取ったのか、俺の表情から考えを推測していたのか、どちらかはわからないが、エロスは流石神様と言うべき洞察力を発揮していた。


「プシュケーは君と同様の人間だ。僕やラビィとは種族が異なる。けれども、僕の愛する妻なのだよ」


 エロスが誇らしそうに語る様子を見て、俺はリア充への劣等感を抱いた。

 さっきまで夢で見ていた前世の記憶が俺の心を蝕んでいる。


「先程もプシュケーが少しだけ触れていたが、この場所は恍惚の大聖堂と言って、世界と世界の狭間に存在する僕の住処のようなところなんだ。僕はここで日夜、愛に迷える魂たちを導く仕事をしている。具体的に言えば、男女の恋心を操作して、世界の人口を維持することとかかな」

「恋愛成就の神様……というには結構えげつないな。世界人口を調整するために俺たちは恋をさせられているのか……」

「ドライに思われるかもしれないが、神の視点では恋なんてそんなものだよ。ロマンチックは欠片もない。人類を種としての単位で見ている僕らにとっては君たちがきちんと繁殖してくれさえすれば、万事オッケーなのさ」


 全く悪びれもしない様子で語るエロスに俺は少し残念な気持ちになる。


「……だけど、プシュケーを妻に迎えてからは僕もその考え方を改めるようになったよ。僕は人間の恋愛に興味を持つようになったんだ」

「って、惚気かよ!」


 俺は神様に対して思わずツッコミを入れる。

 しかし、エロスとプシュケーは俺のツッコミにクスクスと笑っていた。


「この世には様々な愛が存在している。例えば、家族愛や慈愛、他にも狂愛、隣人愛、自己愛なんてものもある。僕は正確に言うと性愛を司っている。スケベが大好きさ!」

「もうちょいオブラートに包んでくれ!」

「主人なりのジョークなので、受け流してくれると助かります」


 プシュケーは苦笑いを浮かべていた。

 この神様は結構アレな人物なのかもしれない。


「他の神はどうか知らないけど、僕は君に良い恋愛をしてもらいたいと思っているよ」


 神様であるはずのエロスだが、彼の言動はどことなく近所の下世話なお兄さんのような親近感が溢れていた。


「……さて、ツヅリ。そろそろ君は現実に帰らないといけない。今回は僕が君と会うために眠っている君の魂をここに呼び寄せたのだが、現実世界の君が目覚めてしまえば、この場所との接続も途絶えてしまう。ここは君が見ている夢の中に創り出した夢の世界なんだ」 

「それって、夢を見ながら夢を見ているって感じなのか?」

「そうだね。僕は現実世界に降り立って君をサポートすることは出来ない。その代わりにラビィを送り込んだ。どうか彼女をよろしく頼むよ」


 俺の身体が光に包まれていく。

 きっと、これから俺は現実世界――ルミナやラビィのいるあの世界にもどるのだろう。

 眩い光に俺は目を瞑る。


「あっ、そうだ。君には一つ訊き忘れていたことがあったよ」


 しかし、光の向こうからエロスのそんな言葉が聞こえてきたのだった。

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