第23話 まるでアナタは醜く這いずる芋虫のように−1
「神矢くん、私は君のためを思って言っているんだ。椎名さんをこれ以上、傷つけないでくれるかな?」
担任の女教師が俺と膝を突き合わせて言う。
これは今から17年前、俺が前世で命を落とす直前の話だ。
俺は椎名さんの件について話したいことがあると担任に呼び出され、職員室の隅で詰問を受けていた。
因みに俺の担任教師は30代半ばの独身で、性格は非常に真面目な人物だった。
「……すみません。俺には何がなんだかさっぱりなんですが」
俺には担任の言っている椎名さんを傷つけるような行為に全く心当たりがなかった。
「クラスの人たちから、君が椎名さんに付きまとって迷惑を掛けていると報告があってね。君からも事情を聞きたいんだ」
「……お、俺が椎名さんに付きまとっている?」
俺は何かの間違いだと思って耳を疑った。
「つまり、俺が椎名さんを……ストーキングしているとでも言いたいのですか?」
俺の言葉に担任はため息を吐いて答える。
「そこまでは言っていないよ。……ただ、悪意はなくても椎名さんが最近、学校を休みがちなことについては君が関係しているのではないかと私は考えている」
「…………ッ!」
担任の推測に俺は思わず口を閉ざしてしまう。
確かに、椎名さんはこの数ヶ月、学校を休むことが多くなっている。
書いた小説が新人賞で悉く落選して落ち込んでいることや、彼女の両親が小説家になることに否定的なことは知っている。
椎名さんが好きになっていた俺は、彼女になんとか振り向いてもらおうと遊びに誘ったり、彼女の夢を応援したい気持ちがあった。
しかし、小説を書くことに必死な椎名さんは勉強を疎かにするようになって、俺がラノベ以外にも作家の道は色々とあることを伝えるが、彼女は聞き入れてくれなかった。
「君は何かを知っているんじゃないのかな?」
「それは……」
彼女が学校に来ないのは夢を目指していて忙しいから……だと思いたい。
実際のところは俺にも分からない。
椎名さんは近頃、俺を避けるようになっている。
しつこく誘いのメールを送ったり、将来の夢に対して口出しをしたりする俺を嫌っているのかもしれない。
椎名さんは恋愛にあまり興味のない人らしい。
だが、俺としては椎名さんと付き合いたいし、椎名さんにも恋愛の楽しさを知ってほしいと考えている。
自分でも意外に思うのだが、恋愛というものは楽しい。
俺は椎名さんを好きになって自分磨きを始めるようになった。
赤点ばかりだったテストの勉強も真面目に取り組むようになって、これまで無頓着だったファッションの研究も始めた。
女の子が嫌うであろうエロゲは友達に全部売って、そのお金でお洒落な服を買いに行った。
母親の選んだものばかりを着ていた俺は服の値段の高さに面食らう。
しかし、そのような苦労も椎名さんのためだと思えば楽しかった。
だけど、椎名さんは俺からどんどん離れていってしまっていた。
彼女の夢を応援したい気持ちと彼女を自分のものにしたい気持ちはいつもせめぎ合っている。
現状、彼女の小説はやはりラノベ向きではなく、スキルはあるが面白みはないのが俺の正直な感想だった。
なので、俺は椎名さんの夢を応援しながらも新人賞以外で彼女のスキルを活かせる道も勧めているのだが、それが逆効果だったのかもしれない。
ラノベ作家も今の時代は新人賞以外でデビューする方法は沢山ある。
例えば、小説投稿サイトに応募してみたり、ゲームなどのシナリオライターから転職してみたり、同人小説作家から成り上がってみたり、なり方は一つじゃない。
完成された文章を求められる新人賞よりも、読者と相互的に繋がって推敲もしやすい小説投稿サイトやプロの仕事を間近で見られるシナリオライターなどでラノベ向きのスキルを磨くことが椎名さんには必要なのではないかと俺は思っている。
もちろん、俺は小説書きではなく、素人目線の言い分ではあるのだが……。
「……俺は、ただ、椎名さんに幸せになって欲しいだけです」
「うん。でも、椎名さんは傷ついているから学校に来ないのだろう? 結果的に君は加害者となってしまった訳だ」
担任はすっかり、俺が悪いのだと決めつけているようだ。
けれども、俺には反論をするだけの理由もない。
もしかしたら、本当に椎名さんは俺と顔も合わせたくなくて学校に来ないのかもしれない。
俺だったら自分の全てを擲ってでも、椎名さんを幸せにする。
椎名さんのためになることならば、どんなことでもする覚悟はある。
――その考えはエゴなのかもしれない。
結局、椎名さんの夢を追う姿に惹かれた俺は彼女が夢に挫折してしまうのが怖くて、彼女のやりたいことを否定してでも、彼女に夢を叶えて欲しいと考えてしまっている。
俺は新人賞に拘るのは短絡的だと感じてしまうが、椎名さんからすれば、俺は自分の夢に余計なお世話をしてくる邪魔者でしかないのだろう。
恋愛以前に人として好きになってもらえていない可能性もある。
「人に気持ちを理解してもらうって難しいよな……」
俺は不意にそう呟いていた。
俺が最初からもっと魅力的な男だったら椎名さんは俺の話にも耳を傾けてくれたかもしれない。
もっと早く椎名さんを好きになって、行動していればお互いに信頼出来る関係になっていたかもしれない。
自分の無力さが嫌になる。
「別に私も君が誰かを好きになることが駄目だと言ってはいない。女なんてこの世には星の数程にいるのだから、また次の恋を探せばいい。とはいえ、君はまた別の恋をした時、同じことを繰り返すだろう? だから、私は大人として、こうして話をしているんだ。わかってくれるかな?」
……余計なお世話だ。
俺は喉元まで出掛かったその台詞を飲み込む。
この台詞は言えばブーメランとなって俺に帰ってくるからだ。
「わかりました。……失礼します」
全く心のこもっていない台詞を吐きながら、俺は職員室を出ていく。
それから、一人で歩く学校からの帰り道、俺は溢れそうな涙を堪えていた。
次の恋と簡単に言ってくれるが、その次の恋が、今の恋より素晴らしいものだとは限らない。
偶然にも本気で好きになってしまったのだから、それを上回るような恋はとてもハードルが高いものだ。
「どうしましたか? 辛いことでもありましたか?」
気づくとルミナがバス停のベンチで俺の隣に座っていた。
高校生になったルミナは地味な見た目こそ変わらないが、身体はきちんと成長しており、久しぶりに会ったせいで一瞬ルミナだとはわからなかった。
「ルミナ!? いつからそこに!?」
「先輩、ずっと考え込んでいて私に気づいていませんでしたよ?」
「悪い。色々と悩みがあって……。そう言えば、お前、俺と同じ学校に進学していたんだよな。学年は違うと言っても、普通に話しかけてくれてもいいんだぞ?」
「いえ、先輩に話しかけるなんて恥ずかしくて……」
ルミナは顔を赤らめながらモジモジとしている。
小学生の頃のルミナはもう少し素直だったが、最近のルミナはそういう年頃なのか、口数も減ったような気がする。
一年しか違わないのだから年頃という話を俺がするのもどうかという感じだが……。
「でも、今日は話しかけてきたじゃないか」
「それは先輩がいつもよりもただならぬ雰囲気で辛そうな表情をしていたので……」
「いつもって、お前がどうして俺の普段の様子を知っているんだ?」
「ちちち違いますよ! 決して私は先輩を毎日監視しているとかそういうことではなく……!」
慌てて否定するルミナに訝しむ俺だったが、別に気にする程のことではないと思い、深くは追及しないでおく。
「まあ、心配してくれるのは助かるよ。実は俺、好きな人がいるんだ」
「…………そ、そうですか」
ルミナは俺の告白に、微妙な反応を示す。
「もしかして、お前は俺の好きな相手に心当たりがあるのか?」
「い、いえ! ところで、そのお相手とはどのような関係なのですか!?」
「うーん。言い表すのは難しいな。取り敢えず、友達……だったのかなあ?」
「どうして過去形で疑問符がつくんですか?」
「色々あって疎遠になっているんだよ。それで、その原因が俺を嫌っているからじゃないかって……」
「先輩はその方に嫌がらせなどをしていたのですか?」
「いや、断じてそんなつもりはない! だが、すれ違いがあって、その相手から一方的に避けられているんだ」
後輩にこんな話をぶっちゃけるのは顔から火が出る程に羞恥心を掻き立てられる。
けれども、俺はルミナに話さずにはいられなかった。
「先輩はそこまでその人のことが好きなんですね……」
「ああ、なんだってしたいくらい愛しているんだ」
「なるほど……先輩って『ヤンデレ』なんですね」
「へ?」
俺はそこまで愛が重い男に思われるのだろうか?
男のヤンデレとか誰が得するのかと思ってしまうから止めて欲しいのだが……。
「先輩はこれからどうしたいですか?」
ルミナに尋ねられて、俺は困惑しながらも、心に一つの決心が芽生え始めていた。
「……俺は、告白するよ」
「…………そうですか」
ルミナは悲しそうな表情を浮かべていた。
それを見て、何故か、俺の方が泣き出したい気持ちになってしまった。
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