第11話 まるでアナタは久遠に続く迷宮のように―3
「ふふっ、先輩ったら、こんなに簡単に騙されちゃうなんてお馬鹿さん。そんなに不用心だとこの世界では生き残れませんよ? ……だから、今日は私がこの世界のルールというものを身体でじっくりと教えて差し上げますね♡」
ペンダント状の鍵を首にかけてワンピースの下にしまい込む。
鍵がルミナの胸の谷間に吸い込まれていく様子が煽情的で、俺の視線も思わず吸い込まれそうになったが、必死で理性を保つ。
「嵌めやがったなルミナ! 何のつもりだ!」
「騙していたことは謝ります。けれど、これは必要なことなんです。私と先輩で秘密の特訓を始めましょう♡」
「秘密の特訓!? ……それってまさか――」
なんとなくいやらしい響きの言葉に俺はソワソワとしてしまう。
男女が二人、場所は廃墟、となれば彼女の目的はどう考えても青か――。
「はい! 告白魔法の特訓です!」
「……ソウデスカ」
俺の股間の昂りが急に冷めてくる。
そういう展開を期待したのは、以前の同衾の件があったからなのだが、どうもルミナの方から俺に無理矢理あんなことやこんなことをするつもりはないらしい。
いくらヤンデレでも普通はそうなのだろう。
女の子がいきなり押し倒してきて~、という展開は所詮、童貞にとって都合の良い妄想という訳だ。
「しかし、お前はどうして俺が告白魔法を使えると知っているんだ? 一度も使って見せたことはないはずだが……」
「私は先輩のことならなんでも知っていますから☆」
ルミナは可愛い笑顔で背筋の凍るようなことを言う。
もしかして、さっき吐いたラビィについての嘘も見透かされているのではないかと不安になる。
「……と言うのは冗談で、実は私、先輩がこの街に来る前から待ち伏せて尾行をしていたんです。先輩はゴブリン相手に告白魔法を使っていた時がありましたよね?」
「あっ……あの時の女の子もお前だったのか!」
道理で街に来る数日前から謎の視線を感じる訳だ。
だとしたら、ルミナの用意周到な行動の数々も納得がいく。
あの宿屋を襲った理由も、俺たちが金を持っていないことを知っていた理由も全てが彼女に筒抜けだったという訳だ。
「ですが、先輩はまだ告白魔法を扱いなれていない様子だったので、三次試験の前にはどうにかしなくてはと考えたのです」
「ぐっ……まだ一次と二次に受かっているかはまだ分からないが、お前の言う通りだな」
俺は浮かれてゴブリンから助けた女の子に告白魔法について説明したこともあったが、告白魔法に関する知識は知ったかぶり程度にしかない。
「因みにツヅリ先輩は告白魔法をどこまで詳しく知っているのですか?」
「あ~、アレだろ? 告白魔法は情炎とかいう感情をエネルギーとする特殊な炎を発生させる魔法で、詠唱に籠める想いが強ければ強いほど魔法の効果も上がる性質を持つ、という話だったはずだ。後、岩も燃やせる」
ルミナは俺の説明を聞いて難しい表情を見せる。
「おおよそどの程度の理解なのか判断は出来ました。……だけど、先輩にはまず初めにこの世界における魔法の概念から話さなくてはならないようですね」
「えっ、俺の知識量ってそんなに残念なレベルなの?」
「ご安心ください! 前世の学校では先輩でしたが、魔法に関しては私が先輩です! 魔法知識がダメダメな先輩でも、私がすぐに他の子たちに追いつけるよう教えてあげますから!」
後輩に勉強でマウントを取られてしまった……。
だが、今の俺ではルミナに何も言い返せないのもまた事実である。
「……気が乗らないけど、俺に魔法を教えてください、ルミナ先輩」
「ルミナ……先輩……」
俺が頭を下げて頼み込むと、ルミナは恍惚とした表情で俺に呼ばれた自分の名を反芻する。
「し、仕方がない先輩ですね! そんな態度をされたら、私は優越感でおかしくなってしまいますよ! けれど、なんか違う感じがするのでその呼び方はなしですからね?」
俺から「先輩」と呼ばれたことが余程嬉しかったのか、ルミナは小躍りしそうな様子でそう言ってくる。
だけど、優越感と言うことはやっぱりマウントを取れたことに喜んでいるのかもしれないと気づいたので、俺としては素直に喜べない。
それと、ルミナは元からおかしい子だから、これ以上おかしくなるのは止めていただきたい。
「分かったよ。じゃあ、ルミナの知っている魔法の知識とやらを早速教えてもらえるか?」
「ええ、まず、この世界には魔法と一括りにしても様々な系統の魔法があります。私たちが呪文を唱えて発動する詠唱型魔法、魔法薬や魔道具を使って詠唱なしで発動する道具型魔法、魔法陣を描いて発動する儀式型魔法、などのように魔法の中にも分類があるのです」
「ふむ。となれば、俺が使っている告白魔法は詠唱型魔法なのか……」
「正解です。しかし、告白魔法は詠唱型の中でもかなり異質な魔法であるため、説明は取り敢えず後にしておきます」
「そう言えば、ラビィも告白魔法は珍しい魔法だとか言っていたな」
ルミナは俺の言葉にコクコクと頷いて話を進める。
「詠唱型魔法は発動する際に呪文が必要となるのですが、その理由は分かりますか?」
「えっ……そんなもの考えたことないな」
大抵のファンタジー作品には登場する魔法の詠唱。
だが、魔法の詠唱の必要性について明言している作品というのはあまり見ない気がする。
近年では詠唱破棄とやらもあって魔法の詠唱をする理由が「かっこいいから」の一言で済まされている場合も多いような感じがするため、猶更、必要性が曖昧になっている存在というのが俺の認識だ。
「魔法を発動するために必要なプロセスは二つあります。第一に体内や空気中の元素から魔力を抽出、第二に魔力で別の元素に魔法反応を引き起こさせる。これは基本的にどの魔法に当てはまることで、魔法薬や魔道具、魔法陣はそのプロセスを自動的に行ってくるため、魔法適正のない人でも扱うことは可能です。ただし、人の手でそのプロセスを二つ同時に行うというのはとても難しいことなのです」
「は? だったら、俺たちはどうして魔法が使えるんだよ」
「よく聞いてくれましたね。そこで詠唱の登場となります。詠唱は謂わば『ルーティン』のようなものです。感覚としては歌唱や朗読に近いと言えるでしょう。決められた文言を一定のリズムで唱えることにより、身体が覚えた魔法のプロセスを勝手に発動出来るようになるのです」
「ははあ、そう聞くと意外にも大して難しくはなさそうだな」
「まあ、身体が覚えるまで何度も詠唱を繰り返すなどの努力は要りますし、詠唱型魔法は学会などで原始的と評されることもありますが、この世界においては万有引力を発見したレベルの進歩と言えます」
ルミナが魔法についての基礎的な説明を終えて、俺はあることに引っかかりを覚えた。
「だが、今の説明だと俺が普通に告白魔法を使えているのはおかしくないか? 俺はこれまで告白魔法の特訓なんてしたことがないし、詠唱の文言はいつもバラバラだけど、魔法はちゃんと発動しているぞ?」
「それこそが告白魔法の異質な部分です。私は先程、告白魔法は詠唱型魔法に分類されると言いましたが、厳密には違います。というか、この世界の魔法常識がまるで通用しない魔法なんです」
「つまり、お前でも詳しいことは分からないと言うのか?」
「研究によってある程度の法則性は解明されていますが、調べれば調べる程に謎が深まる魔法ですね。今から私が教えることも、氷山の一角のようなものです」
ルミナはカーディガンのポケットから赤い手帳を取り出す。
その手帳はどうやらルミナの日記帳らしい。
「告白魔法には属性があります。憤怒、嫌悪、憧憬など、属性は感情の傾向によって変わり、それぞれが異なる効果を発動します」
「憧憬って属性は俺も使ったことがある」
「先輩の情炎は今のところ基本的に憧憬の感情が強くなる傾向があるようですね。先輩はいつもどんなことを考えながら魔法を発動していますか?」
「えっと……好きな人のことを……」
「もっと具体的に言ってください」
ルミナが怖い目で睨んでくる。
怒ることが分かっているというのに尋ねてくる辺りが面倒くさい。
「椎名さんのことを考えながらいつも告白魔法を使ってます……」
「いいですけど。知っていましたからいいですけど」
俺が正直に白状すると、ルミナは不貞腐れた様子でそっぽを向いた。
「お前が言えって言ったくせに……」
「コホン。話を戻しますね」
咳払いをしたルミナは気を取り直して説明を再開してくれるようだ。
ルミナが暴走しなかったことに俺は安堵する。
「現在、先輩の告白魔法を発動するためのトリガーとなっているのはズバリ、恋愛感情なのです。憧憬の炎は好きな人に憧れて追いつきたいという気持ちが表現されているのです」
「なるほど、それで、俺が告白魔法を発動する時には毎回のように愛の告白が必要になるのか」
「そうです。……あの女のおかげで先輩が魔法を行使出来ると言うのは癪ですが、この魔法を使いこなせば、先輩はきっと誰にも負けない力を得られるでしょう」
あの女とは椎名さんのことだろう。
どうやら、ルミナは余程椎名さんのことが嫌いらしい。
「憧憬の炎が持つ性質は『分解』。炎で包んだ対象を炭化、ガス化させます。ゴブリンを炭にしたり、ゴーレムを粉砕したり出来たのはこの性質によるものですね。判明している情炎の中でも特に高い殺傷能力のある属性と言えます」
「だから、岩で形成されたゴーレムも倒せたのか。化学で言うところの熱分解に近い感じだな」
「熱分解……当を得ていますね。とはいえ、憧憬の炎は原子まで働きかけて対象を分解させるので、完全な無機物に対しても効果があるという点では異なります」
ルミナが日記帳を開いて左手に持つ。
彼女はとあるページに視線を落として右手の指で綴られた文章をなぞる。
「さっきから気になっていたが、それは何だ?」
「これは私がこちらの世界で前世の記憶を思い出してからずっと書き溜めて来た自作詩集の5786冊目です」
「多いな! それよりもお前はいつから前世の記憶を思い出していたんだよ!」
「前世の記憶なんて物心ついた頃には思い出していましたよ? 先輩のことを覚えていない私なんて私じゃありませんから」
「マジか……俺なんて前世の記憶を思い出してからまだ十日も経っていないんだけど……」
つまり、ルミナは俺が前世の記憶を取り戻すまでの十数年間、俺のことを想い続けていたというらしい。
そこまで想ってもらえるのは嬉しくないと言ったら嘘になるが、それはそれとして彼女の執念深さには恐怖を感じざるを得ない。
「ここに記されているものは全てアナタに向けて綴った愛の詩。これを詠み上げることで私はその日に抱いた感情を思い起こすことが出来るのです」
ルミナが一息吐いて、懐かしむように言葉を紡ぎ始めた。
『まるでアナタは久遠に続く迷宮のように、私をいつまでも惑わせる』
その一節を声に出した途端、ルミナの右手に蒼い炎が宿る。
俺のものと色は異なるが、それは告白魔法によって生まれた情炎だった。
『ねえ、ねえ、出口は一体どこにあるの? ――私は問いかけ、アナタは答えない』
詩というよりはポエムだ。
『ねえ、ねえ、いつになったら振り向いてくれるの? ――私は尋ねて、アナタは聞いていない』
青ミカンのようなポエムだ。
『いっそ壁を壊してしまえば、この迷宮から出られるかもしれない』
これはどういう意味のポエムなのだろう?
『だけど、私にとってこの迷は居心地が良かった』
これはきっと片想いを綴ったのだろう。
『時よ、止まって。アナタに一生追いつけないなら、アナタも一生捕らえて放したくない』
しかし、このポエムはどこか狂った感情が垣間見える。
『どうか、私にアナタをずっと憧れさせていてください』
ルミナの右手に宿る情炎が一節詠み上げる毎に火勢を増して、今にも爆発しそうなエネルギーを収束させている。
彼女が詠んだのは俺に対する憧れの感情だった。
「……これで詠唱は終わりました。いつでも魔法は放てますよ」
「お前、詠んでいて恥ずかしくなかったのか?」
少なくとも聴いていた俺は恥ずかしかった。
想いの丈を言葉にするというのはある意味、告白魔法の最も大きなリスクだと思うのだ。
「いいえ、愛する人のために真心から詠んだ詩が恥ずかしいなんてあり得ません」
ルミナは迷いなく言い切る。
真っ直ぐな目が嘘でないということを物語っていた。
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