第12話 まるでアナタは欲に塗れた獣のように―1

 俺は情炎を手にしたルミナと向かい合う。


「情炎は使い手によって炎の色が異なります。私の場合は青色、先輩の場合は赤色。ですが、属性は感情の性質がそのまま反映されます。現在、私の心に最も濃く表れている感情は憧憬。先輩の使う情炎と同じ属性です」

「けど、お前の情炎の秘めた力は俺と比べても段違いだ」

「告白魔法には想いを告げたい相手が傍にいる時に出力上限を引き上げる性質もあるのです。詠唱に時間をかけたおかげでもありますが、これだけ大きな炎を生み出せたのは初めてです。愛の力は無限大ですね」


 ということは俺の存在そのものが、ルミナを意図せずパワーアップさせているということになる。

 こんなのは愛の力などという生易しい言葉で表現出来るものではない。


「さて、先輩にはこれより私と戦ってもらいます」

「はあっ!? どうしてそうなる!?」


 俺は突然の宣戦布告に身構えた。


「先輩の戦闘スキルを上げるためです。二次試験のためにも実践形式の特訓は不可欠ですから」

「それはそうだが、正直お前に勝てる気がしない」

「駄目ですよ、弱気になっては。大丈夫、私も手加減はします」

「とてもじゃないが、手加減というのは信用出来な――」

「うふふっ」


 ルミナは情炎の一部を火の玉に変えると、俺の足元に向けて容赦なく放つ。

 火の玉は足元の雑草を分解して塵にしてしまう。


「危なっ! お前、俺に当たったらどうするつもりなんだよ!」

「私としては死なない程度であれば問題ありません。もし、先輩が一人では生きていけない身体になってしまったら、その時は私が責任を以てお世話させていただきます」

「お前はそれで良くても俺は全然良くない!」

「私の隠し持っている鍵を奪い取れたら先輩の勝ちです。先輩が勝ったら、私は一つだけなんでも言うこと聞いてあげますからね♡」

「どっちにしたってお前は得をする条件じゃないのかソレ……」

「先輩もご褒美がないと特訓なんてやりたくはないでしょう?」

「それはそうだが、何もこんな強引なやり方をしなくても――」

「問答無用です。私は先輩に強くなって欲しい。だから、先輩のためだと思って私は愛の鞭を振るいます。……それが理由の半分です」

「もう半分は?」

「苦痛に悶える先輩の可愛い顔が見たいからです」

「…………はい?」


 ルミナが嗜虐的に口元を釣り上げて火の玉を連発してくる。


「あはははははっ!」

「ちょっ、笑いながら攻撃してくるな!」


 というか、この後輩、俺を追い詰めて楽しんでいるような気がする。

 殺して欲しいなんて言っていた時はマゾヒストなのかと思ったが、彼女にはサディストの素養もあるらしい。


「ご安心を。私は先輩がどんなに醜い姿になっても先輩の魂が宿っている限り、先輩を嫌いになったりしませんから。私、肉体よりも魂を重視するタイプなんです」

「安心出来るか! 顔より性格みたいな言い方だけど、ちっとも嬉しくないわ!」


 俺は反論するが、ルミナは一切手を緩めるつもりがないらしい。

 このままだと俺はルミナの手でグロ肉に変えられ、彼女の所有物として一生を終えることになるかもしれない。


「くっ、コイツの思考は相変わらず理にかなっているようで無茶苦茶だな。……だけど、勝負を挑まれたからには俺だってやってやる!」


 放たれる火の玉を躱しながら、俺はルミナに突進していく。

 そして、告白魔法を発動するべく右手を開いて構える。


「力を貸してくれ椎名さん――『俺は君を愛しているんだ!』」


 小声の詠唱だが、俺の右手には赤い炎が宿る。

 ルミナは聞こえていたのか不愉快そうな顔をする。


「行くぞ! この手に宿った憧憬の炎で遠距離攻撃をお見舞いしてやる!」


 その台詞を聞いたルミナが俺の右手に注目する。


「――と見せかけて、どりゃあああああああっ!」

「先輩、何を――!?」


 俺は告白魔法を放たない状態でルミナに正面から体当たりして彼女を地面に押し倒す。


「どうだ! 捕まえたぞルミナ!」


 ルミナの上に跨って俺は勝ち誇るように言った。

 告白魔法はフェイントであり、ルミナが接近するための一瞬を稼ぐための手段だったのである。

 ルミナは右手ばかりを注視して飛び掛かった俺に対応出来ていなかった。


「……せ、先輩……そ、そこは……」


 だが、ルミナは反撃してくる訳でもなく、何故か艶っぽい声を出して息を荒くしていた。

 俺はルミナを取り押さえていた自分の左手を見る。


 俺の左手は仰向けに倒れたルミナの左胸に触れて彼女の左の乳房を鷲掴みにしていた。


「あっ」


 我に返った俺は押し倒されたルミナの姿に性的興奮を感じてしまう。

 その瞬間、俺とルミナの右手の宿っていた情炎は同時に消える。


「なっ、どうして情炎が……」

「多分、最も強い感情が憧憬から別のものに変わってしまったからだと思います」


 つまり、俺の場合は告白魔法を発動した時の憧憬の感情よりも現在ルミナに感じている性的興奮の方が勝ってしまったから告白魔法の効果が発揮出来なくなってしまったということか。


「い、いや、しかし、俺はこの鍵がないとここから脱出出来ないんだ。こうなったら心を鬼にしてでもお前から奪い取ってやる!」


 俺は両手を使うため、ルミナの両腕を肘で抑えつける。


「か、顔が近いです先輩……」

「抵抗されても困るからな。大人しくしていろよ」


 ルミナが潤んだ瞳で俺をじっと見つめてくる。

 彼女の言う通り、俺たち二人の顔はもう少しで唇が触れそうな程に近づいていた。

 俺はなんとかルミナの色々を見ないようにして、ペンダントをそっと胸の谷間から引っ張り上げていく。


「ッッッッッ――――!」


 ルミナは真っ赤な顔で声を押し殺している。

 しかし、荒くなったルミナの熱い吐息は俺の理性に少しずつダメージを与える。

 このまま理性を全て削られてしまったら、俺は本能に身を委ねてルミナに取り返しがつかないことをしてしまうだろう。


「あと少し……あと少し……どりゃああああああああっ!」


 俺は理性を溶かされる寸前でペンダントの留め具を外し、胸から抜けた鍵を奪い取って、ルミナから距離を取る。


「はあ……はあ……危なかった」


 自分で掘った墓穴なのだが、さっきのルミナの仕草の数々は俺を一瞬にして雄の獣に変えてしまうような破壊力を秘めていた。


「とにかく、鍵は奪った。これで俺の勝ちだぞルミナ」


 ルミナの方を振り返ると、彼女は放心状態で地面にぺたんと座り込んでいた。


「おい、ルミナ?」

「…………はっ! 今、ちょっと気が遠くなっていました!」


 どうやら、ルミナも相当ショックが大きかったらしい。

 まさか特訓があんなお色気展開になるとは彼女も想定していなかったのだろう。


「今日は特訓中止にしよう。俺はなんだか色々な意味で疲れた」

「わ、私もそうしようかなと思います」


 先程までのことを思い返して俺とルミナは目を合わせづらくなってしまった。


「特訓の続きはまた今度にしよう。試験の結果発表までまだ時間はあるんだし。……だけど、今度は事前に教えてくれよ? そうしたら、こんな監禁みたいな真似をしなくても特訓はちゃんと受けるからさ」

「ご、ごめんなさい……」


 しおらしく謝るルミナに俺はこれ以上何も文句を言う気が起きなくなり、門の南京錠を鍵で解く。


「ルミナ、開けたぞ。お前も早く来い」

「……少し待っていてもらえますか?」


 俺がルミナを呼びながら彼女に視線を向けると、彼女は日記帳に何やらメモをしていた。

 ルミナはサラサラとペンを走らせて時々照れ笑いのような表情を浮かべる。

 俺は彼女が何を書いているのか気になり、ルミナの傍に寄って日記を覗き込もうとする。

しかし、ルミナは俺が近づくと慌てて日記を閉じた。


「見ないでください」

「何を書いていたんだ?」

「ひ、秘密です……」


 ルミナはむすっとした表情になる。

 俺には何としても教えたくないという様子だ。

 日記帳に書いたということは新しく思いついた告白魔法の詠唱文なのかもしれないが、それだと告白魔法の詠唱に抵抗を感じていないルミナが恥じらう理由が分からない。


「まあ、言いたくないならいいよ。それより立てるか? 手、貸そうか?」


 俺は座り込んでいるルミナに右手を差し出す。


「…………大丈夫です」


 だが、ルミナは両手で日記帳をぎゅっと握りしめて自分の力で立ち上がった。

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