第182話 私はこれ以上起きていたら恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。

布団はくっ付いていて、私がツネノリの布団に潜り込むことをおばさんは知っているようだ。

何か気恥ずかしい気もするが、残り何日も無いのだ。

一緒に寝る機会なんてそうそうない。

その時、私は外の世界が息苦しいなと思ってしまった。


別にやましい事のない兄妹なのだから一緒に寝てもいいと思う。

それなのにもし学校で知られたら騒ぎになるかもしれない。

そこから下らない冷かしややっかみ。いじめになるだろう。


本当くだらない…


私が布団に入るとツネノリは黙って腕を出してきて私はそれに抱き着く。

まだ匂いは一緒にならない。

ツネノリの匂いがする。


「ツネノリ?」

「どうした?」


「私の匂いってする?」

「ん?ああ千明さんと同じ匂いだな」


「そっか…。ツネノリの匂いもするよ」

「どんな匂いなんだ?」


「んー、難しいな。でもお父さんともルルお母さんとも一緒の匂いだよ」

「そうか、父さんは外で匂いを嗅いだら千明さんや千歳と同じ匂いだと思うぞ?」


「何で?」

「こっちの父さんの匂いはツネジロウの匂いだと思う」


「ああ、言われてみれば確かにそうかもね」


その後はまた静かになる。


「ツネノリ?」

「どうした?眠れないのか?」


「うん、ちょっと昼間のあれはショックが大きかったからね」

「じゃあ話をするか」


「うん、でもあんまり長くはしないよ。少し話すから付き合って」

「いいぞ」


「私が人間をやめたいって言い出したら怒る?」

「当たり前だ。千歳は神になりたいのか?」


「ううん、神にはなりたくないよ」

「じゃあ何故だ?」


「今ならお父さんの気持ちがわかったの。外の世界に帰りたくないかも」

「千歳…」


「今さっき並んでいた布団を見た時に思ったの。

外の世界でこうやってツネノリと寝たらきっと周りの関係ない連中が煩く言うの。

でもガーデンでそんな事を言う人にはまだ会っていないし、何て言うのかな?皆余裕があって、それでいて役割があって忙しくて、他人の価値観に干渉しないの」

「だからガーデンに住みたくなったか」


「うん。だって向こうで楽しみにしていたものって確かにあるけど、無くても何の問題もないものだってこの日々が教えてくれたんだよね」

「そして父さんのように人の身でそれが不可能なら神になってガーデンに住むか」


「駄目かな?」

「駄目だな」


「何で!?」

「父さんと話せばきっと答えが見つかるさ。俺が言える事は千歳も父さんも外の世界に居たからこそ俺からすれば素晴らしい人間なんだ。

だが、これからは頻繁にガーデンに来ればいい。

ここはお前の家でもあるんだ。

俺たち家族が居る。

気兼ねなく来て一緒に過ごせばいい。

さっき母さん達に聞いていたのは瞬間移動だろう?

千歳なら人の身で神如き力を使っていつでも来れるようになるさ」


「……」

ツネノリの言葉は間違っていない。

恐らくそれが正しいのだ。


私はかつて否定したお父さんの気持ちが分かった気がした。

外の世界に小学生の時から同じクラスの女の子が居たりする。

仲良く遊んだりもする。

映画にだって行ったし、その子がバレンタインに好きな男子にチョコをあげるって話の時には一緒について行ってあげた。


だが、ガーデンで知り合ったスタッフの人達やルルお母さんやお父さんの仲間達は全く違う。


繋がりが強くて太いのだ。

そこと外の二重生活は厳しいだろう。


私が日常に帰った時、またあの子と遊んで出かけて外食をして、好きな子が出来たと相談を持ち掛けられた時に今までと同じ風に出来るだろうか?


「ツネノリ。私、お父さんに謝らなきゃ」

「どうした?」


「外とガーデンの生活が大変な事をようやく身をもって知ったの。そうしたらルルお母さんやお母さんの言った支える者の大切さ何かもわかったし、自分が何もわかって居なくてお父さんを悪く言っていた事に気付いたの」

「父さん、喜ぶな」


「え?」

「父さんは千歳が本当に大切だから、千歳に嫌われた時に酷く傷ついた。

それで和解が出来て本当に嬉しそうだった。

それで今度は千歳が同じ苦悩で父さんの苦悩に気付けたんだ」


「そうかな?」

「そうだよ。だから全部終わったら父さんと話せばいい。

父さんはきっと泣いて喜ぶぞ。そして千歳の欲しい答えをくれる」


「うん。時間は沢山あるからちゃんと話すよ」


「後な…」

「どうしたのツネノリ?」


「昨日、千歳が二つ名で悩んでいただろう?俺も風呂で考えたんだ…」


何だろう、とてつもなく嫌な…違う。恥ずかしい予感がする。


「ツネノリ待って!」

「何故だ?悩んでいただろう?千歳は東さんやジョマ、地球の神様と通じている素晴らしい人間で」


まずい、恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。


「そして俺達だけではなくジョマまで助けようとする優しい心根の持ち主だ」


わー、待って、待って、恥ずかしい。

読心の能力を使うまでもない。


お父さんと同じで恥ずかしい事を真っ直ぐに言えるツネノリだ。

絶対に恥ずかしい事を言う。





でも実はちょっと聞きたい。


「そこで俺は考えた。千歳は「博愛の巫女」なんだとな」


博愛の巫女…、これはまた仰々しい二つ名だ…

お父さんの世界の天使も恥ずかしかったが、これも恥ずかしい。


「どうだ千歳!そう思わないか?」

「ツネノリのバカ…、恥ずかしいし自分でそうです何て言える訳ないでしょ?」


「そうか?自信を持っていいと思うんだが?

俺の妹は素晴らしい人間だ。誇れる。これは確かだ。

父さんも母さんも千歳も素晴らしい。

俺もそれに負けないように努力しないとな」


「お米大使が?」

「ああ、何とかお米大使にならないとな…」


「ツネノリのバカ」

「…また馬鹿と言ったな?」


「もう十分にツネノリは凄いし格好いいでしょ?私絶対にツネノリのせいで男性に求めるハードルが上がったもん。ツネノリの言葉で言えばツネノリは十分に素晴らしい人間だよ」

「そうか?俺はまだまだだと思うんだが…」


「はいはい、そうやって満足するまで自分を高めればいいのよ。まあそのせいで私は独身かもね。もう寝るよ。おやすみー」

「…まあ満足したのならいいか、おやすみ千歳」



…私はこれ以上起きていたら恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。

私はお父さんやツネノリ程真っ直ぐではないので本人には言わないがツネノリは「勇者の中の勇者」「男の中の男」「清廉実直英雄」とかかがピッタリだと思っている。

「お米大使」や「米の英雄」はツネノリがお気に入りでお米農家さんは喜びそうだが、みんなの為にめったに弱音を吐かずに勇者として戦っているツネノリには物足りないのだ。


だけど言わない。

言うのも恥ずかしい。


…東さんやジョマが「博愛の巫女」「世界の天使」をバラさないように釘を刺しておきたいのだが、これもペナルティになったらと思うと言えない…。

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