第163話 俺はこの恐怖に対峙する術を持たない。

目覚めた俺はコロセウムに付いている部屋にいた。

左腕は折れたままだが背中の痛みはだいぶ引いている。

横を見ると千歳も眠っていて、近くに居たスタッフの人に状況を確認した。


千歳はさっきまで回復の力を使ってくれていて「ちょっと疲れたから寝るね。ツネノリ起きたら心配しないでって言っておいて」とスタッフに伝えてから寝たそうだ。


確かにそれを聞かなければ俺は驚いて千歳を起こしたかも知れない。


痛みは引いただけでまだ痛むので横になったまま左腕に回復の力を使う。

テツイ先生の教えに従って深い部分から回復の力を汲み取る。暫く当てていると腕の赤黒さはだいぶ引いてきて骨はくっ付いた気がした。



「あの、先程はありがとうございました」

ん?何のことだろう?

起きた時に横にいたスタッフが俺に話しかけてくる。


「私、先程ツネノリ様に助けていただいた…」

「あ、水着の!」


「はい!本当にありがとうございました」

「いや、無事で良かった」


俺は服装と髪型が違っていたからわからないでいたが先程助けた女性だった。

彼女は俺に一言お礼を言いたいからと千歳と一緒に看護をしてくれていたらしい。


「俺の方こそ済まない」

確かに見ると擦り傷の所には薬が塗られていて腕の泥なんかも拭かれていた。


俺たちの話し声が聞こえたのだろう。

千歳が起きて俺を見ると一通り喜んだ後でにやけ顔で「ツネノリ、お姉さんの事わかった?」と聞いてきた。

俺は素直に「ありがとうと言ってもらえたからな」と答えたら「やっぱり!ツネノリは服装と髪型が変わると分からなくなると思ったんだよねぇ」と言って笑う。

その笑顔に心底ホッとした。



「ツネノリ、女性の変化に敏感にならないとメリシアさんに嫌われちゃうよ」


「なっ…何を?」

俺は急にメリシアの名前を出されて驚く。


「メリシア?」

「ああ、ツネノリの彼女だよ。タツキアの宿屋に居るんだ」


「千歳、俺たちはそんな仲では…」


「ああ、ツネノリ様は素敵な方ですから彼女さんはいらっしゃいますよね。

良かったです。

私を庇ってくださった事でツネノリ様に大怪我とかあったらその方に顔向けが出来ません」

彼女はそう言って部屋を出て、飲み物を持って帰ってきてくれて「心ばかりのお礼です。飲んでください」と言って去って行った。


千歳は「ご馳走様です!」と見送っていた。


「千歳、いきなりメリシアの名を出してどうした?」

「は?感謝して欲しいんですけど」


「何?」

「もう、ツネノリは馬鹿だ馬鹿だと思って居たけどここまでとは…」

千歳はため息をついてヤレヤレと言う。


「本当よね、千歳様」

そう言って部屋にジョマが入ってくる。


「ジョマ!」

「お疲れ様、千歳様、お兄様」


ジョマはニコニコと俺たちを見た後で「千歳様、お兄様の鈍感力もなかなかですね」と言う。


「本当だよね。私ビックリしたよ」

「何の話だ?」


「うわっ、ツネノリ本気でわからないの?あのお姉さんはツネノリに惚れちゃっていたの」

「見たらすぐに分かりますよね」


「何?何故だ?」

いきなり会って悪魔から助けただけだぞ?


「あのね?ツネノリはお父さん、勇者の子供ですごく強くて、それであの人を守り切ったでしょ?それって女の人からしたら凄いことなの。

わかる?」

「そうなのか?」


まったくわからない。


「だからあのままだとお姉さんはツネノリを今晩食事に誘ったり、ホテルまで付いてきて看護したいって言い出していたと思うの。それで好きですって言われたらツネノリどうするの?

ちゃんと断れるの?」


「…」


「仮にツネノリがメリシアさんの名前を出せて断れたとして、部屋で2人きりで泣かれた時に強く断れる?

それでもいいです、思い出が欲しいですって抱きつかれてチューをせがまれたらどうするの?」


…何だこの説得力。

段々とそんな気がしてくるし千歳がとても怖く見える。


そう、千歳を形容するとしたら恐怖の語り部だ…

俺はこの恐怖に対峙する術を持たない。


「…助かった」

素直に感謝を告げる。


「よろしい。

お父さんならここで一言、二言つまらない言い訳をするけどツネノリはしないから偉い」


千歳は「やっとわかったか」と言う顔で俺に笑う。


「ジョマ、それでどうしたの?」

「2人の様子を見にきたのよ。

後は千歳様が力を使いすぎたからお小言も言わなきゃってね」


「うへぇ…、ごめんなさい。でもありがとう。寝ちゃったのはジョマが何かをしてくれたんだよね?」


「ええ、危なくなったら止める約束をしていたでしょ?あの時に千歳様に今日限定のブレーカーを付けたのよ」

「ブレーカー?」


「そう、千歳様が壊れないようにやり過ぎってところで意識が途切れるようにしたの」

「それで寝てたんだ」


「それでも私のブレーカーに歯向かって光の剣を出し続けていたのよ」

「そうなんだ」


「そうよ、それを何とかしたのはお兄様よ」

「ツネノリ、ありがとう」


「いや、俺の3人目の先生を教えてくれたのはジョマだからな。ジョマにありがとうと言うといい。

ジョマ、助かった。ありがとう」

「ありがとうジョマ」


「2人とも…」

「だが、俺が力を使うこともジョマの予定に含まれていたのか?」


「いいえ、当初の想定だと千歳様も神如き力を使わなかったし、お兄様も3人目を知らずに勝つ予定でしたのよ」

「じゃあ、あのクロウが強かったんだ?」


「いや、そうじゃない。

俺たちが甘かったんだ。

多分、俺たちは負けないと勝手に思っていたんだ」


「あ、そうだね…私も何処かでツネノリは傷付かないって思っていたよ」

「俺もだ、俺も千歳は生き残ると思っていた」


「そうよ。神如き力も勇者の力も使わないでも勝てたんじゃないかしら?」


「確かにそうだ、明日からさらに気を引き締めような千歳」

「うん」


千歳も真っ直ぐに俺を見る。


「あ、所でツネノリってあの状態でどうやって勝ったの?

3人目の先生ってどんな人?」


「じゃあ、千歳様はお兄様を治しながら映像を観ます?

お兄様も自分を治しながらどうぞ観てください」


そう言ってジョマが映像を出す。

そこには俺がスタッフの避難誘導をした所からの千歳が映っていて、クロウを悔しがらせていた。

その姿はあまりにも見ていられないものだった。


「千歳…」

「ごめんって、スタッフが怪我をしたのが許せなかったんだよ」

千歳の怒りももっともだがやり方がよくないので注意をする。


千歳は檻の空気を抜くと言う恐ろしい攻撃をしたり爆発させたりしていた。

その後、俺が動けなくなり千歳が倒れる。


「さあ、ここからよ」

映像の俺は3人目の先生の教えでアーティファクトの剣を作ってクロウを攻撃してあの戦いを終わらせる。


その頃には回復も大分落ち着いていて腕も背中も良くなっていた。


「ツネノリ、あれって「革命の剣」に似てるね」

「ああ、俺の3人目の先生はキヨロスさんだ」

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