ツネノリの章⑪第三の師匠。

第162話 俺がやらなければ千歳は人間をやめてしまう。それ程怖いものはない。

突然千歳が倒れ込んだ。

「千歳!」

いくら呼びかけても千歳に反応はない。


「ブレーカーを落としたの」

ジョマが俺に語りかけてくる。


「ブレーカー?なんだそれは?」

「緊急停止装置と言えばわかるかしら?千歳様は5本目の剣を生み出そうとしたわ。

だから止めたの、今が人間でいられるギリギリのところ。

余程お兄様が大切なのね。

人をやめてでもなんとかしようとしていたわ」

なんと言う事だ…

千歳は人を捨ててでも俺を守る気でいたのか…


「だが千歳の髪は黒に戻っていない。

このままでも良くないだろう?」


「そうね。

お兄様のせいよ。

千歳様は動けないお兄様の為に意識を失ってもなお光の剣を消していないのよ」


「何!?」

確かにクロウに突き立てられた剣は揺らいではいるが消えていない。

剣が消えればクロウは手足を再生して襲いかかってくる。


千歳が、何がなんでも俺を守ってくれている。

嬉しくも情けない気持ちになる。


「それで?お兄様はどうするの?

お兄様の見立ては間違っていないわね。

重傷ですものね。

しっかりと落ち着いて傷を癒す必要があるから生半可な回復じゃダメ。

だからテツイの教えはこの状況では役に立たない。

身体が動かないからザンネの教えもダメ」


そうだ、千歳には黙っていたがいくら待ってもしっかりと治さない限り立つこともままならない。

そして仮に立てたとしても満足に動けない俺は何もできない。


「くそっ…」

だが俺がやらなければ千歳が人間をやめてしまう。

今この瞬間にも人間の限界を超えてしまう。


「ふふ、ヒントをあげるわ」

「ヒント?」


「3人目の師匠に頼りなさい」

「3人目?」

3人目の先生…、それは一体誰なんだ?

この状況でクロウを倒すだけの力を教えてくれた先生…


「ええ、3人目よ。知るのは怖い?」

「怖いものか、俺がやらなければ千歳は人間をやめてしまう。それ程怖いものはない」

千歳は家族9人と言った。

それは多分、父さんと母さん、ツネジロウと千明さん、ノレル母さん、ルノレ母さん、ノレノレ母さん、そして千歳と俺だ。


多分千歳は自分が居なくても皆が無事ならそれでいいと思うだろう。


俺たちは良く似ている。


俺も同じだ。

俺がどうなってもその場所に皆が笑顔でいてくれると思えば平気で自分自身を使い捨てられる。


「やる気は削がれないわね」

「当たり前だ」


「なら東を頼りなさい。東も3人目もお兄様の決断待ちよ。

一声かければ全てがうまくいくわ。

多分わかるでしょうけど攻撃が可能になったら光の剣を破壊しなさい。

それがある限り千歳様は力の放出を止められない」

そう言うとジョマの気配が消える。


俺は天に向かって声を張る。

「東さん!!」


その瞬間、俺の胸に刺すような痛みが走る。

何だ?


だが同時に修行風景が思い出される。


この人は!!?


だが今はそんな時じゃない。

火の剣、水の剣、氷の剣、雷の剣。


その作り方、使い方が俺の中を駆け巡る。


そして今ならわかる。

俺になら出来る。


限界なんかない。

千歳が人としての全てをかけてくれた。

俺も全てをかける。


「【アーティファクト】!」

俺はその場に9本の剣を生み出す。


火の剣、水の剣、氷の剣、雷の剣を2本ずつ生み出す。


テツイ先生の教えに従ってアーティファクトの深い部分から剣を精製する。

これだけあれば十分かも知れない。

だが万一がある。


俺は「光の腕輪」から千歳の真似をして9本目に光の剣を生み出す。


確かにこれなら身体が動かなくても何とかなる。


光の剣が千歳の剣を一本破壊する。

再生が始まる前に同じ場所を狙って火の剣を突き立てる。

残りの箇所も同じ要領で剣を突き立てる。


千歳を見ると髪は黒に戻っていて「むにゃむにゃ」と可愛らしい寝顔で眠っている。

ひとまず大丈夫だろう。


次はコイツだ。

コイツだけが悪いわけでも憎い訳でもない。

気の緩みは確かにあった。


俺に宿る勇者の力。

千歳に宿る神如き力。


そんな特別なモノが俺を油断させた。


「お前を殺して気を引き締める」

俺は全ての剣に自分が居る感覚になりながら飛び続けて5本の剣でクロウを傷つける。


切断にはそこそこ耐性があるのだろう。

中々刃が通らない。


ならば突き立てる。


5本の剣はクロウに刺さると火は燃え上がり、水は超高圧の水圧が身体を突き抜ける。

氷が身体を凍りつかせて雷が全身を駆け巡る。


8本の剣がそれぞれの属性で絶え間なくクロウにダメージを与える。


「俺の全てを使え!アーティファクトの剣よ!」

「ガァァァッ!ぐぁぁぁっ!!」

クロウが苦しそうに吠える。


「最後だ…」

9本目の剣を天高く空が黒ずむまで飛ばした俺は超高速で落とす。

最大の加速がついた剣はクロウの頭に深々と突き刺さりクロウは灰色になって爆散をした。


ジョマの勝利実況を聞きながら俺は痛む身体を押して、前で倒れる千歳の元に進む。


進むと言ってもまともに歩けないので這いずって進む。


「千歳」


千歳は仰向けになってニヤニヤと何か夢を見ているのだろう。

俺は千歳に覆いかぶさる形になってしまったがそのまま千歳を起こす。


「千歳、無事か?」

少しすると毎朝見慣れたいつもの顔で「ん〜」と言いながら目を覚ました千歳は「おはようツネノリ」と声をかけてくれた。


「良かった…、人間のままだよな?

おかしな所は無いよな?どうだ千歳?」


「ん?平気だよ。でも何で倒れたんだろ?

おかしな所?一個あるよ」


「何だそれは?大丈夫か?」

俺は必死になって千歳に聞く。


「私は大丈夫。ツネノリだよ。ツネノリ泣いているよ」

「何?」


確かに俺は泣いていた。


「痛いの?」

千歳が心配そうに聞いてくる。

「確かに痛いがそれよりもお前が無事で良かったから泣いているんだと思う」



「そっか、お腹減ったけどツネノリ治さなきゃね」

「人間のままで頼めるか?」


「神の力を使えばあっという間だよ」

「心臓に悪いから人で頼む」


「ふふ、おっけー」


俺はその笑顔を見てホッとしたのか痛みからなのか、緊張が解けたからなのか意識を失っていた。

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