女達の章○女達の活躍。

第97話 嫌いじゃなくても好きじゃないでしょ?

午後1時、ガーデンでの時間は午後3時に相当する。

私はここ数日この時間がたまらなく怖い。

主人と2人の子供達は無事に今日を切り抜けられるだろうか…、最悪の連絡は来ないで済むだろうか?

そんな事ばかりを考えてしまう。


この時間だけがではないのだ…

こちらの1日はガーデンの3日に相当する。


だが残りの時間は主人が居てくれる。

1人ではない事で何とか恐怖は薄らぐのだ、だが今日は虫の知らせと言うものだろうか…

何気なくスマートフォンでガーデンについての書き込みを見てしまった。


その中では主人と千歳、ツネノリくんの3人が生き残っている事、それとタツキアが巨大ボスに襲われたと書いてあった。


まさかとは思ったが真っ先にツネノリくんが好きになった人の事を思い出した。


私はガーデンの神である東さんに連絡を取る。

「やあ、流石だね千明。タイミングがピッタリだ」

「東さん、ツネノリくんの彼女は?」


「…彼女は亡くなった」

苦しげな東さんの声。


「分かりました。

今からそちらに行きます。

それまでにネットの書き込みだけでは分からない詳細を私のスマートフォンにください」


「わかった」


私は身支度を整えて家を出る。

あの状態の千歳を1人残すことは少なからず抵抗もあるのだが、まあ我が家には東さんと言う最強のホームセキュリティが備わっているので何とかなるだろう。


道すがら届いた情報を読んだ。

千歳が北海さんに談判をしてギリギリならスタッフ達が逃げられるようにした事、千歳と東さんが話した事でスタッフが大量に死んだ事の意味なんかがわかった事、ボウヌイの死者達を綺麗にした常継と東さんが北海さんの怒りを買った事、それにより狙いをタツキアにされた事。

悪意のあるプレイヤー達がわざとログアウトをしてタツキアが滅んだ事。

ツネノリくん間に合わなかった事、逆上して常継を殴った事、アーティファクトを使った事…

千歳は千歳で北海さんに会って話をした事…、話の中で人間の力で死者蘇生が出来るなら邪魔をしない言質を取った事をざっと読んだ。


多分だが北海さんの気持ちはわかる。

東さんの参加は子供の喧嘩に親が乗り出すようで気分が悪いのだ。

だから北海さんは負けても何も言わない。

それどころか成長を遂げる千歳やツネノリくんを称賛すらしている。


その北海さんが一時の感情に身を任せてタツキアを舞台にした事、その気持ちでメリシアさんが亡くなった事で自己嫌悪に陥っている。


私は会社に着いてすぐに東さんのところに行かずに企画部に行く。


北海さんは着席して普通に仕事をしていた。

彼女は東さんと同じ神なのだ、同時に仕事を片付けるくらい朝飯前だ。


「あら、副部長の奥様、今日は出勤日ではなかったですよね?」

「こんにちは。

ええ、そうね。緊急事態ですから出社しましたのよ。

東部長の許可はいただいています」


「そうですね。緊急事態ですね。

それで奥様は私に何か?」

「お茶にしましょう」


「はい?」

私は目を丸くする北海さんの手を引いて会議室に行く。

途中の自販機に立ち寄る。

「コーヒーは飲めるかしら?」

「ええ、神ですから好き嫌いなんて…」


その言い方にピンと来た。

「あ!無理してる。飲めるけど好きじゃないでしょ」


「え?」

「何が好きなの?

嫌いじゃなくても好きじゃないでしょ?

ほら、言って!

全部同じ値段なんだから遠慮しないで」


私は北海さんから目を逸らさない。

北海さんは目を逸らしたり誤魔化したりしたが諦めたのか「敵いません」と言った後にイチゴミルクを押した。


「あ、それ美味しいわよね!

私はじゃあバナナミルクにするわ!」

そして飲み物を持って会議室に入る。


「少し時間頂戴ね」

「今更ですか?」

北海さんは少し呆れた笑いをしながら言う。


「良いじゃない。挨拶は大事なのよ。さあ飲んで」

私は北海さんに飲み物を勧める。

北海さんはひと口飲んで「美味しい」と言った。


「ふふふ」

「どうしたの?」


「これで伊加利一家全員と同じ日にお茶とかご飯をしました」

「あら、そうだったの?」


「はい、朝はタツキアで千歳様と朝ご飯。会議室で副部長とコーヒー、そして今は千明様とイチゴミルクです」

「ごめんなさい」


「え?」

「コーヒー、多分ウチの主人は何も聞かずにコーヒーを渡してきたでしょ?

今度から北海さんの好みは別だから本人に教えて貰いなさいって言っておくわね」


「いえ、そんな…、コーヒーも美味しかったですよ」

「でもイチゴミルクの方が好きでしょ?遠慮しないで」


そう言って私が笑うと北海さんは「本当に敵いません」と言って微笑む。

その顔はとても魔女だなんだと呼ばれている人と同じには見えない。


「東部長が千明様にもプロテクトを施しているから考えが読めないので、この場の話を教えてもらえますか?」

「まずはお礼かしら」


「お礼…ですか?」

「ええ、これまでの事で千歳が成長出来た事、ツネノリくんと千歳の時間を作ってくれた事、千歳と主人が仲直り出来た事とかかしら」


「ですがそれは偶然で…」

北海さんは困惑した顔で言う。

多分感謝をされる事はしていないと言うのだろう。


「でもきっかけを作ってくれたのは貴女だわ。ありがとう」

私はそれを抜きにして感謝を告げる。


「やめてください。私は息子さんが好きになった人を…、息子さんは酷く悲しまれていました」

北海さんは泣きそうな顔…、多分泣く事を知らない彼女は泣いているのだと思った。


「その事もありがとう」

「え?」


「東さんから何があったか聞いたわ、ツネノリくんがセンターシティを離れる前に主人はメリシアさんが亡くなった事を知っていた。

それなのにツネノリくんがタツキアに着いてビッグドラゴンを仕留めた後、一瞬でも声をかけられた。

それは貴女が貴女のルールを捻じ曲げてでもあの子の為に何かをしてくれた証。

だからありがとう」


「そんな……気づいて…」

「気付くわよ。ありがとう」


そう言うと北海さんは机に突っ伏して肩を震わせている。

だが泣けないのだろう。


「泣いていいのよ?」

「え?」


「辛い時は泣きなさい」

「私は…神で…神は無闇に泣いたり…」


「泣きたくなければ泣かなくていいけど、泣きたいなら泣きなさい。感情に流されて後悔をするなら泣いて楽になった方が素敵よ」


しばらく待ったが北海さんは泣かなかった。

本当に泣き方がわからないのだろう。


「私、泣けませんでしたね」

「焦らなくていいわ」


「それで、お話はコレだけですか?」

「いいえ、私はコレからツネノリくん…いいえ、息子の為にセカンドに行くわ」


「それを認めろと?」

「ええ、でもタダじゃない」


「イチゴミルクでは安すぎですね」

「そうね。子供の為に親が乗り出すのって貴女嫌いでしょ?」


「ええ、だから部長や副部長、常則様の千歳様への態度は好きじゃありません」

「でも行くわ」


「それを言うのは何故です?」

「私は生身で行く。それだけのリスクと覚悟を持って息子の元へ行く」


「危険性はご存知ですか?」

「ええ、怪我したり死んだりしたら大変ね」


「それでも行くと」

「ええ、今の息子には親である私が必要。

そして息子が立ち直れば貴女の目指すイベントが更に盛り上がるわ」


「だから見逃せと」

「ええ、私は私がしたいと思ったからセカンドに行くの。息子を…ツネノリを励ましに行くの」


そして北海さんの目を見る。

彼女も目を逸らさずに私の目を見る。


「本当、千歳様といい、千明様といい…敵いません」

「ありがとう。私、多分千歳もだけど貴女の事…嫌いじゃないわ。全部終わったら3人でお茶しましょう」


「ありがとうございます。楽しみに待っています。イチゴミルクご馳走様です。

今晩…セカンドの時間で…ですけど21時から最後の戦いが始まります。お急ぎください」


そして私は会議室を後にして開発室に行く。

開発室の主、東さんが私を見る。


「千明…、僕は驚いている。本気かい?」

「はい」


「今のセカンドは危険だよ。それを生身で行くなんて」

「千歳と条件はそんなに変わらないですから。それに日付変更までで帰ります。そうじゃないと主人…、常継と一緒に帰れませんから」


私を見る東さんから目を逸らさない。


「ふぅ…、参ったね。じゃあ今日の事は特別出勤と残業申請だね。北海にも口裏を合わせて貰おう」

「そうしてください」


「後、ルルさんへの連絡とかお願いしますね」

「ああ、もう始めている。僕がルルに願ってルルが僕に願っている。後は常継がルルの元に行けば始められる」


「ありがとうございます。やっぱり東さんは私達の事を一番に考えてくれますね。それでは行きます。よろしくお願いします」


「じゃあ、見る人が見ると混乱するから君の姿のコピーをここに置いておこう。だが君は生身でセカンドに行く。それでいいんだね」

「はい、そう言う安全圏の外からの行動を彼女が望んでいるんです。私は誠実に彼女に向き合います」


そして装置を装着した私は生身でセカンドに行く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る