第98話 私はここに居るから気を付けて行ってきてね。

タツキアの宿屋に私は降り立った。

目の前にはツネノリくん、メリシアさんのご両親、主人、そして外から帰ってきた千歳が居た。


「お母さん!?」

「千明?」


「あなた、千歳…、私来ちゃいました」


そしてメリシアさんの遺体に手を合わせてからメリシアさんのご両親に「伊加利 千明です。常継の妻、そこのツネノリと千歳の母です」と自己紹介をした。

メリシアさんのご両親はこんな時なのにキチンと挨拶をしてくださった。


「あなた、現在時刻は?」

「ああ、外では午後2時半過ぎ、こっちではもうすぐ午後8時になる」


「あなた、千歳、もうすぐ3度目の襲撃が来ます。私は外で彼女から聞いてきたわ」


「ジョマ!聞こえる!?」

千歳が当たり前のように北海さんを呼びつける。


「なに?千歳様…」

「3度目は何処?」

聞こえてきた声に千歳が反応をする。


「本日最後は再びセンターシティよ。後1時間で襲撃が始まるわ」

「ありがとう。移動はジョマがやってくれるの?」


「いいえ、東に頼んで好きなタイミングで行くといいわ」

やはり北海さんの発言には元気が感じられない。

それは千歳も感じているのだろう。

だから声色も心配そうになっていく。


「ジョマ?」

「何、千歳様?」


「しっかり盛り上げてよね」

「…本当…敵わないな。頑張るわ」


そして声が遠ざかる。

「千明、ツネノリを頼む。千歳、大変だが俺と2人で行くぞ」

「うん」

そう言って千歳が立ち上がる。


「おじさん、おばさん。ごめんね行ってくるね」

「ああ、千歳様も気をつけてな」

「怪我なんてしないでね。メリシアも無事を願っているはずだから」


「大丈夫!私だって勇者の娘だもん。頑張ってセンターシティを守ってくるね!!」


そして2人がセンターシティに行こうとしているのを「少し待って」と声をかけて私が止める。


「お母さん?」

「千明、どうした?」


私はツネノリくんの前に立つ。

「ツネノリくん、一緒に行きましょう」

「千明さん…?」


「千明、今のツネノリは彼女と一緒に居させてやろう」

「そうだよお母さん…」


「いや、奥さんの言う通りかもしれない」

そう言ってメリシアさんのお父さんはツネノリくんを見る。


「ツネノリ君、今は辛いかもしれない。それでも娘を思うなら…、娘の為にもここに居ないでセンターシティに行ってくれないか?」

「おじさん…」


「そうね。きっとメリシアは頑張って戦うツネノリ君が好きだったから、ここに居ないで行って欲しいと思っていると思う。全部終わったら来て?私達も壊れた家を片付けてメリシアの葬儀をするから、その時に見送りに来てあげて?」

「おばさん…」


「さあ、行くわよ常則」

そう言って私はツネノリの手を取って主人の元に引っ張っていく。


「千明…」

「いいの、後は私とツネノリの問題。母と息子の話。父親は、今は外で戦ってきて」

そう言ってから私達はメリシアさんの両親に頭を下げてセンターシティに瞬間移動をする。



私は心の中で東さんに呼びかける。

「東さん、聞こえるかしら?」

「なんだい?」

「瞬間移動の出口は街の入り口にして。そして後、3人に軽食をお願いします」

「わかった」



私達はセンターシティの入り口に現れた。

驚く主人に「私が東さんに頼んだの」と言って用意されていた軽食を3人に渡すと千歳は頑張ってそれを食べたがツネノリくんはほとんど口にしなかった。


少し離れた所に主人を呼ぶ。

「何だ千明?」

「このイベントをこっちの1時間で終わらせてルルさんの所に行って」


「どうした?ツネノリの事か?」

「ええ、東さんとルルさんは次を考えてくれている。そこにはあなたも必要だから」


「わかった、だが今のツネノリには…」

「ええ、期待を変に持たせたくないから内緒にしておくわ」


私達が話し終えてツネノリくんの所に戻ると千歳が「食べなよツネノリ、元気でないよ」と話しかけていた。


「今日はこの前ツネノリがしてくれたみたいに私が抱きしめてあげるから元気出して」

「…俺は大丈夫だ…」


「とてもそうは見えないよ」

「千歳、ここは私が変わるからあなたはお父さんの方に行っていなさい」


不服そうだった千歳だが「はーい」と言って歩いて行く。


「ツネノリ」

「千明さん?」


「お母さんでも母さんでも何でもいいわ、私は今まで以上に貴方を息子だと思うから。だから今のあなたを受け止めてあげる」

そう言って私はツネノリを胸に抱く。


「千明さん…恥ずかしいです…」

「親子でしょ?」


そんなやり取りをしていると空中に北海さんが現れる。


「はーい!改革派のジョマです!!これから本日最終の巨大ボス戦が始まります!!この時間に参加可能なプレイヤーは何と特別招待枠の2人とベテラン枠の1人になってしまいました!!

これはバランス調整を間違えてしまったのか?はたまた演出か?

そこは御覧の方々にお任せいたします。


さて、今回はこちらの3人が勝てば全プレイヤーに一律で3000エェンをプレゼントします!

3人のプレイヤーさん達は頑張ってくださいね!!


とは言え、昼の戦いで見事な動きを見せてくれた1人はお疲れの様子、残りの2人で無事に勝てるのか!?もし負けてしまうと明日の巨大ボス最終日はどうなってしまうのか!!?

こうご期待です!!」

北海さんは気丈に振舞っていつも通りの演出をする。



「やってやる…」

「え?」


「やってやる…、やればいいんだろ!!?」

そう言ってツネノリが立ち上がる。


「ツネノリ?」

「ああいいさ!全部圧倒してやる、戦って戦って戦って、それで死んだらメリシアに逢える!だから全部俺がやる!!」


「どうしたツネノリ!」

「ツネノリ!!」

主人と千歳が駆け寄ってくる。


「駄目、落ち着いて!!」

そう言って私はツネノリを抱きしめる。


「千明さん離して、そして戦いが始まったら危ないからすぐに外の世界に戻って!!」

「駄目なの」


「「「え?」」」

全員が驚いた顔で私を見る。


「私ね、ツネノリが心配で無理矢理セカンドに来たの。だから0時になるまでログアウト出来ないの」


「お母さん…それって?」

「ええ、今の私は生身でここに居るわ」


「東!!!」

「あなた!私がツネノリの為に来たくて、北海さんに生身で来るからログインの邪魔しないでって言ったの。東さんは勿論反対した。それでも私は子供の為に来たの!」


「千明、なんて無茶な事をしたんだ…」

そう言って困った顔をする主人に向かって私は微笑む。


「あら、大丈夫よ。だってあなたが守ってくれるでしょ?敵は全部倒してくれるでしょ?」

「それは…そうだが…」


「お母さん、危ないからタツキアに転送をしてもらおうよ?」

「千歳、自分の大事な人達が危ない目に遭っているのに安全な所で見ているだけって言うのは辛いのよ」


そんな話をしていると遠くで土埃が舞い上がる。

北海さんが魔物にスポットライトを当てているからだろう、夜なのに土埃が見えた。


「さあ、あなた…、千歳…私はここに居るから気を付けて行ってきてね」


2人は私達に手を振ると前に進んで行った。

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