管理人さんは玄人の香り(4)

 若頭は銃の弾を入れる部位をパカリと開け、弾を装填した。ホルスターというのだろうか? それをグルルルルルンと回した。


「にいちゃん、俺な。こう見えても、惚れてたんや」


「はあ……」


「大事な大事な宝物やったんや。アイツも子供も目に入れても痛くはない……まさに自分の命よりも重たいくらいにな。それを、両方、横から奪われてみいや。どれだけ心を深くえぐられたことか……わかるか?」


 僕は、何を話しているのか、すぐに察した。そして今、非常にまずい状況におかれている事も、認識した。


「そ、それは、本当にそうですよね。でも、正直に言います。誤解です。これは誤解なんです」


「ほお。誤解? それはほんまか?」


「はい。そもそも、僕は、まだ学生です。結婚とか、全く考えていません」


「なるほどな。じゃあ、遊びだったっていうんか? 遊びで、アイツの肉体を弄んだっていうんか? にいちゃん、若いからなあ、アイツを勘違いさせるには十分やったやろ」


「遊びというか、あなたが心配されているような、やましい事は、これっぽっちも……あっ」


 若頭は、写真を取り出した。そこには、大家さんが牡蠣鍋を持ってきた時の僕たちを真上から写した写真があった。


「接吻しといて、なーにが、やましい事はしていませんだ。ああ? うちの若いもんに、カメラを部屋に付けさせてな、隠し撮らせてもらった。これ、どういう事か? まさか、アイツが自発的に、にいちゃんにキスしたとでもいうのか?」


「こ、これはキスではありません……これはですね……」


 うぅぅぅ。しかし、なんと言ったらいいのやら。キスよりもっと深い事をしているのだから。


「あ? キスじゃなかったら、なんや。どう見てもキスやないか」


「す、すみません。キスです」


「認めるっちゅうわけや。人の女房に手を出した事を認めるっちゅうわけやな?」


「み、認めます。認めますが、離婚するなんて、これっぽっちも思っていませんでした」


「ほう……。まあ、にいちゃんも正直に言ってくれた手前、わしも正直に言うたる。心底、にいちゃんを殺したいと思ってる。今この場で、ハジキで撃って、殺して、コンクリートに詰めて、海に沈めれば仕舞いや。な? 簡単やろ?」


 若頭は、銃をこちらに向け、パンっと、トリガーを放った。続けて、今度は自身の頭に銃口を向け、パンと撃つ。


「ひ、ひぇえええええええ」


 ジョロロロッロと、僕の股から生暖かいものが漏れた。チビッてしまったのだ。


 撃った! どちらも弾は出なかったが、撃ったのだから!

 若頭は、再びホルスターをクルクルと回転させた。ナイフを取り出して、僕の腕の縄を切った後、僕に銃を放り投げる。そして、懐からもう一つ銃を取り出し、銃口を僕に向けてきた。


「にいちゃん、ロシアンルーレットをしようや。生き残りを賭けたゲーム。にいちゃんを、この場で撃ち殺して仕舞いでもええんやがな、それじゃあ、仁義に反するやろ? 平等やない。にいちゃんにもわしを殺すチャンスを与えてやらんとなあ」


「な、なななななな、なんでそんなゲームを……」


「ヤクザの妻を寝取ったんやから、命張ってたんと違うか? ああ?」


「ね、寝取ってません! 盗撮していたのならわかるはずです! そんな事は一度もありません」


「……。まあ、実際にオメコはしてなかったとしてもな、心は寝取ったんや。わしの世界で一番大事なもんの心を寝取った罪は……当然、死刑やろ?」


「人は人を裁いてはいけませーん」


「そりゃあ、日本国というあまっちょろい世界でのルールや。今、この場でのルールは、わしやろ? さあ、撃てや」


「えっえっえ? い、嫌です」


「撃たないと、わしがにいちゃんを撃つ。男を見せろや」


 若頭は、手に持つ銃を、軽く上下させた。


「にいちゃんの持っている銃には弾を入れるところが六つある。銃弾は1弾。6回セーフやったら、引き分けということで済ましたる。もしくはわしが死ぬか、な。ロシアンルーレット、先ずは1発から3発や! 連続して撃てや! なお、銃口をわしに向けたら殺す。10秒以内に撃たなくても殺す。時は金なりじゃああ」


「え、ええええ。しょんにゃ~~」


「10、9、8、6、5、3、2……」


「か、数が抜けてるー。分かりました。う、撃ちますー」


 カシャ。カシャ。カシャ。


「はぁはぁはぁ……」


 胸の鼓動がおかしい。自分の額に銃口を突きつけて、三発連続で撃ったのだ。もう、目は涙で一杯だ。


 若頭は銃を取り、ホルスターを再び回した。


「男をあげたな。次はわしの番や」


 カシャ。カシャ。カシャ。


 若頭も生き延びた。そして、銃の弾を装填する部位を開けた。すでに弾が装填されていた穴の更に、二つばかり隣の穴に、なんともう一個、銃弾を装填した。


 ホルスターを再び回して、僕に渡してきた。


「な、何をしてるんですかー何でもう一個、弾を入れるんですかー」


「だって、こっちの方が死ぬ率が高まるやないか」


「当たり前ですー」


「さあ、ラスト。三連発、撃てや」


 うぅぅぅぅ。涙でボロボロだ。若頭は再び僕に銃を向けて、カウントを始めた。


「5、3、2……」


「今度は10秒じゃないのぉぉー」


 カシャ。カシャ。カシャ。


 だらんと、脱力した。


 若頭は僕から銃を取って、再びホルスターを回すと、カシャ。カシャ。カシャ。と自分の額に向けて撃った。弾は出なかった。


「あちゃあ。こりゃ、引き分けだな。まっ、こういう時もありゃーな」


「た、助かった……」


 若頭が、もう一度カシャっとすると、ドンと鋭い音が響き、僕は肩をびくつかせた。壁には、穴が空いていた……。若頭の顔を見ると、涙を流しているようだ。


 その顔が怖く、僕は再び、肩をすくめた。


「わしはな、本気でアイツに惚れていたんや。そんなアイツが好きな人が出来たから離婚してくれと言ってきた時は、本気で即にいちゃんを殺しに行こうと家を飛び出したんや。しかしな、よくよく思うと、それも出来んと思った。アイツの幸せが俺の幸せでもあるからや。アイツの泣き顔は見たくない」


「は、はあ……」


 カシャ。ドン!

 ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーー。


 再び、僕は肩をすくめた。


「にいちゃん……幸せに、してやりな。もしも泣かせる事があればな、うちの組、全員を敵に回すと思いなーや。あいつは、うちの会長の娘さんでもあるんや。普通の死に方は、しないとだけ、言っておくわ」


「しょ、しょんなあああああ」


 そして僕は、解放された。


 なんという事だ。僕は、大家さんの元夫からもお墨付きをもらってしまった。


 なお、後で聞いた話だが、あのロシアンルーレットには、裏があったようで、大家さんの元夫は、元々、ガチのロシアンルーレットになった際に有利になるように、ホルスターの回転数などを自在に操れるように訓練していたそうで、結局は弾は出ないようになっていたのだという。とはいえ、十回に一回は読み違えるようで、そういう点を考慮に入れたらやはり、ロシアンルーレットはロシアンルーレットであったのだ。


 現在、大家さんは幼い子供と一緒に、毎日のように僕の部屋にやってくる。僕は大いに嫌われる努力をしているのだが、子供にはそんな努力をせず、普通に遊んであげているためか、なぜかとても懐かれてしまった。


 結婚は人生の墓場というが、僕は結婚する前から墓場にいるような気がする……。いや、まだ諦めてはいけない。婚姻届の役場への提出は、何としてでも食いとめなくてはっ! 結婚に対する法的な障害が無くなる期限以前に、僕は大家さんの心変わりを誘発させる必要性に駆られた。いきなり一児の父にならないためにも。間接的にも組の一員になって、他の組織のヒットマンたちから命を狙われないためにもっ! そして大家さんの元夫が気が変わって、殺されないようにするためにも、だ。


 僕のハーレムの6人目、それがこの大家さんだ。僕は今、高校生でありながら、とんでもないお方との結婚の危機に瀕している。

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