禁断の果実は要りません!(1)

 最近の僕のモテ具合は絶好調である。いや、正しくは絶好調というより、異常だ。超絶なまでの美少女2人と、ゴリラ顔なのに狂信者ともいえるファンたちを率いるカリスマ。例外的ではあるが、ガチムキ美男子にも、熱烈な恋のアピールをされている。


 まあ、ガチムキ美男子は別としても、3人の女子に同時にアピールされている僕という人物は、一体どれだけ魅力的な男なのだろうかと思われるかもしれないが、それは完全な誤解だ。羨望の眼差しで見るだなんて、もってのほかである。


 僕はいたってノーマルだ。どこにでもいる平均点な顔。アンケートに印をつけたなら、その回答の大部分が、一番回答者数が多かった、という欄に属す。つまりは趣向・内面も一般平均のど真ん中。学園内のテストでも、平均点付近の点数を量産している。得意不得意な科目はなく、学力も平均。


 そんな全くもって、ど真ん中星に生まれついた星人ような男子が僕だ。そんな僕が現在、どういう根拠でモテモテになっているのだろうかと考えても、その答えは分からない。『モテキ』なるものが到来したとしか説明がつかないのだ。


 『モテる男は辛いよ』――なーんてフレーズを聞いた時、それは持てる者の贅沢な悩みであると思うのは、極めて普通の事だろう。なぜなら、モテる男よりモテない男の方が数倍も辛いのは、誰もがその半生より学んでいる事実だからだ。『モテる男は辛いよ』『モテない男は辛いよ』……どう考えても、モテない男の方が辛そうだろうと、賛同してもらえるはずである。僕もずっと、そう思っていた。


 しかし、時と場合で、モテる事がモテない事よりも、辛いというケースもあるのだと、僕は気付かされた。僕は、優柔不断な態度は嫌いな方で、毅然とまではいかずとも、皆からのアピールを、言葉にして拒否している。しかし、それでも相手が退いてくれない時には、なお、辛いと思う。ストレスでハゲないか心配なくらいだ。


 そんな僕には、中学生の妹がいる。


 妹は母似だ。一方の僕は父似である。父は国民的アニメで例えるならば、サザエさんでいうマスオさんのような感じの平凡な容姿の人。しかし、母は息子目線で見ても、かなりの美人だと思う。妹は、そんな母の遺伝子を偏って受け継いだかのような相貌で、とても美少女に育っていた。


 僕の自慢の妹で、子供の頃から大切にしてきた。目に入れても痛くないと思っている。モンスター娘も闇娘も容姿だけなら、絶滅危惧種に指定されるほど、そんな滅多にお目にかかれないレベルの奇跡的な可愛いさを備えている女の子たちだろう。しかし、僕の妹の可愛さは、彼女らをぶっちぎっての宇宙一である。おそらく僕にとっては、永遠のオンリーワンなのだ。いつか妹が、自身の彼氏でも僕に紹介してきたのなら、僕は全力でそいつの身辺調査をするに違いない。そして兄として、妹にとって可であるか不可であるかを見極めるのだ。


 また、外見だけでなく、妹は内面のスペックも高く、校内ではずっと主席らしい。生徒会にも所属しており、『書記』なる役職についているそうだ。


 インドア、アウトドアと偏りのない僕とは違い、そんな妹は完全なインドア派。何をしているのかは知るよしもないが、家にいる時間の大半は部屋にこもって、彼女なりの時間を過ごしている。


 ある時、そんな妹が僕の部屋をノックし、入ってきた。僕は、ベッドに寝転びながら読んでいた本を一時的に閉じて、妹を見つめた。


「うん? どうしたの?」


「ねえねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんに教えてほしい事があるの。いいかな?」


「勉強だったらパス。僕より、お前の方が頭がいいからね」


「勉強なんかじゃないよー」


「だったら、性教育で教えてほしいところがあるとか? 僕のエロ本でよければ貸してあげるよ。ふふふ、すごいのを入荷してますぜ」


「エロ本なんていらないよ! バカバカバカ。バカスケベお兄ちゃん!」


 妹は、頬を膨らませてベッドに腰をおろした。じっと僕の目を見つめてくる。


「ねえねえ、お兄ちゃん」


「なんだい?」


「お兄ちゃんはね、私の事、好き?」


「もちろんさ。僕はお前の事を、銀河系で一番好きさ。自慢の妹だって、毎日誇らしい気持ちでいるんだからね」


「本当? わーいわーい。嬉しいなあ。だったら、さ……。チュー、しよ?」


「………………」


 僕は、聞き違いかと思い、問い直した。


「うん? なんだって?」


「チュー……しよ?」


「えーと。チュー……しないよ?」


「どうしても、なの?」


「………………。うん。どうしても……」


「だったら……チューしなくてもいいから、私と付き合ってほしいの」


「付き合うって……どこか、お買い物、とか?」


「違うもん。私の事を女として見て、付き合ってほしいの」


「………………冗談は……よしこ、ちゃん……」


「冗談じゃないよ。本気だよ」


「………………」


 つまりは――。


 妹が、ボケた、ということか。


 鏡を見ずとも、僕は自分の顔が、青ざめていくのが、分かった。血の気が引いていくとでもいうのだろうか、まさにそんな感じだ。


「お兄ちゃん、好きっ! 大好きっ!」


 妹はベッドで横になっている僕に抱きついてきた。強く拒絶する事も受け入れる事も出来ない僕は、ただただ呆然と、固まっていた。


 猫のように僕に顔をこすりつけてくる妹から、ぽかぽかな太陽の匂いがした。


 この日を境に、妹はやけにベタベタと僕にくっついてくるようになった。いつもなら妹は、自室にこもって、一人の時間を過ごしているのに、まるで、僕の部屋を自室代わりにするようになった。つまりは、僕の部屋にこもり始めたという事でもある。僕が漫画本を読んでいる時なんか、妹が僕の勉強机で一生懸命に宿題をやっている姿を見ると、正直、居心地が悪い。


「ねえねえ、お兄ちゃん、ポッキー食べる?」


「うん。食べる」


「じゃあ、食べさせてあげるね。はい、あーんして」


 そう言って、妹はポッキーの端を口に咥え、ベッドの上で本を読んでいる僕に寄ってきた。


「おーい、なんでそんな食べさせ方なんだよ。普通にポッキーをくれよ」


「んーんーんー」


 妹は首を左右に振ると、チョコの先端で僕の口を突いてきた。しかたなく咥えると、パクパクと向こうからポッキーを食べてくる。


 危機感を感じた僕は、いち早くポッキーをポキっと折って、顔を引いた。危ない。とても危ない。


「お前、何を考えてるんだ! 最近、変だぞ。昔のお前に戻ってくれよ」


「私は、昔からこうだよ。これまでは自制していただけ。その自制するために必要な電池が切れちゃったのですぅー。なんで、充電しなくっちゃ。えーーーぃ」


 そう言って、妹は僕に抱きついてきた。


「わっ。こら、離れろ」


「充電中だから、無理なのでーす」


 僕は妹の頬を両手で力一杯、ムニューっと押すも、妹もムキになってしがみついてくる。


 仕方がないので、なすがまま、好きなようにさせた。しばらくして、妹が僕の胸に顔をくっつけながら言った。


「ねえねえ、私の分、終わったから、お兄ちゃんの宿題もやってあげようか?」


「同級生に同じ事を言われたら、ラッキーって思って、迷わずお願いする事ではあるんだけど、中学生のお前に言われちゃあ、素直に首を縦に触れないな」


「いいじゃない。私、趣味で高等数学の微分とかも勉強してるし、英検3級だって合格してるもん。だから、お兄ちゃんの英語の宿題だって出来ちゃうよ」


「出来ちゃうって……僕は別に、宿題をサボりたがっているとかそんなんじゃないぞー。宿題は面倒臭いと思いつつも、いつも、きっちりとやって提出してるんだからな」


「宿題をしっかりとやってるくせに、テストの点数は平均点なんだよねー」


「うるさい! 平均点で何が悪い! 平均点を悪く言うなよ! 世の中の学生の半分は、平均点以下なんだぞ。平均点だけにっ!」


 当たり前なのだが学力でいうなら、僕は世の中の半分より上の存在だ。まあ、半分より下の存在でもあるのだが……平均的ゆえに。


「もう充電は完了しただろう。いい加減に僕から離れろよ。僕の中の電気は全てお前に吸い取られてしまったから、もう発電するまでカラッポだ。そして発電の予定はしばらくないから、もう、くっついてきても無駄だかんなー」


「ふぁああーい」


 しかしその後も、別の理由を作っては、妹は僕にボディータッチを続けてきた。そんなこんなで、日々は過ぎ、篠田さんに拉致られた日がやってきた。助けに来た先輩がビースト化して、逆に僕を襲おうとした日でもある。


 悪ふざけという証言をして丸く収まったが事件だったが、警察から連絡を受けた妹は、とても心配した様子だったという。


 僕が帰宅するなり、妹は涙目になって抱きついてきた。


 その日の夜、僕が風呂に入っていた時だ。頭のシャンプーをお湯で流していたので、浴室のドアの閉鎖音に、気が付かなかったのだろう。完全に頭の泡を洗い流し、白く雲った鏡にシャワーのお湯をかけたその時だ。後ろに、ニッコリと笑っているスクール水着姿の妹が映っていた。

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