レアサキュバス登場(4)
彼女とその親衛隊なるものたちが教室から出て行った時点で、友人が僕に迫るように訊いてきた。
「お前、一体なにをしたんだよ。なんで、生神様とそんな親しいんだよ」
「生神様っていうなよ。僕は彼女が転校する前、学校にやってきた時に、校内を案内しただけだよ」
「この贅沢者め! この、贅沢者! デートだなんて、羨まし過ぎる。全世界の男たちを敵に回したと思えよ」
「いや、僕は知らないから。つーか、僕は一言も、デートを了承するとは言ってなかったんだけど……」
「ふざけんな。お前とは今日かぎり、友だちは止めだ! 今日から俺とお前は、『恋のライバル』だ」
「勘弁して……」
冗談で言っているのだろうかと最初は思ったが、どうやら本気で言っているようなので、僕は猛烈に心配した。友達が気を狂わせた、と。
放課後になると、僕はそそくさと、帰宅の準備をした。本来ならば、美術部に行き、現在作成中の油絵を何タッチか塗ってから帰宅するのがいつものパターンだが、この日は、一刻も早く学校を出たいと思っていた。原因は、彼女だ。
ゴリラ女の存在である。だが、教室を出たところで、運悪く遭遇してしまった。
「女神降臨よ。ちょうど、呼びに行こうとしてたの。そんなに急いで教室を出てくるなんて、そんなに待ち遠しかったのかしら?」
「……今回は、馬に乗ってないんだね。あと、僕、デートなんてしないから」
「駄目よ。人生の大半は緊急を要する事なんてないの。でも、私とのデートは、緊急を要する事よ。優先順位のMAXでね。さあ。行きましょう。もう、予約は済ませてあるわ」
「予約?」
「それは、秘密。さあ」
「ちょ、ちょっと」
彼女は僕の腕を掴むと玄関に向かい、歩いていく。女子にしては巨体な彼女は、僕よりもやはり力があるようだ。
フェロモンの効果なのかは不明だが、僕の本能的な何かが、この女には逆らうな、と訴えてくる。不本意ながらも、僕は彼女の言う通りにしようと思った。まあ、今日一日我慢すればいいだけなのだ。今日一日で、彼女も僕を飽きてくれるだろう。
僕と彼女が、電車を乗り継いでやってきた店舗は全国展開している有名なエステサロンの店だった。彼女は、中に入ろうとしている。
「あのー。僕も入るの? ここに」
「ビンゴ。これからあなたに、ファンタスティックな私のように魅力的になる極意を教えてあげるわ。まずはレッスン1。お肌のメンテナンスよ」
「………………」
なすがままに中に入った。そして施術を受けた。ナメクジかデンデン虫か分からないものを、顔面やお腹などに乗っけられ、とてもこそばゆい。
お店のお姉さんがいうには、粘液に効き目があるらしい。
「………………」
僕はじっと耐えた。生きていれば、こういう事もあるのだろうと、そう思う事にした。
「お客様、最後はゴキブリパックをさせて頂きますわ」
「は、はあ?」
「そちらのお連れの方が、ぜひ、組み込んでくれとリクエストされてまして、まあ、苦手な方も多数いらっしゃいますが、ぜひ」
「ちょ、ちょっと……ゴキブリって、あの、カサカサ動くあれですか?」
「そうでございますわ。塗るの、どうしましょうか……というか、もう塗ってしまいました。動かないでじっとしていらしてください」
「………………」
「ゴキブリ数匹をですねミキサーで粉砕し、黒いペーストになったものをヨーグルトと混ぜ合わせたものです。ご想像なさっているゴキブリの面影は当然ございません。ご心配なさらずに」
「………………」
「ほら、あちらのお連れの方は、あんなに気持ちよさそうにパックされています。ゴキブリには『キチン質』というものが含まれていて、お肌によいのです」
「………………」
「あら。お客様、脂汗が出てますわ? 大丈夫ですか。あっ、お口は動かさないでください。お口の中に、黒ペーストなクリームが入ってしまいますから。……あっ、ちょっとだけ、入ってしまいましたね」
「………………」
「そうです。リラックスなさってください。きっとお連れの方のような、魅力的なお肌になりますわ。あら? 涙を流されてますわ。未来の自分を想像して感極まったのでしょうか。大丈夫です。信じれば、きっとお客様のような極めて『普通顔』な男性でも、おモテになります」
僕は引き続き、じっと耐える事にした。生きていれば、こんなこともあるのだ、と。
そして、施術が終わった後、僕は彼女に連れられて、今度は足つぼマッサージの店に行った。
「うぎゃあああああ」
「お客さん、動いちゃ駄目アル。大人しくしているアル」
中国人風の整体師が、がっつりと固定された僕の足裏を、指圧していく。
隣で彼女も同じことをされているが、全くの余裕の表情だ。
「フリーズ! 痛いのは分かるわ。でも、魅力的になるためには、これも必要な事なの。魅力的になるための道は険しいのよ」
「僕は魅力的になりたいだなんて、思ってなーい。ぐぎぎぎっぎぎぎぎ」
あまりの痛みで、涙が出てきた。
「お客さん、今は痛いかもしれないけど、この痛みはヤミツキになるアル。もうちょっとの辛抱アル」
「ヤ、ヤミツキになるはず、ありませんからー」
「痛みと快感は、紙一重アルー」
「客に嘘をつくなー」
こうして、僕と彼女は施術を最後まで受けた後、店を出た。僕は、なぜこんな店に連れてくるのか、彼女の意図が全く分からない。
そして僕と彼女は、今日の仕上げだという中華料理店に入店した。目の前にフカヒレがどーんと出てくる。
「ねえ……質問」
「アクセプティッド! さあ、どうぞ」
「一体、なんなんだよ。今日は僕を連れ回してさ」
「貴重な体験、出来たかしら。今日からあなたは変わるのよ。私のようにファンタスティックになるの」
「はあ……」
「さあ、食べてちょーだい。フカヒレは美容には最適なんだから。あと、今後、私に遠慮は不要よ。だって、ようやく同類と出会えた気がするんですもの」
「ど、同類って? 僕が、君と?」
「魅力的な者は魅力的な者を見つけるの。類は友を呼ぶってコトワザは御存知? ぶっちゃけていうと、今のあなたは全然ダメ。でもね、ダイヤの原石であるような、そんな素質を秘めている気がするの。私に匹敵するくらいの素質を、ね」
「あっ……そうなんだ……ふーん、へえー。やったあ……」
僕は無表情でそう答えて、フカヒレを食べた。味は旨い。しかし、一刻も早く平らげて、すぐにでも帰りたい、そんな気分だ。
僕は、平らげると、皿を置いた。
「ごちそうさま。じゃあ、僕はそろそろ、おいとまするね。今日はとぉぉぉぉぉても、楽しかったよ」
「あら? もう帰るのかしら? もっとお話してたいわ。私、モデル業とかもしてて多忙だから普段はこうしたのんびりできる時間は中々取れないのよ。何か用事でもあるのかしら?」
「モデル業って、どこの動物園で?」
「うん?」
「い、いや……。よ、用事なんだけど、ソーシャルゲームでさ、ゲーム内の友人と待ち合わせしてるんだよ。今日はイベントがあるから、遅くまでプレイするつもりさ」
「駄目。ノー! 許しませんっ」
なぜかわからないが、彼女は激怒しており、テーブルを、両手を拳にして、ドンドンと叩いた。
「夜遅くまでゲームしてたら、目の下にクマが出来ちゃう。そんな事をしたら、ファンタスティックになれないわ。お肌のために、必ず夜9時には寝る事。いいわね?」
「ええええー。なんで、僕が許しを請わなくちゃいけないの。なんで僕の生活に関与してくるのさ」
「それは、魅力のためよ」
「魅力の……ため?」
「私、魅力的になれる素材を見ると磨かないといけないという、そういう使命を感じるの」
「いえいえ、感じなくてもいい、から……」
「それに、私ね、ようやく見つけた気がしたのよ。永遠に現れないと思っていた相手が。ファンタスティック過ぎる私と釣り合いがとれる相手が。魅力的過ぎるって、罪なの。孤独なのよ。あなたは、きっと磨けば私と釣り合いがとれるまでに脱皮するわ」
「脱皮って……僕なんかじゃ、君とつり合いがとれるとは思わないなぁ。た、他の人でいい人、たくさんいるから、彼らと付き合いなよ」
「分ってるわ。私のようなランクの高い女性と一緒にいるだけでも、気後れしちゃうとかっていうアレでしょ。分かったわ」
「それじゃあ……僕は、ここでおいとまを……」
「交際してあげる」
「えええー、なんでそうなるのさっ」
「あなたがもっと成長して、私と一緒に歩く男性として相応しくなったら、と思っていたけど、タクティクス・チェンジ! 慣れる期間もまた必要よね」
「いや……僕の気持ちは……一体……」
「さあ、今日から私たちは恋人同士よ。一緒にもっともっとファンタスティックになりましょう」
「だから、なんでなのさー」
その後、僕の日常を彼女が干渉し始めた。恋人である僕(非認証)を自身と釣り合いのとれる魅力的な男にするためらしい。異常なまでに規律正しい生活を強要されているのだ。
勝手に栄養価のある弁当を作ってきたりと、かなりの迷惑なのだが、なぜか、周囲の男子は僕に対して嫉妬の視線を遠慮せずに向けてくる。
僕には、この勘違いゴリラ女の良さが全く分らないが、フェロモンが素晴らしい、という。
のちに、ゴリラ女なるカリスマとモンスター娘の、僕を巡る凄まじい校内バトルが勃発するのだが……それはまた後の話である。僕のハーレムの4人目は、このカリスマだ。
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