レアサキュバス登場(3)
最初、彼女が転校してきたという話を聞いた時には、ただただ首を上下に動かしただけだった。僕の前の席にいる友人が、笑い話として話してきたのだ。
「おいおい。聞いたか、めっちゃくっちゃブサイクな勘違い女が転校してきたそうだぞ」
「へー、そうなんだ。見たの?」
「遠くからだけど、見た見た。まるでゴリラの化身みたいなヤツー。ウケるわ。あれで自分の事を生き女神だなんて言っているんだぜ」
「まあまあ、そんな可哀相な事は言うなよ。容姿は生まれ持ったもので、自分の意志でどうにかなるもんじゃないしさー」
と、取り繕ってみるも、心の中でホッとしているところもあった。こないだ、親衛隊なる美男子たちに取り囲まれている彼女を見て、もしかして自分自身の美的感覚に、重大な欠陥があるのではなかろうと、心配もしていたのだ。世間は、ああいったビジュアルを一般的な美だと思っているのではないのかと、世間とのズレを恐怖した。
しかし、取り越し苦労だったみたいだ。ゴリラ的な彼女の評判は、とても悪いものだったのだ。
最初の数日間だけは――。
彼女が転校してきて、更に1週間が過ぎた頃だろうか、状況が一変していた。
僕が彼女と廊下ですれ違った時には、彼女は自身のクラスの男子たちの殆んどを引き連れており、そのうちの3人を馬として、騎乗していたのだ。
僕は、自分の目がおかしくなったのではないだろうかと、強くこすった。しかし、幻覚ではない。
「……あら、あなたは。以前の」
「………………」
「降ろして頂戴」
「はいっ。マイ・エンジェル」
馬役の男たちが彼女をおろすと、彼女は僕の方にやってきた。
「同学年だったのね。探してたんだけど、なかなか見かけなかったから、学年が違うのかと思っていたわ。これ、ずっと渡したいと思っていたのよ」
「な、なに。これ?」
「私のファンクラブの1号の証明書よ」
「え? え?」
「どうしたの、受け取ってくださらない?」
別に要らないのだが、彼女の取り巻きなる他クラスの男子たちが僕をじっと睨んでくる。そして、そこにとんでもない人を見つけた。1週間前に、彼女の事をゴリラだと笑っていた、あの友だちがいたのだ。しかも、後ろの馬役になって。
彼は僕と目が合うと、視線をずらした。
「あ、ありがとう……」
僕は証明書なるものを受け取ると、彼女は笑って、いっそう僕にゴリラを連想させた。その後、再び人間馬に騎乗し、廊下を進んでいった。
「一体……なんだったのだろう」
その日の昼の休憩時、僕は友人に聞いた。
「なあ……お前、こないだ、あの転校生の事を……ブスやらゴリラとか言ってなかったか? なんで馬になってんだよっ」
「お、おい……そんな大昔な事を蒸し返すなよ。俺は馬鹿だった。あんな素晴らしく愛らしいお方の事を悪く言うなんて。タイムマシンがあれば、過去に戻って、自分自身を病院に送りにするくらいにボコボコにしてやりたい」
「ふーん……あっそ」
そんな事したら、今頃おまえも病院にいるだろう、とツッコミたかったが、なぜかツッコんだら負けな気がして止めた。
「桜田、お前さー。俺の事、変な奴だと思っているだろ」
「え? なんで?」
「今のお前の、俺を見る冷えた目を見れば、何を考えているのかは分かるぜ。なんで、あんなブスに唐突に熱を上げているんだって顔をしていた……」
「まあ、正直に言うと、不思議には思っている。どうして、あの子が、そんなにも男子を惹きつけるのか」
「俺は今まで、大きな勘違いをしていたようなんだ。というか、見過ごしていたとでもいおうかねえ。人が異性に惚れる時って、どういう時だと思う?」
「そうだね。顔と性格が好みだったりした場合、かな。もしくは、そのどちらかが極端に好みだった場合とかも、ありえるね」
「俺も一週間前まではそうだと思っていた。しかしよく考えてくれ。働き蜂がそうであるように。働きアリがそうであるように。どうして彼らが、女王に身を犠牲にしてまで忠誠を誓うのか。献身するのか。女王が美人だからか? 性格がいいからか? 違うね。容姿や性格とは別次元な要因によると考えられている。それが『フェロモン』だ」
「フェロモン?」
「ああ。彼女から出ているフェロモンに、俺達親衛隊は、メロメロなんだよ。端的に言えば、俺は彼女の顔でも性格でもなく、圧倒的なフェロモンに惚れたっ! ちょっとからかいに、ちゃちゃ入れに行ったつもりが、返り討ちにあうかのように激惚れしちゃった俺が言うんだから、間違いない」
「そ、そうなの……ふーん。よかったね、恋できて」
「てめー、恋なんか、そんな下賤な表現をすんじゃねーよ。あの人は俺の太陽だ。俺は単なるモヤシ。あの人の近くにいないと光合成も出来ずに干乾びちまう! もう俺の人生にとって必要不可欠なお人なんだ」
「モ、モヤシって……」
光合成……できる植物だっけ?
「まさに生神様。恋なんて恐れ多い。俺だってな、動揺してるんだ。なんであんなにも容姿がお醜いお方に、こんなにも胸がキュンキュンしているのだろうかと。そして、こんな犯罪を犯しているのかと」
彼は、周りをきょろきょろしながら、ポケットから何かを取り出した。それは、ナイロンに入った、インソール……中敷きだった。
「実はな、彼女の下駄箱でこれ、頂戴してきたんだ。いや、ちゃんと、事前に調べて、同じものを買って、それと取り替えてきた。だから、バレたりしないだろう。たぶん……」
「お、お前……そこまで彼女に。って、何してるっ!」
彼は、ナイロンから出した、中敷きを鼻にくっつけて思いっきり空気を吸った。そして、恍惚な表情になった。
「た、タマラン。この足臭さがタマラン。マジでタマランよ。すぅーはーすぅーはー。足くせぇぇ。足くせぇええよぉぉぉー」
「………………。なあ、悪いんだけど現時点をもって、友だち、辞めてもいい?」
「お前も、嗅いでみる?」
「絶対に、嗅がない。つーか、そんなのもし本人に見つかったら、どれほど大騒ぎになるやら。とりあえず罵倒されるぞ」
「……罵倒、されたい。罵られて、みたい……」
友人が顔を赤らめながら、そうポツリと言った。
………………。
「お前、白状しろ! 本当は、金でも貰ってるんだろう。もしくは、悪い薬とか! もしもそんなのなしで、本気でそう思っているのなら、僕はドン引きだ。お前の変態さにドン引きだー」
「そう言うのも分かるよ」
友人は、中敷きをナイロンに入れて、大事そうにポケットに戻した。
「最初は、あのお方の良さは分らないのだ。例えるなら噛めば噛むほど味が出てくるアタリメ。その味はビフテキを越える。もはや、フカヒレ……ツバメの巣も敵としない。ああ、あのお腹の脂肪に、顔をうずめたい。顔をうずめて窒息したい」
「お前……病気だぞ。病院に行った方がいい」
そんなこんなで友人から彼女の素晴らしさについてのウンチクをウンザリするくらいに聞かされていたところ、当の本人が教室にやってきた。
人間馬に乗って……。
「えーと、いるかしら? あら、そこにいたのね」
彼女は僕を見つめながら、馬役を動かして、こちらにやってきた。
僕の前の席に座っていた友人が体をワナワナさせながら身震いしている。頬を赤らめて、まさに神様でも見るかのように、ゴリラ女を見つめていた。
「ビュ、ビュビュ……ビューティフォーーーーー。丁度、あなた様の話をしていたところです。会いに来てくださったのですね。感激ですっ。アメ・アラレ・感激っ!」
「うん? ああ、あなたなの。ごめんなさいね。あなたに用はないの」
「ガ、ガーン……ど、どうしてですか、マイ・エンジェル。ひどい、ひどすぎます!」
しかし、彼女はそんな友人を無視し、僕を見つめながら、こう言った。
「ファンクラブ……一号さん。あなたに用事があるのよ」
「ぼ、僕に?」
「そう。一号さん、あなた、別に私の好みじゃないんだけれど、今日デートしてあげるわ」
「な、なななななん、なんだってー」
「そんな馬鹿な。どうか、お考え直してください。僕達だってまだなのにー」
『親衛隊』たちが、まず、驚きざわめいた。そして、次に、僕を睨んできた。こ、怖い……。
いや、気づくと、彼らだけではない、僕のクラスの男子が皆、睨んできている。なんたる女王フェロモンの強さ。そして、その即効性。しかし、どういうわけか、僕にはその影響がないようだ。
ゴゴゴッゴゴゴゴゴゴッ。
ただ、女子だけが、この状況をまだ呑み込めていない様子で、不思議そうに僕らに視線を送ってきている。ゴリラの化身のような女が、なぜか男子に騎馬戦の馬をさせており、そして、僕に堂々と「デートしてあげる」なんて言っているものだから、そりゃあ、そうだろう。状況が呑み込めるわけがない。
僕は、男子たちの鋭く悪意ある視線の中、顔を左右に振り、か細く言った。
「……結構で、す」
「一号さん、遠慮しなくてもいいのよ。それじゃ、放課後に迎えにくるわね。レディーのお誘いを断って、恥をかかせちゃ、だ・め・よ。うふ」
彼女は、僕に向かってウインクした。その様子が、あまりにも醜く、僕は悪寒を覚えた。
しかし、周囲の男子たちには、その仕草でメロメロにでもなったかのように、目をハートマークにして、彼女を見つめている。
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