レアサキュバス登場(1)

 どうやら僕にモテキが訪れているようだ。これまで平凡に慎ましく生きる事を信条としてきた僕が、モテモテなハーレムライフを送っているのだから、それは確かな事であろう。つまりは、アニメや漫画、ラノベなどでお馴染みの、何も異性に対するアピールやその努力を行っていないにも関わらず、無条件に周囲の美少女達からモテまくる、というあれだ。その大半は、そのモテる男子の性格は鈍感であり、彼女らの恋心に気づかない、という誠に製作者サイドの都合を配慮した人物像となっている。ちなみに、非凡な才を持っている、という特徴がある場合も多い。

 しかしながら僕は彼らとは違い、どこにでもいる凡人である。何の秀でたスキルもない。ハーレムものでよく見かける主人公らとは違い、悪を許さずの正義に燃えるヒーローでも何でもなく、あえていうなら、決して注目を浴びる事はないだろう背景の一部として描かれているモブキャラ……それが僕だ。


 モブゆえに、他人の気持ちを読みとれるスルドイ感性や知恵を持ち合わせていない一方、相手のアピールや想いに気付かない程の鈍感さも持ち合わせていない。


 そんな僕は、現在のようなモテモテな状態にいるにも関わらず、世間一般的に思われている常識とは異なり、全くハッピーではなかった。むしろ、この状態が早く終わって欲しいとさえ、真剣に願っている。


 現在、僕のクラスのドアを開け、満面の笑みで両手を広げながら、ミュージカル調に踊りつつ、こちらにやってくる女子生徒がいた。


「ダーリーーン。アイラブユー。アイラブユー。世界で一番あ・い・し・て・るるるるるー♪」


「うぐぐぐっぐぐ。や、やめろ……」


 彼女は僕の背後にクルリとまわると、首を腕で締めつけてきた。彼女が僕のハーレム一号でもあるモンスター娘だ。チョークスリーパーを完全に決められた僕は、足掻く以外はどうする事もできない。そんな彼女が、超絶な美少女というのが、全くもって惜しい。


「止めないよ。私は止めないよ。空に太陽がある限りー!」


「今日は……曇りだ……ああ……」


「あ、そっか。これまた一本取られました。あははは………………。ぶはっ……」


 僕は椅子から立ち上がると、あははは、と笑いながら力を緩めた彼女に対して、背負い投げを食らわせた。本当に、一本を取った。


「どうしていつもいつもいきなり襲って来るんだ、お前は。それと、僕へのボディータッチはこないだ禁止にしたはずだけど」


「しょんなの忘れちゃったよーん。これが私のダーリンへのアピール方法なんだぼーん。だがら、じぇったいやべないぞーー」


 喋っている途中から、僕が仰向けで寝ている彼女の頬をビヨーンと捻り伸ばしたので、何を言っているのかよく分からなかった。彼女の特徴としては、悪ふざけが大好きである点。たまに度を越える事もあり、死の危険を感じた事は数度ある。


 校内では、彼女のあからさまなアピールゆえに、僕と彼女は交際しており、痴話喧嘩をしているとしか、もう見られてはいない。しかし実際のところ、僕は彼女と交際なんてしていない。


 その理由は、実にシンプルで、僕は彼女の事が大嫌いだからである。


 昼休憩の時間になると、僕はいつものようにスマホのメールを確認した。すると65件の未読があった。その全てが篠田さんからだ。彼女は、まるでツイッターで呟くように僕にメールを送ってくる。こんな事ならば、アドレスを教えなければよかった。


 基本的に未読が100件を越えたら、僕はワンレスポンスをする事に決めているので、まだ35件溜まるまでの余裕がある。それまで放置しておいて構わないだろうが、5限目か6限目の終わりにはもう溜まっているだろうから、今のうちに、送信する文面を考える事にした。


 そんなこんなで、中庭までやってきて、そこにあるベンチに座りながら、お弁当を食べていたら、巨漢の男子生徒がやってきた。僕は目を剥いた。


「おーいおいおい。美味しそうな弁当じゃないか、桜田君」


「ひぃぃぃぃ、先輩。なんで、なんで……」


 先輩は、手を振りながらやってきた……女子のスカートを穿きながら! 僕は先輩の穿いたスカートをじっと見つめる。


「おっ、さっそく気づいてくれたな。このスカートはな、臨時の借りものなんだよ」


「臨時? 借り物?」


「実は今日さ、通学時に川で猫が溺れようとしている現場に遭遇してな、うちのクラスの女の子もそこに居合わせていたんだよ。っで、至急俺に救助を要請してきて、実際に助けたんだがね、その時に川に下半身を浸からせてしまったせいで、びしょ濡れになったんだ。それで、ズボンが乾くまで、その子のスカートを貸してもらったというわけさ。なんせ、彼女の依頼で、そうなったんだからねー」


「………………そのクラスの女子の方は、今、どうしてるんですか? 自分のスカートを先輩に穿かれて」


「スパッツがあるから平気さ。スパッツで外を歩いても、警察につかまったりはしないだろう? しかしながら、パンティー一丁で歩いていたら、捕まっちまう。そういうことさ。全く、しがない世の中だねぇ」


 そう言って、先輩は僕にウインクを送ってきた。


 ………………。


「パンティー……今も、穿いているのですか……?」


「おう。もっこりもりもりよ! もしかして見たいのか? ズキューンズキューンズキューン」


「そんな擬音は使わなくていいです」


「おーいおいおい。健全な男子を自称してるくせに、スカート捲りしたくねーのかよ? わーらーえるー」


「………………捲りたくありません」


「そんな遠慮するなよ。ほーれほれほれ」


「見たくないーっす。って……はっ! それは!」


「おーいおいおいおい。俺が何の思慮もなく、スカートの下にパンティー穿いてると思ったのかい? 残念だったなあ。期待に添えられなくて。すまなかった。ブルマでガッカリしたろうに」


「つーか、どうして、絶滅したはずのブルマを着用してるのですかー! これも朝の猫繋がりのクラスメイトさんのですかー」


「いいや。これは自前のだ。両刀男子たるもの、ブルマの一着ぐらいは常に、保有しておかなくてはな。今回のように、いつなんどき役に立つかわからない」


「役に立ちませんからっ」


「備えあれば、憂いなし」


「異議あり! 間違った備えは、憂い『あり』!」


 この昼休み中、先輩は僕の座っていたベンチに腰掛け、たわいない話を聞かされた。


 放課後になった時には、猛烈に疲れが溜まっていた。先程、篠田さんにレスポンスをしてから、早くも27件もの未読が溜まっている。まだ10分も経っていないぞ! どんだけ早打ちなんだ。いや、もはや早打ちという表現では、おさまらないのかもしれない。僕は中身を見ずに、ポケットにスマホを入れた。


 そして、しばらくして、異常な光景に出くわした。


 わっしょい、わっしょい、と……まるで祭のような掛け声が、聴こえてきた。吹奏楽の演奏やギターの音も……。そして、その音が次第に大きくなっていき、多数の他校の学生たちが校門から、学園内に入ってきた。制服を見る限り、結構、遠方にある学校も混じっているようだ。電車を使って40分程かかる距離圏内にある学校の生徒らが多い。一体、それらの他校生らが、うちの学校に一体何の用事だろうかと気になって眺めていたところ、更に思いがけないものが目に飛び込んできた。


 体育祭の時に行われる騎馬戦というものが、うちの学校でも行われている。3人が馬役となり、騎手役がその馬役に乗り、相手の騎手のハチマキやらボウシを奪取するという競技である。ここでは、3人の男子たちが馬役となり、1人の女性を乗せていた。


 その女性が――こういう言い方はものすごく失礼に当たるのだろうが、ゴリラにしか見えない。


 ただし………………。


 よくよく、この奇妙な集団を観察していたところ、この人間馬に乗っている女性を除いて、全員が男子生徒である事にまず気づいた。そして、彼らは例外なく、彼女を見つめる際の視線に熱を入れているように感じられたのだ。まるで、愛しむ人を見つめる時のような、そんな目つきだ。


 僕と同じく、下校しようとしていたうちの学校の生徒たちも、みんな呆気にとられて、彼らを見ていた。そりゃそうだろう。こんなキテレツな現場に遭遇したのだから。


 騎乗している女の周りを男たちがパレードしながら、玄関前である、こちらに向かってきた。そして、僕の近くで、ゴリラのような女が言った。


「止まってちょうだい」


「はっ」


 馬役の男たちは、ピタリと止まった。額からすごい汗を流している……。さらに、楽器の演奏をしていた男たちも同じように、ピタリと止まった。


「あなた」


「………………」


「そこのあなた、この学校の生徒さん?」


 どうやら、僕に話しかけている様子だ。

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