操のピンチ!(1)

 僕の容姿は中の中。性格もそこらにいる一般学生と程度こそ違えど、基本的にはそんなに変わりはない。優しい人柄である反面、ドライな一面もある。好奇心はあるも、警戒心もあり、新しいもの・珍しいものには、ある程度慎重に観察した後に飛びつく。飲食店などでの行列を見かけたら、大衆心理から、時間に余裕があるという条件下で、ついつい並んでしまう。


 交際経験はゼロ(1日だけ形式上の例外あり)。車や電車に乗っている時には、窓の外を眺めながら、脳内忍者を創り出し、タッタッタッタと、走らせる。


 そんな極々普通な男子である。仮にアンケートをとったなら、大部分がそう答えるだろう項目には、僕も違わず印を付けているだろう。こうした『平均的』こそが僕のキャラ性なのである。


 こんな僕にも最近まで、気になる人がいた。


 目の保養として、遠くから眺めるだけだった、そんな高嶺の華がいたのだ。しかし先日、そんな彼女との接点を持ち、彼女の内面にある闇の深さに圧倒された。最初こそ、話しかけられた時には天国にのぼりたい程に嬉しがったが、今では話しかけられる度に、途方もない恐怖を感じる。睡眠薬を飲まされたり、宇宙に連れていかれたり、寝ている間に手足を縛られたり……と、もはや条件反射で冷や汗が出てもおかしくはないだろう。そんな彼女に、僕は猛アプローチをされている。そして僕は、全力でそれから逃げている。


 また、国民的アイドルグループに所属し、そのグループ内でも断トツな人気を誇るアイドルな姉と、瓜二つな少女が同じ学年にいる。どういうわけか、僕は彼女にも気に入られているようだ。


 類稀な美少女だが、その中身はモンスターであった。呼吸するかのように悪ふざけを行うのだ。ただの悪ふざけであれば可愛いの範疇で済ませられるも、彼女の場合は、軽ーーーく度が越えている。クレヨンを食べさせようとしてきたりと、命の危険を感じる場合も少なくなく、彼女が原因でこうむる被害は甚大なため、僕は彼女からもアプローチをされているが、全力で拒絶している。


 こうして、最近の僕は、学校にいる間、休憩時間の毎にモンスター娘から隠れて過ごし、下校時間は、片想いだった闇娘から逃げるように帰宅している。闇娘の篠田さんは、僕の通学路周辺を毎日うろついているのだ。僕は既に予備校を退校した。だから予備校内で彼女と会う事はない。だからか彼女は偶然を装って、自然な形でコンタクトをとろうとしてきている。それも毎日っ!

 どういうことだろうか……突然、訪れたモテキ。僕のランクは自称、中の中である。そんな僕に、容姿でいえば、上の上は確実で、かつ、滅多にお目にかかる事が出来ない程に奇跡的なまでに絶世の美少女2人が好意を寄せてきてくれている。しかし、この上なく嬉しくないのだ。逆にむしろ、苦しいのだ。


 この日、僕は帰宅時、校門をくぐろうとしたところで、その門に背中を預けている篠田さんの姿を発見し、すぐに引き返した。


 裏口通路を使おうとするも、そこではモンスター娘が、友人たちと、ぺちゃくちゃと喋っている姿が見えた。横切ろうとすれば絡まれるのは明白だ。そうなれば、これまでの経験より、僕のHPは信じられないスピードで減っていく。


 僕は手持無沙汰に、校内をぶらついて、中庭にやってきた。そして、ベンチに座り、背もたれに体を預け、空を眺めた。ため息を出して、目を瞑った。


 そうしていると、足音が聞こえて来た。


「おや! そこにいるのは、桜田君ではないか?」


「え? ……はい」


 目を開けると、そこにはガタイのよい男子生徒がいた。柔道着姿の彼は、タオルを首にかけて、汗だくな状態である。ランニングでもしていたのだろう。


「先輩。お疲れさまっす」


「おう。……どっこいしょっと」


 先輩は、僕の隣のベンチに腰かけた。彼は僕より一つ上の三年生である。僕が所属している委員会が一緒で、時々、放課後に行われる委員集会で会っていた。


 先輩は、タオルで汗を拭いていた。


「先輩は最近、委員集会に顔を出していませんが、何かあったのですか?」


「最後の大会が近くてね。それに、俺たち三年生は大学受験も控えているだろ? 何かと忙しいんだよ」


「なるほど。もうすぐ受験っすもんね」


「桜田君も、気付けば、すぐに三年生になっていて、受験戦争に突入しているんだぞー。恋する暇も惜しむ受験生だ!」


「はあ……確かに、そうっすね」


「つーか、おいおいおい。桜田君、どうしたっていうんだい。元気がないじゃないか」


「え?」


「俺と君とは、たまにある委員集会の時に顔を合わせる程度の仲ではあるが、明らかに元気がないのは見ただけでも分かるぞ! 何かあったのかい?」


「え、ええ……実は色々とありまして……」


「どれ! 俺で良ければ相談に乗ってやろう。丁度いま、こうして休憩していて暇だしな。後輩のお悩み相談に乗るのも、先輩のつとめだ」


「うーん……しかし……」


「気にするな。はだかの王様の耳はロバの耳! 穴を掘って大声で叫んだらストレス解消して、スッキリしました、という童話があるだろう。それに倣って同じことをすればいいのさ。口から出しちゃえば、スッキリするぞー!」


「先輩! はだかの大様がこっそりと混じってますよ。あと、王様の耳はロバの耳の童話……叫んだ人は、のちのち王様にバレて、危機的状況に陥ってますからねっ!」


「おいおいおい。それはオールドなバージョンだろう? ナウイバージョンではな、その叫んだ人は、ストレス解消して、めでたしめでたしで終わってるんだぜ?」


「うそだー。今、先輩が考えた内容じゃないっすか。そんな話、全然面白くないですからっ」


「勘がいいねえ、桜田君! でもまあ、そんなのどうだっていいんだよ。大事なのは、悩み事を言葉にして話してしまえば、心が楽になるという点さ。さあさあ、ここには穴はないけど心のうちを、さらけ出しちゃいな。なんなら、穴なら……俺が掘ってやっても、構わないんだぜ?」


「え?」


 穴を――掘る?


「おおーとっとっ、俺としたことが、失言だった! とにかく、俺で良かったら相談に乗るってことさ。伊達に一年、長く年上しているわけじゃないんだからさー。頼っておくれよ」


「しかし……うーん」


 女の子2人に猛アプローチをされていて、困っています、とでも言おうものなら、何を贅沢な事で悩んでいるのか、と叱責されそうな気がした。


「………………すみません。今はまだ僕の心の中だけに留めておきたいのです。これは、僕自身で解決しなくちゃいけない問題だと思いますから……」


「そうかい? まあ、桜田君がそうしたいというのなら、俺は何も言わないよ。ただし、今現在、お悩み中でストレスが溜まっているって事は確かなんだよな? だったらまさに柔道が最適さ。柔道やろうぜ、桜田君」


「えーと。僕はもう美術部に在籍してまして……」


「おーいおいおいおい。先輩の誘いに、遠慮なんかで断るなよ。何について悩んでるのかは分からんが、汗を流せば気も紛れるぞぉー。柔道着は俺の予備のがある。さあ道場に、こいっ! こいったらこい! レッツラゴーだ」


「ちょ、ちょっと、先輩。強引すぎっす!」


 先輩はベンチから立つと、僕の腕を取って、強引に持ち上げた。そして、そのまま、柔道部のある別館の道場へと連れていかれた。


 僕と先輩が、柔道場にやってきた時には、何十人もの部員たちが、掛け声を出しながら、切磋琢磨して稽古をしていた。熱気がすごい。確か、うちの柔道部は強豪だと聞いた事がある。前の大会では団体・個人共に優勝したはずだ。そして個人戦の優勝者は隣にいる先輩だ。180センチ以上の背丈で、筋肉もムキムキだ。彼は柔道部の主将でもあるのだ。


「うわああ。先輩、すごい熱気っすねー」


「だろ? 俺達は次の大会での連覇を狙っているわけだからな。強豪は強豪ならではの、困難があるのさ。追うより、追われる立場の方が、辛いってこともあるんだ」


 先輩は僕にそう言うと、大声で練習中の部員たちに、叫んだ。


「よーし、お前ら! 走り込みにいけ! いつもの10キロコースだ」


「うーっす」


 部員たちは、取り組みの稽古を止めると、ドタドタとこちら――つまりは出入口に走ってきた。そして、ドタドタと裸足のまま、走っていった。


 彼らが去った後、道場内は先程の活気が嘘のように、静かになった。


「あれ? みんな、いなくなっちゃいました……ね」


「遠慮するな、桜田君。俺は主将だからな。トレーニング内容は全て俺が決める。これで、最低でも1時間近くは誰も戻ってこないという算段だ。正規部員たちに混じって柔道をするのは、気が引けるだろう? さあ、来い。俺の柔道着を貸してやろう」


「は、はあ……」


 この時、僕は猛烈に嫌な予感がした。しかし、言われた通りに先輩についていき、出された柔道着に着替えた。僕には大きく、ブカブカな柔道着だったが、それでも一応は様になった。

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