恐怖! 闇女(6)
大教室では、いつもの定席ではなく、より後ろの席を選んで座った。僕が部屋に入った時、篠田さんが彼女のいつもの定席に着席しているのが見えたからだ。
特に振り返ったりして、僕を探す素振りはなかった。一方、僕は彼女の後ろ姿や、時折のぞく横顔を、これまで以上にチラ見した。
「うーん。何もしなければ、すごい美人なのにな。モッタイナイ。モッタイナサ過ぎる」
性格に難があることが判明したものの、外見に関していえば、好みのど真ん中にいた。おそらく、僕だけでなく誰が見ても、彼女の美貌は高く評価されるものだろう。
授業が終わると僕は急いで大部屋か出ようと準備を急いだ。篠田さんに話しかけられたくないからだ。
しかし、帰る準備を終えてた後も、僕は大教室に居続けることを選択した。誰かに引き留められたわけでもなく、自分でそうした。
予備校生の見覚えのある男子が、篠田さんの席まで歩いていって、僕にも聴こえるくらいの声量で、『ずっと気になってました。お願いします。僕と付き合ってください』と告白したのだ。
早く大教室から立ち去りたい気持ちと、篠田さんがどう答えるのかを知りたいという好奇心がせめぎ合って、結局は成り行きを見守る事にした。
告白した男子は、僕よりも格好のよいイケメンで背も高く、筋肉も付いていた。ランクつければ、上の上と評しても、誰も異議は唱えないだろうと思えた。自称、中の中である僕と比べると、随分と恵まれている見た目だ。
篠田さんは、そんなイケメンに向かって何かを話しかけた。声量的に何を言ったのかは聴き取れなかったが、イケメンの表情を見る限りは、良い返事はしなかったのだろう。なぜだか、僕の中で、そのことに安堵する自分がいた。
篠田さんは立ち上がると、ぺこりとイケメンにお辞儀をして――僕の方に歩いてきた。
完全に逃げる機を逃したというか、足が動かない。というか……気がつけばブルブルと、すくんでいた。自分自身のことなのに、僕は篠田さんに対して好意を持っているのか、忌避感を持っているのか、よく分からない。混乱したまま、ぎこちなく笑みを作っていたところ、篠田さんは僕の前で立ち止まった。
「授業、お疲れさまでした」
「う、うん。お疲れさまでした……」
「実は、今日も料理を作ってきたんです。ぜひとも、召し上がってもらいたいのです」
そう言って、今度は、前回の重箱とは異なり、どの雑貨店でも市販されているような普通の弁当箱をバッグから取り出した。覆っていた布をほどいて、弁当箱を蓋をとった。
今度の料理は――紫色をしていた。
「あの……これは」
僕は目を大きく開きながら、聞いた。篠田さんは、桜色に頬を赤らめながら答えた。
「私、本気を飛び越えて、超本気を出しました。そしたら、こうなってしまったのです」
「紫色の着色料って、そんなのありましたっけ? そしてこれは、どんな……素材が使われているんですか?」
「それは秘密ですわ。味見なさいますか?」
「睡眠薬とか、入ってないの?」
前回は、睡眠薬のせいで、その場で眠るという失態を犯した。注意しなくてはならない。
「入っていません。だってまだ、新鮮そのものですもの」
彼女は可憐な動きでケースから箸を取り出して、料理の一つを掴んだ。そして、それを僕の口に近づけてきたところ、うにょうにょと動いた!
「ひぃぃぃぃ。なんで、なんで動くの? どうしてー」
「それは、新鮮だからですわ。はいあーん」
「やだー。食べたくなーい、だってまだ生きてるんだもーん」
「きっと、お食べになれば価値観や世界観が変わります」
突きつけられるような刺々しい視線を感じた。それは篠田さんの背後からやってきていた。見ると、たったいま告白して撃沈したばかりのイケメンが、下唇を噛みながら、僕を睨んでいたことが分かる。ただし、『料理』に関しては、見えていないようだ。
「あーん」
油断していた隙に、口の中に入れられてしまう。吐き出したいが、篠田さんの目を見て、それは出来ないと瞬時に悟る。謎料理を食べること以上に、危険な状況になるかもしれないと、僕は覚悟を決めた。
ぱく。もぐもぐ。呑み込んだ。
「美味しいですか?」
「……微妙です……うねうねって、口の中で動いてて……食べなきゃ良かった。食べた自分が信じられない」
踊り食いというものがあるが、ちゃんと踊り食いができる料理だと信じたいっ! それ以前に、食べられる食材であったと信じたいっ!
「ではもう一つ」
「いりませーーーん」
僕は篠田さんなる、この闇娘に惚れられたようだ。元々は僕の方が大好きで、熱をあげていて、片思いな相手ではあったが……。そして、想い続けていた女性に、このように思うのはとても勿体無い気もするのだが……どうか、一刻も早く嫌いになってほしい。しかし、それが難度の高いものだという事が後日、身に染みて実感する事になる。
僕のハーレムの二人目――それが、闇娘なる『篠田さん』である。
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