モンスター娘(5)
ある昼休みのことだ。僕は、彼女と一緒に中庭のベンチに座っていた。お弁当を作ってきてくれたというのだ。
しかし、あんまり嬉しくない。
「なんだか……怖いな……」
「毒なんて入ってないよ。食べてくれるでしょ? 約束したよねー」
「こないだ、喫茶店で盗撮の件を疑ったお詫び、なんだよね……。まあ、君の行動にも問題があったと僕は思うんだけど」
つい、男らしくなくグチグチと言ってしまう。
「ええい。男なら、お詫びをすると言ったら、するーのー。私の弁当を食べるという、お詫びをするのだ」
「はいはい。お詫びでお弁当を食べる、というのも何だか変な気がするんだけど。……で何を作ってきたの……」
「じゃじゃじゃじゃーん。どうだ」
彼女は満面の笑みで、弁当箱の蓋を開けた。
僕はその中身を見て、目を剥いた。
「………………」
「私が食べさせてあげよう」
そう言いながら、箸で摘まんだ『食材』を僕の口に近づけてきた。
「はい、あーん」
「待って。やだ……」
「はい。あーん」
『食材』を僕の唇にくっつけてきた。
僕は堪らず、身を引いた。
「嫌だっ! こんなの食えるかあああ」
ダシ巻卵のようなものが、どういうわけか、真っ赤なのだ。異臭もする。
それはあまりにも毒々しかった。一体どのように調理したら、こんな色になるのだろう。七味唐辛子をたっぷり入れたという感じでもない。そのような次元ではないのだ。
「ひどいわ。ダーリン。どうして、食べてくれないの」
「なんで、こんなに赤いんだよ。どうして卵焼きが赤色になっちゃうんだ! ホワイ?」
モンスター娘は、頬をぷくっと膨らませてから、僕の質問に答えてくれた。
「そりゃあ、色が鮮やかでカラフルな方がウマソーだからに決まってんじゃんか。クレヨンを削って入れたんだよ」
ク、クレヨン?
僕はじっとダシ巻卵に似た、得体の知れない物体を見つめる。
「君……頭からウジでも沸いてんの?」
「もうー。ダーリンは、ニュースを見てないのかなあ。最近はね、幼稚園児が誤って食べてもいいように、野菜から作られたクレヨンが販売されていて、人気があるんだよ。ほら」
彼女は「食材だよ」と言いながらバッグの中からクレヨンの箱を取り出した。その箱には、確かに『子供が誤って食べても大丈夫です』と書かれてあった。そして、それをウリにしている商品のようでもあった。
「確かに、食べても平気とは、書かれてあるね……」
「だから、食べてよ。はい、あーん」
しかし、野菜から作られているクレヨンだとしても、積極的に食べていいものではないと、僕は思うのだ。
箸で先程のダシ巻卵もどきを摘まんで、僕の唇に近づけてきた。
「あーん」
どうしよう。
ええい! この前彼女を疑ったお詫びなのだから、食べてやろう。そして、目の前のモンスター娘への借りはチャラにして、お別れするのだ。口を大きく開けると、中に赤色の物体が侵入してきた。
僕は、口の中に入れられた深紅の玉子焼きを、モグモグと咀嚼していく。
「美味しい?」
「うーん。うーん。うーん。うーん……」
「ちなみに、ダーリンが食べた卵焼きは、食用の方ではないクレヨンだったのだー。ぶっははっは」
「ぶはああああ」
急いで吐き出した。道理で危険な味がすると思った。食べ物の味ではなかったのだ。
隣に座るモンスター娘は、小悪魔的に笑っている。
「やーい、やーい。ひっかかったひっかかった。残りのおかずも、全部食べてー。私の愛妻弁当を食べ尽くしてー」
「なんでそんな食材の無駄使いをするんだ。お前、悪ふざけにも限度ってもんがあるぞ。責任をとって全部食え! 自分で食え」
「ダ、ダーリン………………うぐぐぐぐ」
僕は弁当箱内の食材を掴むと、彼女の口の中に詰め込むように入れて、無理矢理食べさせた。
その後、彼女はパタリと倒れて、病院直行となった。
やはり、クレヨンは食べちゃいけないらしい。
数日後、元気になった彼女は再び僕にまとわりついてきた。どうやら僕は、この子に惚れられたらしい。僕のような凡人が、信じられない程の美少女に惚れられるなんて、奇跡にも等しい幸運なのだろうが、全く嬉しくない。それは、彼女が原因でこうむる不利益に辟易しているからだ。
この日も彼女は教室にいる僕の席までやってきていた。
「なーなー。今日の私な、生理の日なんだよー。血がドバドヴァってすごいの。見たい?」
僕は、ノートにサラサラと文字を書いた。
『………………。見ない』
「おーいおいおい。そりゃあ。どんな冗談だい。というか、前から疑問に思っていたけどさ、ダーリンは私に性的興奮を覚えないのかい」
『………………。今じゃ、もう何も感じない』
「何でだよー。何でだよー。ムッカー。もしかして私たちは『倦怠期』というものに入ったのかい」
『倦怠期に入るもなにも、僕達は交際もしてない』
「がーん。私だけだったの? 私だけだったの? ラブラブだと思っていたのは?」
『ラブラブだなんて、どう解釈すれば、そうなるんだ(笑)』
頬をひきつらせながらノートに文字を書いて、彼女に見せる。
「こうなりゃ、既成事実だ。既成事実を作ってやる! 生理中だけど、既成事実を作ってやるぞお」
彼女が、そこまで言って、ポケットから注射器を出した。
僕は目を見開いて、席を立ちあがる。
「待って。なんだよ、この注射! 怖いよ。君、怖すぎるよ」
モンスター娘は、逃げようとする僕に襲いかかってきた。
僕と彼女が組合を始めたところで、教室内で怒鳴り声が響いた。
「こらあああ。さっきから、一体何をしとるんだ、おまえたちいいぃいい。今は、授業中だぞっ。なめとんのかああ」
怒鳴り声の主は、教壇に立っていた、教師である。
恋は人を盲目にするというが、本当に盲目にするもの……なのだろうか。それにしても、クラス中の視線が痛い。やはりというか当然というか……授業後、職員室に呼ばれて、こっぴどく怒られた。僕は何もしていないのにとばっちりだ。
僕と彼女のこうした関係は、この後も続いていく。僕のハーレムの最初の一人目――それが、モンスター娘な彼女である。
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