第17話 肉体価値
ステージにはエヴァが微笑みを浮かべて立っていた。
傍にはエノス、ヤレド、ケナンの三体が控えている。
エヴァはステージに言根がやってくると、中央に配置された椅子を示した。
座ることを促され、言根はぷるぷる震えて立ちすくむ。まるで電気椅子のように見えたのだ。
「どうぞお座りください」
「あ、え、いや」
「お座りください」
微笑みのまま繰り返され、言根は浅く椅子に腰かけた。
アンドロイドたちは彼女を囲うように立つ。
「急に呼び戻して申し訳ありません」
「あ、いえ、あの、な、なんで」
「実は健康診断の結果で驚くべきことが分かりまして」
「え」
エヴァの思わぬ言葉に、言根は息を詰めた。
控室にいた七人も、再び映し出されたステージに注目していた。
健康診断は全員が説明会の後に受けている。しかしその結果は知らされていなかった。
「……病気か?」
「重病かしら」
中井谷と九条が呟く。こんな場でわざわざ取り上げるなら、余程のことに違いない。
モニターを無感慨に眺めていた柏原が「だとすれば一旦解散かも」と零した。
「え、なんで?」
「余命一年内の人間はマジカルナンバー7プロジェクトの参加対象から外される。彼女に重大な病が見つかったなら、今回はリセット扱いよ。次に私たちに審議の機会が訪れるのは数年は先になるはず」
彼女の言う通り、余命一年内を宣告された人間は除外対象であった。他にもステージが無効になるパターンは過去にいくつかあったが、その場合、参加者が次に招集されるのは繰り上がり式で随分先の話になるのだ。
あと数年あれば、同じへまは絶対にしない。中井谷は瞳を輝かせた。
「やり直すチャンスがあるってことか!」
「本当にその場合、彼女はやり直すチャンスもないってことだけど」
大した同情の念も見せず、柏原はモニターの中で怯える女を眺める。
中井谷も哀れな女を凝視し、両指を組んだ。
「人の死を祈る奴が、人生やり直せるのか甚だ疑問だな」
その様子に、須和が侮蔑を含んだ声音で言う。
中井谷は他人の不幸を心底願った自分に気がつき、気まずそうに指を解いた。
「言根花さん、あなたは過去に健康診断を受けてこなかったのですか?」
エヴァの微笑みと単調な物言いは、その先の言葉をまるで匂わせなかった。一体何を、どのタイミングで告げられるのか予想ができず、言根の呼吸が浅くなってゆく。
「い、家に籠りきりで」彼女は荒い息でなんとか答えた。
「国から健康診断推進のお報せがいっても、受診はしなかった」
「は、はい。だって、なんにもないから平気かなって。え、違うんですか」
「採血経験は?」
「今日が初めてで……、え、え、え?」
事実確認を次々と行うエヴァに、言根の顔が引き攣ってゆく。混乱と不安で目を回しそうな彼女の様子を気遣うこともせず、エヴァはまた続けた。
「あなたが長年、家にひきこもっていたのは人より劣ることを恐れて、ですね」
「……はい。結果的に増長させただけですけど……」
「なぜ幼い時分ですでにそのようなことを恐れたのでしょう」
「え」
「人より上手くいかないことがあったからでは」
「それって」
「身体に倦怠感を覚えていたとか」
「え」
「今でも慢性的な貧血に悩まされていたり」
「は、はい。だから、激しい運動とか苦手で。え、でもそれの何が」
混乱のままに言根は身を乗り出して、横に立つエヴァを見上げた。
エヴァの指摘通り、言根は昔から体にだるさを感じやすかった。すぐに貧血を起こしたりして、周囲の人と同じことができなかった。
それは自分がどんくさいからだとばかり思っていたが……。
「その謎が、今日解けました。その原因はここに」
エヴァはケナンからカルテのデータが入ったパッドを受け取る。それを目と鼻の先に突き付けられ、まだ中も見ていないのに「そ、そんな」と言根は慄いた。
控室ではそんな様子を見て九条が「やっぱり死ぬんじゃない?」とせせら笑っている。
言根を囲うように立っていたエノスとケナンとヤレドが彼女に顔を近づけ、陽気な声音で次々告げる。
「ご心配なく」
「病気が見つかったわけではありません」
「慢性的な貧血は、体質故です」
「たいしつ?」
「おめでとうございます!! あなたはRh=nullの持ち主です!!」
パンパカパーンッ!
エヴァの声と共に、背後の巨大モニターにRh=nullの文字が映し出され、ピカピカと輝く。ファンファーレと共に紙吹雪が足元から噴き出して、言根は目を白黒させた。四体の笑顔と拍手に包まれながらも「はい?」と間の抜けた声を漏らすしかできない。耳慣れない言葉だった。
「Rh=null」
「なんですって?」
「Rh=null」
「あー、あーるえいち、ぬる……?」
聞き返す都度、丁寧に強調して発音するアンドロイド。しかし音が聞き取れたところで、言根にはそれが何かさっぱりだった。
同じく、控室では中井谷も同じような困惑の表情を浮かべている。
「通称、黄金の血」
エヴァは美しい響きを柔らかくも無機質な唇から紡いだ。
「おうごんの、ち」
「とても希少な血液型です。現在、世界でRh=nullの持ち主は五十人と存在していません」
「それって、すごいの?」
「すごいですね!」
エノス、ケナン、ヤレドの三体は全く同じ調子で声を揃えて大仰に肯定してみせた。圧され、言根は仰け反る。
いまいち事の重大さを理解していない様子を見かねてか、はたまた場の混乱を招く為か、エヴァは更に補足した。
「過去、Rh=nullと発覚した人たちは、もれなくマジカルナンバーに選ばれています」
「はあ? 何それ」九条が叫んだ。
「血が貴重なだけで?」雪永も不服そうに喚く。
「ひきこもりだろ? 社会貢献もしていない!」中井谷が弾圧の声をあげた。
「彼女が今後輸血を許可すれば、多大なる社会貢献に繋がる」
斎藤は無感動にそう説明する。三人は絶句して、モニター向こうの言根を凝視するしかなかった。
「肉体の価値……なるほどね」と柏原は静かに納得の様子を見せ、「彼女は選ばれたも同然、か」と風坂は悔しさを隠すように低く唸っていた。
状況を呑み込んだらしい言根は、突然天を仰いで咆えた。
「ヨッシャアアアアアアア!! ザマァーミロよ!! 今まで散々私のことコケにしやがって!! 私には価値がある、私には価値があるんだ!! 私はここにいていいのよ!! 万歳、バンザーイ!!」
驚喜、歓喜、そして狂喜。
まるで人が変わったかのように、勝利を確信した言根は浮かれて叫んだ。
プレッシャーから解放され、まるでギリギリまで引っ張られていたゴムを勢いよく飛ばすみたいに彼女は血走った目で全てに向けて咆えた。
ぴょんぴょん跳びはねて小躍りする言根を、悔し気に睨む雪永や中井谷、風坂。
「ここで改めて途中経過を見てみましょう!」
巨大モニターにグラフが出現し、投票が始まる。
圧倒的に票数が少なかったはずの言根に次々と票が入ってゆくのを、数人は気が遠のくような思いで見ていた。
「ここで順位が大きく入れ替わりました。現在最下位は九条千鶴さんです!」
モニターに表示されたのは、愕然とした九条の姿である。
「はあああ? なんで私!?」
『あははは! やった、やったー!!』
「人は追いつめられるとここまで変わるのね」
歓喜のダンスを踊る言根をモニターで眺めながら、柏原が感心したように零す。
「……あんまり騒ぐと」と須和が零した。
『あはははは、……はれ?』
言根がくらりと立ち眩みを起こし、倒れ込みそうになるところを、ヤレドが支えた。騒いだせいで貧血に陥ったようだ。
真っ青な顔の言根を覗き込み、エヴァが声をかける。
「言根さん、大丈夫ですか、言根さん?」
「うう~~」
「嬉しさのあまり興奮しすぎてしまったようですね。彼女を連れてってさしあげて」
サポートロイドに運ばれてゆく言根にもうチラリとも視線を向けず、エヴァは美しい微笑みをカメラへと向けた。
「……ではこの間にもうひとり。風坂治虫さん、もう一度ステージへお願いします」
『は?』
名を呼ばれ、妙な音を漏らした風坂の顔が巨大モニターにパッと映されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます