第24話:お盆のかたち

 夕食は母の買ったカンパチが、メインのおかずとなった。祖母の煮しめ、朱里の浅漬けと味噌汁は毎日のこと。


「やっぱり盆は、昭子の魚がないと締まらんのう」

「ほうよ、肉より魚よ。寿命が延びるわ」


 長明と次光の兄弟が、一度に五切れずつも掻っ攫っていく。それでもテーブルの中央へ陣取った大皿は、目減りしたように見えない。


「母さんのって、買ったのは商店街よ?」

「あら、そうなん? 悪いね昭子ちゃん」


 安くなかったのは間違いないが、誰が買ったかは味に関係あるまい。購入した店がと言うなら、まだ話も分かるけれど。

 疑問を口にすると、なぜか答えたのは伯母だった。


「もう。やらしいね、こそっとするのが格好ええのに」

「ええ? 言ったらいけんかったん?」

「ハルくん。お魚屋さんはね、お母さんの実家なの」


 母に責められ、意味が分からないのを助けてくれたのは朱里。判明した事実を知らなかったのは、陽輝だけらしい。伯父に伯母、母親の笑顔が嘲笑に見えて肩を窄める。


「どこで買うたんでも、うまいのは間違いないわいね。陽輝、ようけ食べんさいよ」

「う、うん。ありがとバアちゃん」


 食事のときにはほとんど喋らない祖母が、二切れを口に含んで言った。朱里も微笑んで頷いてくれる。


 食事を終え焼酎の瓶が空くと、次光夫妻は自宅へ戻った。明日は墓参りに行こうと時間合わせだけはして。

 それから関家は、いつもの時間を過ごす。長明はテレビに釘付けとなり、祖母と満江はそれぞれ自分の部屋へ。


「朱里ちゃん、今晩そっちで寝てもいい?」


 突飛もないことを言い出したのは母だ。てっきり長明の酒に付き合うか、陽輝と同じ部屋へ引っ込むと思ったのに。


「え?」

「元々、私の部屋だし。新旧の住人が揃って寝る機会もなかなかないでしょ」

「え、ええ。いいですよ叔母さん、一緒に寝ましょ」


 発言に間違いはないが、意図がよく分からない。朱里も少し戸惑った声をするものの、すぐに引き受けた。


 俺の話をしてくれる気なんかな。

 微笑む従姉を盗み見て、半分は「うまく話を持っていってくれ」と願った。

 残りの半分は、また自分も朱里の隣で眠りたい、だ。


 隣の部屋へ二人して向かう背中を見送り、後ろ手に障子戸を閉める。「ふう」と吐いた息が思いのほか大きく、自分で驚いた。


「陽輝!」


 母の声が響いたのは、その後すぐだ。ため息を聞かれただろうが、叱られるほどのことでもあるまいに。

 なんと言いわけするか、収録単語数の心許ない脳内辞書を光速で検索した。


「な、なに?」

「襖、開けるけえね。パンツ一丁なら、早うなんか履きんさいよ」

「なんでもう脱いどると思うとるん」


 親子の会話に、「うふふっ」と。朱里の喉から鈴の音が転がった。

 一瞬で母への苦情も一掃されたが、今度はゴツゴツと襖を動かす異音が響く。ただ開けるだけなら、もっとすうっと動くだろうに。


「なにしとるん?」


 問うても答えはなかった。代わりに襖が、敷居から外される。一枚だけでなく、中央の二枚が続けて。


「陽輝も寂しいじゃろ、仲間に入れてあげるわ」

「え、ええ?」


 願ってもない。

 きっと気色満面となった自分の顔を、すぐに察した。直ちに戸惑いと機嫌悪さを装った声を発したが、効果はどうだろう。


「いいよ、ハルくんも一緒に寝よ」

「う、うん。分かった」


 微笑みで誘ってくれる朱里が、どう受け止めたか。判断はつかなかったが、まあいいやと思考を投げ出す。


 敷居のぎりぎりに布団を敷き、越えた向こうに朱里の布団が敷かれた。さらに向こうには母だ。

 この状況は堪らなく嬉しいが、陽輝について話すなら難易度を上げている。


 自身、聞こえないものは諦めがつくけれど、聞こえそうなら聞き耳を立ててしまう。

 枕を近付けた女二人に背を向け、布団に潜ったふりで自前の手になる集音器を拵える。


「朱里ちゃん。彼氏さん、なんの仕事しとるん?」

「建築です。うちの玄関なんかも、安く直してもらいました」

「それ、ええねえ。うちが家を建てるときがきたら、頼ませてもらお」

「ええ、いつでも」


 一応は内緒話のていで、声が低く抑えられている。しかしほとんど漏れもなく、陽輝の耳に届く。

 結婚式ができないという件。陽輝の気持ちについて。という肝心の話題が、いつまでも出てこないのだけが問題だ。


「昭子叔母さん?」


 俺がストーカーみたいじゃ。

 恥を忍んで聞き耳に徹したが、遂に期待した話題には至らなかった。しかも最初に眠ったのは、どうやら母だ。


 だが責めることはできない。眠気に耐えていた陽輝も、朱里の小さな笑い声が子守唄となった。


 その翌日。十四日は、墓参りへ出かけた。一族総出で、古くから残る関家の墓地へ。

 とは言え大層なものでない。林のただ中へ丸太で固めた階段が据えられ、五基が横並びになっているだけだ。


「ご先祖さん、今年もみんな揃いましたで」


 花灯籠を備え、手を合わせた祖母は、そんなことを墓前に報告した。久しぶりに聞いたが、たしか毎回同じことを言っている。


 みんなって、兄ちゃんらは居らんけど。

 と思うものの、そういう話ではないのだろう。

 抜いた雑草の臭い。鼻腔を刺す、線香の臭い。風に乗る、湿った赤土の匂い。

 今年のお盆が、ほんの十数分の記憶に刻まれていく。

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