第4話:新しい日常
夏から秋。冬が来て、年が変わる。その間、朱里とは何度か電話で話した。勉強をしていて、どうしても分からない部分を聞くために。
「うーん。ごめんね、また宿題にしてもらっていい?」
「謝らんとってよ、頼んどるのは俺のほうじゃし」
毎度彼女はすぐに答えられず、数十分から数時間の後に折り返しの連絡があった。それをなんだか得したように思う。
合格できるか不安だと、泣き言を言っても良かっただろう。そうすれば話す回数はもっと増えたはずだ。
しかし、しなかった。たぶん矜持でなく、分別にかけて。
さておき陽輝は自分でも驚くくらい、やればできる子だったらしい。だが一年生と二年生を適当に過ごしたツケで、推薦はもらえなかった。
私立高校に合格しても、安心などしない。むしろ絶対に行きたくないと、忌避感が強まる。
そうして迎えた三月初旬。陽輝は一般入試枠で、入学試験に臨んだ。胸に朱里と写った写真を携え、志望する舟有高校で。
その翌月。陽輝は高校生になった。
「なあなあ。夏休みに入ったら、三人でどっか行かねえ?」
七月の中旬。ある日の放課後、もうすぐ一学期も終わりとあって、共に乗り越えた戦友が旅行を提案した。と言っても自転車での弾丸ツアー的なものに決まっているが。
同じ中学から進学した者はなく、最初に席の近かった二人とよく連れ立っている。アイデアを出したのと別のもう一人は、「いいねえ」と乗り気らしい。
「あ、ごめん。俺、夏休みはバアちゃん家に行ってるわ」
「ええ? そんなの盆の間だけとかだろ」
「いやたぶん、八月はずっと」
「なんだそれ、夏休みの小学生か」
「夏休みの話じゃろ?」
気を悪くした様子はない。親友の誘いを蹴ってまで帰省するとは、どんないいことがあるのかと別の興味が湧いたようだ。一人が「分かった!」とクイズ番組の早押しめいて机を叩く。
「はい、
「オオクワガタを大量捕獲する!」
「獲れそうじゃけど。まだそんなに高く売れるん?」
不正解のしるしに、腕でバツを作る。するともう一人も「はいっ」と机を叩いた。
「はい、
「バイトしてバイクを買う!」
「いやそれは、お前の欲しいものじゃん?」
「そうなんよ。なんかいいバイトないか」
またバツを作りつつ、「金儲けばかりか」と失笑した。
「まあバイトはしようと思っとるよ、七月の間だけ。じゃけえ、どっか行く暇がない」
「そうかあ。あ、じゃあ一緒のバイトしようや」
「いいねえ、その帰りに遊ぶんだろ?」
話が逸れたことに、ほっとする。朱里に繋がるような単語を出されれば、隠しきれる自信がなかった。
「ええけど、なんか当てがあるん?」
「ないんよ、それが」
「そういうのコンビニとかになかったっけ」
「ああ、無料のなら持っとるよ」
佐伯の言った通り、コンビニの店頭でもらった無料の求人誌をカバンから取り出す。二つあるが、内容はあまり変わらなかった。
「お、目印付けてある」
「こっちの、楽そうで時給がいいで」
既に幾つか、めぼしい記事は見つけていた。朱里に告白するためと思えばなんでも良くはあったが、選択の余地があるならより良い条件を選びたい。
そういう意味で言えば、おあつらえ向きとまでの求人はなかった。
「どういうのがええん? 接客系とか作業系とか」
「そりゃあ楽なやつで、時間も長くないのがええよ。たまにはサボりたい日もあるし、うるさく言われんのがええね」
「女の子も居ればええね。バイト代と彼女と、両方手に入ったら最高」
なるほど、そういう視点はなかった。とは思うが、大声で言う内容でもない。陽輝は慌てて、教室内を見回す。
幸いに残っているのは、もうひと組だけだ。女子ばかりが廊下側の席に四人集まって、雑誌かなにかを見ている。
「そういうのは、こっそり言えや」
「恥ずかしいことじゃないだろ」
聞き咎める者の居なかったことに息を吐いて、苦情をぶつけた。が能美は、なにを照れるのか分からないと首をひねる。
とっさに朱里の顔が浮かんだ。けれど、それを冷やかされたわけではない。
世間の多くは誰かと彼氏彼女になり、結婚するのだ。たしかに恥ずかしいことではなかった。
「そうか、恥ずかしくはないんか」
「だろ。当然のことよ」
能美と頷きあい、佐伯も頷く。友だち同士、意見の合うのはいいことだ。
「でもこれ、先週のじゃけえ古いんよ」
「なら、新しいの貰いに行こうや」
夏休み前なら、短期のアルバイト募集も豊富だろう。目新しいものが見たくて言うと、これにも二人は同意してくれる。
荷物をしまい、後ろの扉から並んで教室を出ようとした。話し込んでいたはずの女子たちから声をかけられたのは、その時だ。
「サイッテー」
それまで聞こえていた声量とは明らかに違ったし、女の子同士が仲良くお喋りという口調でもない。
佐伯が足を止め、能美も陽輝も続く。振り向くと、四人の目が揃ってこちらを向いていた。
「バイト探し、頑張ってー」
クスクスと小馬鹿に笑いつつ、そんなことを言う。どうやら会話を全て聞いていたらしい。
一旦は照れることでないと納得したものの、こんな風に言われては赤面してしまう。
陽輝はなにを言い返す気にもなれず、能美の背中を押し、間接的に佐伯をも教室から押し出した。
逃げる背中にもう一度、「最低」と聞こえた。それは間違いなく、幼馴染の声。
陽輝と燈子は揃って舟有高校に合格し、なんの因果か同じクラスとなっていた。
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