第3話 日常
どこもかしこも切羽詰まったような人の顔ばかり。全く嫌になる。僕は逃げるように近くにあったカフェに入った。すっかり針も回り午前十時、どうやら此処の店はまだモーニングを提供しているらしい。僕は特にメニュー表を見るでもなくコーヒーを一杯注文した。目的があって入った店という訳でもない。
此処はガラス張りで外の人の流れがよく見える。この時間にもなると親子ずれなんかもちらほら見られる。
皆せわしく生きているわけだ。じゃあ僕はどうかと言われると、よく分からない。自分を客観的に見ることほど気持ちの悪いことはない。あくまで主観だと、まあそれなりに生きているのではないだろうか。そもそも僕はまともに生きるという言葉のニュアンスがいまいち掴みきれないままで過ごしている。恐らく皆そんなものだ。けれどもまともが一般的と同意であるならやはり僕はまともなのではないだろうか。
しばらくするとコーヒーが運ばれてきた。白い陶器に黒い液体のコントラストは心地良い。それにしても、この量で四百円もするコーヒーは得だな。もしかしたら僕がこの量まで小さくなったら四百円もしないかも知れない。いや、それもまたおかしな例えだ。まあいい。
温かいコーヒーを啜る。正しい楽しみ方は知らないが、それなりに美味しいと思って飲み込む。ほんの微量呑んだつもりがカップを見るともう半分も残っていなかった。量が少ないことを改めて認識して四百円を噛み締めるように残りを飲み込んだ。
レジに向かい丁度のお金を払いレシートを受け取る。しかし生憎レシートに興味がないため不要レシートボックスに丸めて放る。生まれてすぐゴミになるレシートを見て、少し不憫になったがまあ仕方がない。
外に出ると太陽は大きな雲に隠れて過ごしやすい気温だった。それでもしばらく歩いていると背中に汗が滲んでくる。まだ夏本番は先だがこれくらいでもう十分だ。寒いのは好きじゃないが暑いのも好きじゃない。帽子でも持ってくれば良かったと後悔しながら帰路を行く。
なるべく日陰を選びながら蛇行していると、ふと目に明らかに浮いた存在を見つける。それは全身に赤黒い血を浴びて滴っている。陰で隠れているわけでもないが顔がはっきり認識できない。そして、銃を握っている。僕はそれを凝視する。あれは一体、誰にその銃口を向けるのだろうか。
暑さも忘れてそれを見ていると、それは銃口を一人の男に定めた。スーツを着て、出勤だろうか。きっと指に光る指輪を交換した相手のために仕事に勤しんでいるのだろう。
「ふーん、あの人か」
僕は誰が狙われるのか分かると途端に興味が失せてそれから目を外す。途端に再び暑さがぶり返してくる。早く帰ろうと早足で歩き出す。途中、後ろで銃声が聞こえた。でも僕はそんなことより早く家に帰りたかった。大丈夫、きっとなにもなかったかのように男は会社に出勤し、周りの人達だって各々の用事に向かう。僕だってその一人だ。きっと、あなたもそうだ。
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