群盗 下

 さて。困ったぞ。

 一瞬のうちにふわっと浮き上がった後、気づけば天地がひっくり返っていた。馬の揺れが腹を通じて伝わってくる。

 どどどど、と駆ける馬に、わらびはくの字の形でしがみついていた。鼻がちょうど馬の腹あたりに来て、獣臭さと生き物特有の生暖かさを感じた。

 わらびだってひき丸とはぐれたかったわけではないのだが、群盗の集団を見ていたら、ついふらふらっと。

 ……どうしてだっけ。

 何かに気付いて、近づいたはずなのに、思い出せない。


「おい……死んだのか?」

「まさか、馬に乗っただけで死ぬやつはいねえだろ」


 どれぐらい経っただろう。馬から伝わる振動が止まり、頭上で声がした。砂利の音がする。


瑠璃るり。急に『連れてこい』とか言うなよ。運ぶのも大変なんだぞ」


 話し声の片方には聞き覚えがある。たづ彦だ。


「しかし、実際にはできたじゃないか。どだい無理なことはぼくだって頼まないよ。たづ彦、よくやった」

「そうかよ」


 あーあ、と呆れたような声。とたん、わらびの身体がぐっと持ちあがり、目の前がぱっと明るくなる。両足が地面に着いた。

 わらびは小さな川原にいた。


「う、わあっ」

「おっ、と」


 急に姿勢が変わったから頭がくらくらする。よろけた身体が力強い腕で支えられた。

 はらり、と正面の顔を覆っていた茜色の布が落ちてしまう。現れた顔を見て、わらびはちょっと驚いた。


「……だれ」

「そりゃそうだよ」


 横にいたたづ彦が突っ込みを入れる。両腕を組み、さもあらんという顔つきだ。


「まあ、そんな顔になるのもわかるがな。瑠璃はそこらの女よりも美人なんだ。美人すぎるから顔を隠しているんだよ」

「なるほど」


 わらびから見ても、瑠璃という男は美人の範疇に入る男だった。

 橘宮も美形ではあるのだが、あくまでも男らしさのある美形なのだ。この瑠璃という男はそれとは違い、女さえ嫉妬する繊細な美しさがある。色白で、睫毛は長く、ぽてっとした唇はいかにも女めいて色っぽい。よくよく見れば、身体つきもしっかりしているのだが、細身である上に小柄なのではた目には女に見える。


「ぼくの顔のことなどどうでもよいさ」


 瑠璃は嫌そうな顔で落ちた布を拾い上げた。


「きみの方がよほど美しい」


 男は探るようにわらびをじっと見つめていた。


「……『失せ物探し』のわらび。噂の童女はきみだね」

「そうだよ」


 わらびは意味もなく胸を張ってみせた。


「瑠璃にも『失せ物』があるの?」

「ぼくにはない。なにも」


 瑠璃はちょっと笑った。


「だが探してもらいたいものはある。連れてこさせたのはそのためだ」

「探してもらいたいもの?」


 川原の周りは木々が生い茂っていて、奥には山の尾根が見えていた。都からどのくらい離れたのか見当もつかない。

 馬がのんびりと水を飲み、瑠璃とたづ彦以外の少年たちはその近くで世間話に興じている。

 京中を疾走していた群盗。だが都から離れれば、弓矢を背負っている以外はごく平凡な若者に見えた。


「……近ごろ、都を荒らす鬼がいるのさ。人を殺し、財宝を奪い、女を攫う。検非違使けびいしが探しているがやつらは無能だからな、いまだ尻尾を掴めない」


 きみなら、鬼を探しだせるかもしれない、と瑠璃は言うが。


「まあ、俺は怪しいと思うがな。ためしに頼ってみたいんだと瑠璃が言った」


 たづ彦が茶々を入れる。たづ彦はわらびたちの仕事ぶりをあまり知らないのだ。


「鬼を探してどうするの」


 鬼、と言われてもわらびにはぴんと来ない。角を生やした人でないものを探して何をしようというのか。


「なに。鬼退治だ」


 鬼退治。

 間抜けに復唱するわらびに、喉の奥からくつくつと笑う瑠璃。


「安心してくれ。鬼と言ったが、実際には化人ひとだ。この世に鬼なんぞいるわけあるか」

「じゃあ鬼退治ってなに」

「検非違使より早くぼくたちが罪人を捕まえるんだ。お高くとまったやつらがぼくたちのようなやつらに負けるんだ。愉快じゃないか」


 なあ、とたづ彦へ顔を向ける瑠璃。


「たづ彦も見返してやりたいだろ。きみを犯人扱いした連中に目に物を見せてやろう」

「……ああ」


 たづ彦は重々しく頷いた。


「たづ彦。きみの成長はすさまじい。馬に触れはじめたこのひと月ばかりで、あっという間に乗りこなせるようになった。弓矢の腕はまだまだだが、あと数日もすれば実戦で使えるようになるだろう。ぼくの教えた中でも一番物覚えがいいのはきみなんだからね」

「……ふん」


 たづ彦はぼりぼりと頬をかいている。


「もちろんここにいる他のやつらにもそれぞれ才能がある。ぼくが仕込んだんだ。検非違使なんかよりよほど優秀さ。鬼退治だってできる」


 瑠璃が手で指した方向には、誇らしげにこちらを見る少年たち。みんな瑠璃という男を慕っているのだ。

 瑠璃はわらびへ言い聞かせるように告げた。


「あとはきみが鬼のねぐらを探してくるだけだよ。ここは都から少し離れているからね、君ひとりでは帰れないだろう? 探しさえしてくれれば、解放してあげる」

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