第5話 一番割を食ったのは米軍

しばらく後、長官公室に現れた大和の艦長はまだ茫然としたような表情のまま山本から大和に搭載された副砲弾の供出の指示を受けた。

「は、はぁ。了解しました。砲術長と主計長に供出分の準備をさせます。」

困惑しながらも上体を相対する山本の執務机の上に乗り出しながら尋ねた。

「長官、此度の演習、本当に長官が企画したものなのですか。私にはどう考えても八品中佐の独断であるようにしか考えられなかったのですが。

第一、艦長である私にすら通達がないというのはおかしすぎます。下手をすれば乗組員達は機銃座に弾薬を運び込んで甲板上を掃射していたかもしれません。あまりにも危険です。」

たしかにその通りなのである。甲板上に配置された二五ミリ機関銃を水平状態にして乱射されたら人体など一瞬でバラバラにされてしまう。もっとも今回そういったことは起こらず、何より真っ先に武器庫や弾薬庫を抑えた揖斐陸戦隊はその統率のとれた動きで丸腰の大和乗組員を寄せ付けなかったのである。


さすがにすべてを隠蔽することはできないことが分かっていただけに驚いた様子もなく山本は質問に答えた。

「確かに貴官の言うとおりあれは八品中佐の独断だよ。だが彼女の行った事は儂からの命令だとしておいてもらいたい。さもないと八品中佐はもちろん貴官を含め多くの者たちを懲罰送りにせねばならなくなる。そもそも今回の彼女の行動は戦闘艦の指揮官として多くの人命を預かる身であれば称えるべきものだ。出撃予定の艦には弾薬がなく、出撃予定の無い艦に弾薬が満載とあれば不条理に考えざるをえないだろう。まぁだからと言って旗艦を武力制圧するのはやりすぎだがな。」

「だが実際に実りの多いものであった。本来ならこの大和がこれほど簡単に制圧されるということはあってはならんのだ。いくら味方の勢力圏であっても、な。我が方の真珠湾奇襲が成功した背景には米海軍が味方勢力圏内だと油断していたことも少なくない。敵の二の舞を演じてはならん。

その点今回八品中佐の陸戦隊は僅かな数で重要部署と儂の身柄を押さえた。いくら油断していたといってもわずか一〇分で制圧されては他艦からの応援もなにも出来まい。実際他艦が状況を把握したのは儂が演習終了を宣言した後だったではないか。

味方勢力圏だからということは言い訳にできん。

仮に今回八品中佐がクーデターを画策していたら間違いなく成功していただろう。

五.一五事件を繰り返してはならんのだ。今回の事を教訓に艦内警備の見直しを徹底してほしい。」

山本の命令に背筋を整えた艦長は見事な敬礼を返すと急ぎ退出していった。


こののち日本海軍の各艦艇の艦内警備が見直され、米軍特殊部隊が艦艇強襲強奪を企図した際には見事これを阻むことに成功している。

ちなみに阻止できた理由は八品中佐に触発された海軍の若手士官や下士官がどうすれば八品中佐たちに一泡吹かせられるかをしゃかりきになって考えた結果、異様なほど奇襲などの異常事態への対応手段を用意していたためである。

米軍が警戒手薄と見込んで奇襲しようとした艦は実は艦内警備訓練であわよくば八品中佐を油断させ、一泡吹かせようと訓練していただけなのだが、結果的に罠を張っていたところに、のこのこと米軍はかかってしまい、一網打尽の憂き目にあう。

ここでも八品中佐の先見の明が正しかったことが実証されたのだ。

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