第3話 敵は戦艦大和にあり
結局八品中佐のワガママに押し切られる形で急遽陸戦隊は編成された。
そのため上陸し、歓楽街で遊びほうけていた乗組員たちが急遽呼び戻された。
本来なら緊急事態でもないのに休暇が取り消されれば乗組員から不満の声が上がるものだが、この艦にあってはそういったことは無縁のようであった。
というのも早い話がほぼ全員が八品中佐の薫陶(あるいは陶冶)を受けた者達で、各部隊で技量優秀だが厄介者扱いされていた者たちを八品が自ら引き抜いてきたからである。
そして海戦時は冷静沈着と大胆不敵の両者を兼ね合わせた的確な指揮で多大な戦果をあげると同時に、軍上層部にも平気で食ってかかる(というか喧嘩を売る)八品の気質に乗組員のほとんどが敬愛の念を抱いているからである。
よって休暇が取り消されてもそのことに対して不満を言う者はおらず、むしろ嬉々として召集に応じてきたのだ。
砲術科を中心に編成された出来合いの部隊であったが、指揮官は意気軒高であった。
「さぁ野郎どもいくよ。敵は戦艦大和にあり、突入の後、連合艦隊司令部の博打オヤジを捕縛せよ。」
「オゥー」
白色の軍装に身を包み、長髪を風にたなびかせながら軍刀を頭上に掲げ、高らかに宣言した指揮官を前に『揖斐』の前甲板に集合した陸戦隊の将兵は、あるものは軍刀を、ある者は三八式歩兵銃を頭上に掲げて咆哮した。
あらかじめ言っておくがこの三八式歩兵銃には弾が装填されていない。あくまで脅し道具であり、さすがに銃撃戦まで行おうとは考えていないようであった。
「よっしゃぁ。姐さんの頼みなら一肌脱ごうじゃねえか。野郎ども、いくぞ。」
まるで強襲上陸を行う米海兵隊のように勇ましく内火艇に分乗した陸戦隊は大和へと向かっていった。
その光景を『揖斐』の艦橋から見ながら肩を落とし
『これで軍法会議かぁ。よくて予備役、悪けりゃ軍隊刑務所かなぁ』と悲しい想像に頭を巡らせていたのは曽山であった。
彼は司令官である八品中佐が陣頭指揮をとって乗り込んでいった結果揖斐の指揮官として艦に残されたのである。
徐々に『揖斐』を離れ、数キロ離れた海上に巨躯を浮かべる連合艦隊旗艦『大和』に向かう内火艇にはかれの今後が暗示されているようであった。
悲しい事ながら年功序列制度の海軍にあって、上官を選べない以上どうにもできない。
彼はこのような立場に置かれた我が身にしみじみと想いを馳せていた。
トラック環礁の穏やかな水面はそんな彼の心情を物語るがごとく寂しげであった。
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