第2話 アタシがやりたい事を邪魔するなんて百万年早いわよ

「トラックの補給部の佐官がどうも偏屈な人物で定数の七割しか補給が出来なかった。」

トラック島の補給部に向かった主計科から報告が入ったのが一〇分ほど前である。

それを聞いた曽山はまた八品中佐が厄介事を引き起こすのではないかと内心危惧していたが、彼女が上官である以上報告しないわけにはいかない。

もし報告をせずにおけばあとでどんな目に遭うか判ったものではないし、実際彼女にどうこうされるというレベルの話では無い。

もし海戦中に弾切れになれば敵に袋叩きにされるしか道がないのだから、彼自身のみならず乗組員全員の命にかかわると言っても過言ではない。だからこそ定数の補給が急務であったのだが、補給部は備蓄砲弾が少ない事を理由にそれを断ってきたのである。

実際には補給部の偏屈な佐官の

「傲慢不遜(ごうまんふそん)な女が指揮官を務める艦などに定数一杯の補給などしてやるか。」

という偏見も多分に含んでいたのだが、砲弾の備蓄が少ない事も事実であり、補給が断られても仕方のない状況にあった。


もっともそれで納得するような八品中佐では無い。むしろ自分と部下の命にかかわる事だけにあらゆる手段を使って不足分を補おうとしたのである。


「どうせ大和は出撃の予定は無いんだし、砲弾だって定数一杯まで積んでるでしょ。ならちょっとぐらい砲弾がなくったって構わないじゃないの。出撃予定のない艦が定数一杯まで積んでて、出撃予定の艦が定数七割しか弾が無いなんて馬鹿げてるじゃない。」

「それは確かにそうかもしれませんが、だからと言って分捕るわけにもいかないでしょ。間違いなく軍法会議にかけられますよ。」

 曽山は軍隊に属するものとして当然の意見を述べたのだが、それはこの上官の暴走をよりエスカレートさせる結果しか伴わなかった。


「だったら正規の命令ならいいのよね。砲術科を中心に陸戦隊を編成して。編成でき次第旗艦に乗り込んであの博打オヤジをとっ捕まえてやるわ。陸戦隊の指揮はアタシが執る。ひっ捕らえて、あとは命令を出させればいいんだもの簡単よ。」


とんでもない事を言い放った上官の前で曽山は目と耳を盛大に開いたまま硬直した。

どこの世界の軍隊に補給割り当てが少ないからといって旗艦を武力制圧しようなどという者がいるであろう。しかも制圧してクーデターでも起こすならいざ知らず、旗艦の備蓄砲弾を寄越せなどというのは要求としても一般常識とかけ離れている。

そもそも事の発端は補給部の偏屈な一佐官であって連合艦隊司令部の責任ではない。そういった意味では連合艦隊司令部とその長官である「博打オヤジ」は完全なるとばっちりである。

まぁしっかりと補給部の監督が出来ていなかったという点では連合艦隊司令部に責任がないわけではないのだが、それにしても矛先は補給部にすべきところだろう。

補給部を武力制圧し勝手に備蓄砲弾を強奪するのが本来のあるべき方法だろう。

いやそれも違うが…


あらぬ方向に向かい始めた思考に曽山は首を振り頭からこの魔女の言葉を振り払おうとした。無論それくらいで振り払えるほど甘くなかったが。


ともかく本来とは全く違う部署に対し怒りをぶつけ、武力制圧しようというのは八品中佐以外では思いつかぬことだろう。

そして彼女の要求は連合艦隊司令部を制圧して行うには実りの少なすぎるように思えた。もっとも彼女はさらに別の事を考えていたのだが、硬直状態にある曽山にそれ以上の事は考えつかなかった。


そもそも元々乗組員の少ない軽巡で編成できる陸戦隊などたかが知れている。実際、戦艦クラスになれば乗組員の数では軽巡の三倍にも達するのだ。それを承知で旗艦制圧などを言い出す事は普通なら冗談と受け取れるだろう。


だがこの人物に関してだけはそういった冗談とは無縁なのだ。


呆然とした表情のままの曽山が正規の手続きを踏んで艦隊司令部に要求を出すだけでいいのではありませんかと提案したものの、その良識的な助言は一蹴のもとに水平線の向こうにまで蹴飛ばされていった。


曰く、ヒトコト『面白みがない。』だそうである。


「アタシがやりたい事を邪魔するなんて百万年早いわよ。」

を普段からの口癖にしている人物に対してそれを静止できる人物は多くないそしてこの場に彼女を静止できる人物はいなかった。

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