破天荒な司令官 八品中佐の娯楽
@kai6876
第1話 プロローグ
「中佐。本気ですか。」
目を見開き、素っ頓狂な声を艦橋内に響かせたのは軽巡洋艦『揖斐』副長曽山真友少佐だった。彼は日本海軍の年功序列制度の弊害からこの艦と『ある人物』のお守りをする羽目になった「不運?」な青年士官である。
そしてその横に佇み、曽山に素っ頓狂な声を上げさせた人物こそ、問題の人物であり、この艦の実質的支配者である八品紋(やしなあや)中佐であった。
現在軽巡洋艦『揖斐』はトラック環礁の春島錨地に錨をおろし、補給と休養の行っている。
乗組員の半数は半舷上陸しており、トラック環礁の誇る歓楽街で羽を伸ばしている最中である。
そんな中で副長以下主だった幹部達は次の出撃に向けての補給作業を急がせていた。…のだが、どうも先ほどから不穏当な発言が艦橋内を飛び交いつつあった。
「本気も本気。アタシが今までに冗談でこんな事言った事があった?」
そう言って腕を組んだ上官に対して曽山は脱力しそうになる足を必死で立たせていた。
確かに彼女が冗談でとんでもない事を言った事は無い。
周りが真っ青になり、本気でやれば皆が目をむくようなことであっても平然としてやってのけるのが彼女の流儀である。
一度女だからという理由で陸軍の少将に難癖をつけられ、喧嘩を吹っ掛けられた時は、その場で陸軍少将を叩きのめし、その翌日には現地の陸軍司令部に『揖斐』から一五.五センチ砲の演習用砲弾を撃ち込むと言う暴挙に出ている。
当然のように砲撃を受けた陸軍からは猛抗議が殺到し、『揖斐』のみならず当時の所属である第三艦隊司令部にも責任が及びかねない有り様となった。
だが周囲が真っ青になり、連合艦隊(GF)司令部に泣きついても当人だけは平然とした様子を崩さなかったのだ。
もっとも彼女に叩きのめされた少将は自分が馬鹿にした女性に叩きのめされたとは口が裂けても言わなかった為、酔って階段から落ちたという事で処理され、陸軍司令部への砲撃に関しても演習中の誤射という事でうやむやの形で処理をされている。
この処理の裏には件(くだん)の少将のみならず、陸海軍の上層部がをれぞれいろいろな意味で絡んでいることも関係者の間では周知の事実であった。
ともあれ危険な人物という意味でなら間違いなく帝國海軍でも上位に入るだろう人物がこの八品中佐なのである。
「ですが、いくらなんでも旗艦に備蓄されている一五.五センチ砲弾を分捕ってこいって、そんな無茶言わないでください。」
「いいじゃないの。どうせあの大和ホテルは動かないでしょ。だったら分捕っても文句言われないわよ。だいたいこの暑いトラック環礁で一番快適なのは冷房完備のあの艦じゃないの。こっちは冷房すら無いってのにさ。涼しい部屋からのほほんと命令を出しているあの博打オヤジよりアタシの方がよっぽど働いてるじゃない。なのにロクに休暇もなく、しかも主砲弾の補給も無しって、そんな状態で出撃なんかするものですか。」
連合艦隊司令長官を博打オヤジと大声で言えるのは営倉送りを厭わない者と、この八品中佐ぐらいのものである。
完璧にヘソを曲げたのか、昭和の女性にあるまじき言動を放つこの上官に言い返えそうと口を開きかけた曽山だが、パクパクと酸欠の金魚のごとく口を開くだけでそれ以上何も云う言葉を持ち合わせていなかった。
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