No.15 リメンバー・プロミス



 渇いた風が一陣吹き通り、地面に溜まった砂塵が宙を舞う。

 砂が目に入るのを怖れた俺は外套のフードを深く被り直し、軽く咳き込みながら目を伏せた。

 すでにジャックとクアトロとの珍道中もそれなりに長い時間経っていたが、この旅もついに一つの区切りを迎えるところまで来ていた。


 

「着いたよ、二人とも。神都へようこそ。ここがうちの地元でーす」



 そう明るく声を上げるクアトロもまた、俺と同じように目立たないように麻色の外套を羽織っていた。

 これらの格好は神都に近づく際、彼女に勧められた姿だった。

 やはりさすがに都会ではエルフ人以外の人間が顔を出すのは少々悪目立ちするということなのだろう。おそらくエルフのアイドルであるクアトロもまた同様の理由で顔を隠している。


「おー。なんか凄いね」

「ウェイ、って感じだぜ」


 この神都に入るのにも、エルフ国に入る時と同様に検問があったが、それもクアトロの圧倒的知名度でゴリ押しすることに成功していた。

 旅の途中で彼女を拾うことができたのは今思えばかなりの幸運だったのだろう。

 もしジャックとの男臭い二人旅だったら、道半ばで精神的限界が来て色々諦めていたかもしれない。


「それで、二人はどうする?」

「うーん、そうだね。どうしよう」


 前を歩くクアトロが顔だけを振り返して、問い掛けてくる。

 石畳の道をエルフ人の人混みに紛れ込みながら、俺は物珍しい風景に目を踊らせていた。

 街の建造物はどことなくドワーフに似ていて、石造りのものがメインだ。

 ただ建物の配置がゆとりを持たされていたり、無用に大きな建物が少なく平屋が多いなど、街の景観はホビットに近いところもある。

 全体的な雰囲気は静謐といった印象だ。エルフの国民性なのか、神都と言われているわりには街全体に活気はない。

 

「ついに神都までやってきたけどよ、どうやら篝火があるのはここじゃないみたいだな。どうすんだよ、ムト」

「どうするもこうにも、さらに北に向かうしかないよね」


 そして俺個人の目的としては、一応ディアボロの篝火を目指してひたすらボーバート大陸を北上してきたのだが、予想外にもまだ篝火の下までは辿り着いていない。

 なんとなく神都辺りに篝火が灯っているのではないかと思っていたが、まったくそんなことはなかった。


「あー、そうだったね。二人は篝火を目指して旅してたんだっけ? すっかり忘れてたよ。だって超世界いつも通りなんだもん」

「たしかに。相変わらず何にも起きてないね。あれ本当にディアボロの篝火なのかな?」

「見た目的には確実にそうだろ。てかなんかヤベェ感は一応感じるくね?」


 こちらの大陸にディアボロの篝火が顕現してからだいぶ時間が経過しているが、驚くべきことにいまだ世界は平穏を保っていた。

 カガリビトなる異形の怪物は結局これまでただの一匹も見ていない。

 正直、北の方角で昼夜問わず光り続けている真っ赤な火柱にも見飽きつつある。


「じゃあ今日はもう遅いし、うち泊ってく?」

「え? いいの?」

「うん。べつにいいよー。ここまで送ってくれたお礼だよ。遠慮しないで」

「ではお言葉に甘えて」


 時刻は丁度夕暮れ過ぎだ。たしかに今日はもう宿を取って休んでもいいかもしれない。

 それにおそらくここから先はクアトロ無しで進む可能性が高いので、ある程度この国の情報についてまとめておくのも必要だろう。


「そっかぁ。そういやおれたちとクーちゃんはここでお別れか。クソ寂しいぜ。つかこっからはムトと二人きり? オェッ。クーちゃんという清涼剤に慣れたせいで、このメンタル汚物と二人だけっつう環境に対する耐久力がだいぶ落ちた気がすんぜ」

「言っておくけど、それこっちの台詞だからね? というかなんでお前ついてきてるんだっけ?」

「冗談だよ。そう怒んなって」

「その笑顔、捻り潰したい」


 何が面白いのかジャックはヘラヘラと童貞スマイルをばら撒いている。

 実際のところ、なぜこいつが一緒にいるのかよく考えれば考えるほどわからない。暇人なのか。


「あ、てか今、思い出したぜ。そういや、おれの知り合いが今ここに来てるはず」

「どうしたんだよ急に嘘ついて? お前に知り合いなんているわけないだろう?」

「ば、馬鹿っ! ばっ! ばっ! 嘘じゃねーよ! 知り合いっつうか、同僚だよ」


 クアトロに先導されながら、街を進んでいくといきなりジャックが不細工な奇声を発する。

 彼の言い分では、この街に同僚、つまりはジャック以外の九賢人がいるらしい。

 ケンジンやってる奴、大体トモダチ。

 若干興味が湧いたので誰のことを言っているのか尋ねてみる。


「それって九賢人ってことでしょ? 誰なの?」

「ヒトラーって奴。“黄金の四番目”ビル・ザッカルド・ヒトラーっていう奴だ。お前もたぶん知ってるんじゃねぇか?」

「ああ、あの人か。そういえばエルフ出身なんだっけ?」


 ジャックが言うにはこの街に滞在しているのは、黄金の四番目ことビルくんのようだ。

 金髪碧眼で抜群のスタイルを誇る完璧イケメンだ。

 彼とは面識があり、三年前にはある意味本気で命を助けて貰ったことがあるので、俺の知るイケメンの中ではかなり好感度が高い。

 ゆえに俺は彼のことを尊敬と感謝を込めてナルシー王子と呼んでいた。


「それでなんでビルさんがエルフの神都にいるの? 帰省中?」

「あー、たしか幻帝ヨハンとお喋りしに行くとかなんとか言ってた気がすんな」

「え? なに? 仲良いの?」

「まあ、よくはないだろ」


 幻帝ヨハン・イビ・グアルディオラ。

 何度か俺も耳にしたことがある名前だが、今のところ良い印象は持っていない相手だ。

 今から約三十年ほど前に起きたという世界大戦とやらで、個人的武勇を発揮した五つの国の王。

 その五帝と称される人物の中で、唯一俺がまだ一度も会ったことのない相手だ。

 ぶっちゃけて言えば悪い噂が多すぎて、あまり会いたくない。

 エルフが排他的になり、支配思想に囚われるようになったのも、この王が即位してからだと聞く。

 

「ジャックどうするの? 一応知り合いとして、顔合わせに行ったりしなくていいの?」

「え? べつに行かなくて良くね? おれあんま好きじゃねぇねんだよなあいつ。なんかイケメンで口が上手いから、腹立つんだよ」

「うわぁ。すごーい。純度百パーセント嫉妬なんだね」


 相変わらずナルシー王子は寂しい人生を送っているようだ。

 彼は顔も抜群でコミュ力も非常に高水準にも関わらず、なぜかこう人気がいまいち低いのだ。

 そういうわけで先ほども言った通り、俺自体は結構ナルシー王子のことを好いている。どうしてもと言われたら乳首くらいなら貸してやってもいい程度には。


「てかそれでさらに思い出したんだけどよ、お前ってディアボロの篝火を目指す前はアルセイントに向かってたよな?」

「うん。それがどうしたの?」


 するとここでジャックが唐突に話題を変える。

 クアトロは俺たちの話に興味がないのか、特に話に入ってくることもせず黙々と歩いていた。


「そもそも、お前ってなんでアルセイントに向かってたんだ?」

「え? それは……」


 ピキリ、とそこで俺の思考が凍り付く。

 本当にただの好奇心で訊いてきたのであろう、ジャックの一言。

 それは俺に衝撃的な記憶を思い出させ、俺がいかにマズイ状況下に陥っているのかを思い出させた。


「俺、死んだかもしれない」

「は? いきなりどうしたんだよ?」


 至上の七振り。セト・ボナパルト。官能エロにゃんこ。

 完全に忘れていた。

 そういえば俺は元々、あの恐喝フェイスのセトさんに革命軍総指揮官が持っているとされる剣をかっぱらって来いと言われてこの大陸に滞在していたのだ。

 想定外にもどこかの誰かに総指揮官が暗殺され、剣の行方がわからなくなってしまった。

 その剣の持ち主からと思われるメッセージに従い、アルセイントに辿り着く。

 そしてなんと、そこで俺はディアボロの篝火を目にし、全てを忘れてしまったのだ。


「やばいやばいやばい。これは超やばいぞ。信じられないくらいやばい。絶対怒るぞ。そりゃもう怒り散らすに決まってる」

「おい、ムト。お前汗やべぇぞ」


 冷や汗が止まらない。

 約束を忘れてエルフの国で可愛い女の子の家に泊ってましたなんて言ったら最後、俺の玉の皮でゴムをつくり水風船にして顔面にぶつけられるくらいは覚悟しなければならない。


「は、はは、ごめん、二人とも、先に行ってて、俺は急用を思い出したから、ちょっとそれを済ませてくる」

「おいマジかよ。お前本当に大丈夫か? 挙動不審が尋常じゃねぇぞ?」

「だだだだ大丈夫だよジャック。気にしないで。すぐ追いつくって」

「追いつくってお前、クーちゃんの家知らねぇだろ」

「問題ないよ。俺一度会ったことのある相手なら、その相手の魔力を探知していつでも転移できるから」

「は?」

「え?」


 俺の様子があまりにも怪しかったのか、これまで無関心そうな顔振りだったクアトロさえも驚きに満ちた視線でこちらを見やっている。

 彼女と過ごす最後の晩を愉快な気持ちで過ごすためにも、一度この重要な問題をどうにかしないといけない。

 もちろん俺が今から向かうのは、まず行方不明になっているあのエロニャンコことラーのところだ。

 一応ラーは俺のアシスタントして本来は派遣されていたはず、相談すれば何かしらアドバイスはくれるだろう。

 セトさんの好きなお酒とか、オススメの土下座方法などなど、是非ご教示して欲しい。


「それではアディオス。次会う時は、笑顔で会えるといいなぁ」

「おい、ムト、お前まさか……」


 ジャックが何かに勘付いたようなはっとした表情を見せるが、こいつはアホだし、どうせ何かを勘違いしているのだろう。

 向かう先はラーの下。

 冷静に考えてあの十八禁キャットとはぐれたままというのも結構危険な状況な気がする。


『セト、聞いて。ムトが逃げたわ』

『なんだと? あいついい度胸してるな』


 こんな感じのシチュエーションがすでに起きてしまっている可能性もゼロではない。

 授業中に下痢便ぶち散らかした次の日に学校へ行くのより憂鬱だ。

 

「ジャンヌ、ラーのところに転移を頼む」


【叶えよう】


 暖かな光に包まれながら、俺はここである事実に気づいてしまう。

 俺が急いで戻らないと、もしかしてジャックとクアトロが同じ部屋にて二人っきりで夜を明かすことになってしまうのでは?



「必ず、戻る」



 やけに神妙な面持ちで俺のことを見つめるジャックとクアトロに、主にジャックの方に熱意を込めて視線を返す。

 お前、絶対クーちゃんに変なことすんじゃねぇぞこのカス童貞が!

 みたいな意志を込め、全力で視線を送る。きっと伝わっただろう。伝わったはずだ。伝わったに違いない。


 そして苦労してエルフの神都に到着したにも関わらず、俺は滞在時間数分でいったん別のどこかに向かうことになってしまったのだった。



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