好戦的な保護対象


「暇だなぁ」

「暇っすねぇ」


 ひんやりとした空気に顔だけがあてられ、実に気分が良い。

 頭寒足熱。

 どこの誰が言い出した言葉かは知らないが、昔の人も中々に面白いことを言うものだ。


「それにしても来ないっすねぇ」

「そうだねぇ。来ないねぇ」


 仰向けの体勢で中途半端な晴天を眺めていると、ゆっくりと時間だけが過ぎていく。

 俺がここ、オリュンポス島に辿り着いてから早くも一日が過ぎてしまったが、まだ離れる時は来ない。

 昨日の夜に創造クリエイトした寝袋に入りながら、俺たちはただひたすらに待機を続けていた。


「それにしてもムトの兄貴が魔法で創り出したこの寝袋、メチャ気持ちいいっすね。もうそろ昼回るってのに快適過ぎて、全然出る気にならないっすよ」

「だろう? まあ、寝袋から出ても特にやることないんだけど」

「それもそっすね」


 昨日ここで知り合ったばかりのホモシャスも、俺の横でダラダラと惰眠を貪り続けている。

 別にやらなくちゃいけないこともないし、可愛い女の子もいないし、とにかくやる気が起きない。

 空から見たら並んで寝袋にくるまる俺たち二人は、まるで芋虫のように見えるのだろうか。


「そういえばあの猫ちゃんはどこ行ったんすか?」

「あー。そういえばどこ行ったんだろうね、あのニャンコ。朝、目が覚めてからは一度も見てないなぁ。でも、ここ島だし、遠くには行ってないんじゃない? やっぱり猫だから散歩みたいなのが必要なんだよ、きっと」

「なるほどぉ。キャットウォークってやつっすね?」

「そうそう。たぶんそんな感じ」


 ホモシャスの台詞で昨日のことを思い出す。

 突如仲間にしてくれ宣言をした猫。

 なんとも官能的な声で喋るメス猫。

 だが最初以降、ろくに会話をすることのなかったオニャンコ。

 それにあの後、純粋な気持ちからその身体を撫でようと思ったのだが、結局一度すら身体を触らせてくれなかった。

 仲間ってなんだろう。

 そんなことを寝る前に考えた気がする。


「あ、見てくださいよ、兄貴。あの雲なんかエロい形してません?」

「ん? 言われてみれば、そんな気がしてくるねぇ。でもちょっと太腿が細すぎるかな。俺はもうちょっと太いのが好み。あ、太いって言っても無駄な脂肪がついてるわけじゃなくて、筋肉質な感じね」

「なーる。なーるっすね、兄貴。マジパナイセンスっすわ」

「だろう? ……なんか乳揉みたくなってきた」

「揉みたいっすねぇ。片方だけでいいんで揉みたいっすねぇ」


 まるで中身も脈絡もない会話を適当にこなしながら、俺は大きな欠伸を噛み殺す。

 これ、いいのか?

 他の皆に比べて、なんだか自分だけ凄い暢気な気がしてくるが、本当にこんなんでいいのだろうか。

 エデンちゃんとやらと合流次第、すぐに戦争を止めに行くというのにこの緊張感のなさ。

 まあ、いつもジャンヌに頼りっぱなしの俺が今更言うことでもないが。


「そういえばムトの兄貴って今まで何してたんすか?」

「今までって……ホモシャスが最後に俺のことを見たのっていつなの? 実は俺、君のこと全然覚えてないんだよね」

「まあ実際に言葉を交わしたのは、昨日が初めてっすからね。俺が最後に兄貴を見かけたのはアルテミスっす」

「うわぁ、ホモシャスあそこにいたのかよ」

「……あの今気づいたんすけど、そのホモシャスって何すか?」


 どこで俺のことを知ったのかと思っていたら、まさかあの場面にこいつもいたとは。

 たしかにあの時の俺は、ちょっとばかしヤンチャしてたからな。

 顔を見た瞬間土下座して命乞いをするのも無理はないか。

 というか俺あの時仮面してたよな? 

 ナルシー王子もそうだったけど、あの仮面変装全然意味ないじゃん。

 会う人会う人即モロバレしてるんですけど。

 次変装する時は、もう少し本気出すか。


「そうだなぁ。あの後何してたかって言うと……まあ森の奥で引きこもってたり、島一つ消し飛ばしたり、女神の抱擁を享受してたり、だいたいそんな感じかな」

「マジすか。超ヤバいっすねそれ」


 思い出せば、俺もずいぶん色々な場所いったものだ。

 長閑な村から始まり、廃れた街、賑わった街、制服美少女がわんさかの街、光差さない深い森、水平線を一望できるリゾートアイランド、馬鹿みたいに何もない雪原。

 色んなところに行って、色んな人に会った。

 出会いも、別れも、何度も経験した。


「なんか最近、生きてるって感じがするなぁ」

「奇遇っすね。俺も最近、まだ生きてる。良かったって思う回数が増えたっすよ」


 俺の感覚からすると、地球とお別れバイバイしてからまだひと月とちょっと程度しか経っていないはずだ。

 しかしそれにしては、ずいぶんと濃い日々を過ごしてきたように思う。

 もちろん、これまでの三十三年間が短く薄っぺらに感じるわけじゃない。

 ただ、今になってこんな気持ちになるなんて思わなかったんだ。


「でもモテないんだよなぁ。本当、そこだけは変わらないよな」

「え? ムトの兄貴って、モテないんすか? マジすか。それはパナイっすね。でもそれはきっと、この世界の女どもに見る目がないだけっすよ」

「はは、一体いくつ世界を渡り歩けば、見る目のある女性の方がいらっしゃる世界に行けるんだろうね」


 渇いた笑いを寂しく響かせながら、俺はちょうど雲に隠れた太陽へ視線を向ける。

 どう考えてもおかしい。

 絶対におかしい。

 こんなにイケメンとなって、わりと女の子たちのことを窮地から救ったりしているのに、なぜ誰も俺に惚れないのか。

 そろそろ誰か一人くらい、俺にマジ惚れしても不思議ではないはずだ。

 くそ。他者の俺に対する好感度ゲージが見える能力でも貰っておくべきだったか。

 いや。そんなもの貰ったら逆に人生に絶望しそうだな。


「はぁ、モテてぇ」

「モテたいっすねぇ。下半身だけでいいんでモテたいっすねぇ」


 そして結局、寝袋から出ることもせず、俺たちは意味の一切ない発声器の無駄遣いを続ける。

 今日も世界は平和だ。

 本当にナルシー王子が言うように戦争や、世界の危機なんて迫って来ているのだろうか。

 実は俺に内緒で乱交パーティーしてるんじゃないか? 

 ちくしょう。もしそうだったら一生恨んでやる。

 というか混ぜてくれ。頼むから。






「……ずいぶんと余裕そうね。気づいてないってわけじゃないでしょう?」

「ん?」

「なんすか?」


 すると、また半分眠りかけていた俺の耳がエロボイスを察知し、急激に意識が判然としていく。

 この声には覚えがある。

 向こうから話かけてきた癖に、いざこちらからコミュニケーションを取ろうとすると絶対零度の完全拒否をみせるあのオニャンコだろう。

 いいからさっさとニャンニャンさせろ。


「あれ、猫ちゃんじゃん。どうした? 寒くなったなら、俺の寝袋に入ってもいいぜ?」

「貴方には別に話かけてないわ」


 寝袋から胴体を出して、気味の悪い顔を見せたホモシャスだったが、やはりというべきか冷や水を浴びせられることに終わった。

 いつの間にこちらへ戻ってきていたのだろう。

 もうお散歩タイムは終わったのか?


「え、えーと、一体何の用?」

「何の用って、まさか気づいてないの? ……もう来てるわよ、がね」

「え? お客さん?」

「ま、まさか、つつついに来ちゃったんすか!? うわぁ! 兄貴! 絶対大丈夫なんすよねぇっ!?!?」

「どうしたんだよホモシャス。急に全身バイブレーションさせて」


 呆れた様子のオニャンコの台詞を聞いた途端、なぜかホモシャスが見るからに怯えだした。

 もう来ている? お客さん? 

 それはつまり、俺がここで合流しろと言われたエデンちゃんとやらが到着したという意味か?

 だけどそれにしてはホモシャスの反応が変だな。

 ナルシー王子の話では、エデンちゃんは仲間なんだろう? 何を怯える必要がある?


「すぐにここにやってく――ほら、お見えになったわよ。ずいぶんと殺気だったお客さんが」

「うん? 本当だ。誰かが、こっちに歩いてくるのが見えるね。あの人がそうなのか?」

「ヤベェ……マジヤベェ……ムトの兄貴と一緒にいることですっかり油断してたが、俺のマジヤベェセンサーが超反応してるぜ……!」


 寝袋から出て、オニャンコが見つめる方向に視線を送るとたしかに人影が一つ。

 真っ直ぐと俺たちの方へ向かっていた。

 見た感じだと、あれは女性だな。

 どうやら知らない間に、噂のエデンちゃんもこの島に到着していらしい。

 おしとやかで胸の大きい美女だったらいいな。




「キーモッ」




 ――だがそんな願望染みた期待の刹那、俺のすぐ横でメリィ、と肌が逆立つような鈍い音が聞こえる。

 

「キモッ。こっちは外れじゃん」


 明らかに自然のものではない風が、フワリと髪を煽ぐ。

 次いで派手に音立つ、何かが瓦礫の山に衝突する音。

 かろうじて視線だけを動かし、俺は異質な気配に支配された真隣りを一瞥する。

 俺の瞳に映ったのは、あの恍けたチャラ男ではなく、気圧されるほどの邪悪を纏った見知らぬ少女。



「ねぇ? キモスティーナどこ?」



 次の瞬間、俺の意識は半分飛ぶ。

 最後に自分の意志ではっきりと見たのは、顔のいたるところにピアスを付けた栗毛の少女。

 好きなタイプは黒髪ロングの巨乳である俺にとって、理想から最も遠い見るからにビッチな女の子だった。



「この女は害をなそうとした。殺すか?」

「へぇ!? キーモッ! こっちが当たりじゃん!」



 自分自身を見下ろすような不可思議な感覚の中、謎のビッチ子が首元目がけて繰り出したナイフを、俺が爪先で止めていることに気づく。

 いいや、もう俺が、ではないか。

 

「殺すか?」

「キーモッ! エデンを殺すとか……マジウケる」


 そして俺は絶望する。

 エデン。

 この少女は自らのことをそう呼んだ。

 薄々気づいていたが、やはりこの癖毛ビッチ子が俺の待ち人らしい。

 

【はぁ……ジャンヌ、この子の名前はエデン。この子は俺たちの敵じゃないから殺しちゃ駄目だ。あと傷つけるのも無しね。何でこんな好戦的というか、殺しに来てるのかわからないけど、とりあえず俺と彼女が味方同士ってことを説明してやってくれ】


 だがここまで待ったからには、仕方がない。

 俺はエデンをとりあえず説得することにする。

 まあ実際にその役を担うのはジャンヌになってしまったが、小さく叶えようと返事もしてくれたことだし、一先ず任せるしかないだろう。


「ねぇ、アンタ、エデンの何なの?」

「敵ではない。私は、いやムト・ジャンヌダルクは――」


 挑戦的な眼差しをして、真っ赤な舌を突き出すエデン。

 だけど俺たちと彼女は敵じゃない。

 味方同士だ。

 戦う理由なんて元々ないんだし、さすがにジャンヌでも説得はできそうだな。




「――貴公の前に立つ者だ。しかし貴公と私は同じ側に立つ者ではあるが、最強である私に助力は必要ない。それを理解し、安心してムト・ジャンヌダルクの下にくだれ」

「キーモッ。ムカつくからアンタ殺していい?」




 ……ってえ? あれ? なんでこの人、味方=保護対象の前提で話進めてんの?



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