気づいたらなんか俺は英雄に
もしかしたら、俺は死んでしまったのかもしれない。
なぜなら俺は現在天国にいて、女神の抱擁を享受しているからだ。
幻想的な雪景色の中、俺は暴熱する股間部をポケットに手を突っ込むことでなんとか抑える。
「……な~るほどね。あたしがいない間にそんなことがあったのかい。信じられないような話だけど、この子がやったってなら、あたしは信じるよ。それにしても
「うひぃんっ……や、やめて下さいよぉ」
「……状況を理解してもらえたのは結構だけれど、逆に私がこの状況を理解できないわ」
右を向けば柔らかく熟したピーチ。
左を向けば甘く香り欲誘うマンゴー。
背中に感じるのは人の温もり。
頭の上から聞こえるのは大人の色気芳しい声。
俺は今、人生の絶頂にいた。
「なぜずっと貴女がムトを後ろから抱き締めているのか、その理由がさっぱりわからないわ。早く離れなさいよ」
「うん? そんなのこの子が可愛いからに決まってんでしょ? 愛でてんのよ、愛でてんの。戦闘の時と、普段のギャップ! くぅ~! 癒しっ! 癒しだわっ!!!」
「アヒャっ!? あ、やばいこれちょっと……」
「今すぐ離れなさいよ、クレスティーナ。ムトだって嫌がってるじゃない」
「べつに嫌じゃないよなぁ~? ムト~?」
「はい。嫌ではありません」
「なんでそこだけ凛々しくなるんですかご主人……」
ふぅ、危ない危ない。
先っちょだけちょっぴり出てしまったぜ。
だがこの程度、俺にとっては発汗と大差ない。
正直俺にもこの状況はよく理解できていないが、理解する必要などないだろう。
気づいたエロいお姉さんに後ろからハグされていました。
事実はただそれだけ。
お姉さんの身長が俺よりちょうどよく高いので、ジャストで瑞々しいな濃厚メロンが頭を挟む形をとっているのだ。
苛立たしげなレウミカも、なぜか少しよそよそしいマイマイも、今はまるで気にならない。
おお神よ。感謝します。
俺が年上キラーだったなら、もっと先に教えてくれればよかったのに。
「少し馴れ馴れしいんじゃないかしら?」
「お? なんだなんだ~? 妬いてんのか~レウミカ?」
「べ、べつにそんなことないわよ。ただ恥ずかしくないの? いい歳したオバさんが、年下の男にデレデレしちゃって」
「ムトは特別だからいいの。なんたってあたしのヒーローだからね。まあ、さすがにお姫様抱っこは恥ずかしかったけど。あと今オバさんっつったなお前? しばく」
俺にぞっこんとなったお姉さん、たしか名前はクレスティーナさんだったかな、彼女が喋ったり、動いたりするたびに、最高品質の枕が豊かに形を変える。
これはもう半分童貞を卒業したといっても過言ではない。
「……少し、いいか?」
だがその時、俺たちから少し離れたところで考え事をしていた大柄な男が声を上げた。
その黒い髪に紅い瞳をした大男の名は、ガロゴラール・ハンニバル。
なんでも我らが女神、クレスティーナさんの同僚らしい。
さっきまで手違いで結晶漬けになっていたが(もちろんやったのは俺、というかジャンヌ)、先ほど魔法を解いておいた。
その時凄い目で睨まれたのが印象深い。
「どうしたんだハンニバル? ムトはお前のことも固まらしちまったこと、もう謝っただろ?」
「いや、それはいい。私は一つ、彼に訊きたいことがある」
「え? な、なんですか?」
言っとくがこのポジションは渡さないぞ?
俺はもう一生、クレスティーナさんの胸の中で過ごすと決めてるんだ。
クレスティーナさんのことはよく知らないが、なに、問題はない。
これから先たっぷりとある時間の中で、お互いのことをもっと深く知り合っていけばいいのさ。
「実は私たちを襲っていたこの四人は、洗脳に近い魔法にかかっている。君なら解くことができるのではないか?」
「おい、さすがにムトでもそれは――」
「任せて下さい。俺、やりますよ」
「凄い……見たこともないくらいご主人が積極的!」
即断即決。
任せたまえガロゴラールくん。
今は俺の有用性をいかにクレスティーナさんに見せることができるかが最重要。
強いだけじゃないぞ。
なんでもできちゃうぞ、ってところを見せ付けなくては。
クレスティーナさんが正気に戻る前に、なんとか好感度を稼ぐのだ。
男前な表情を整えた俺は、綺麗に四つ揃って並ぶ人間入り水晶に手をかざす。
「よし……《全ての魔法よ解けろ》!」
躊躇なく魔法を発動。
かなり適当な感じだが、何かを解くイメージなら俺は得意なのだ。
普段ありとあらゆる女性の肌着を、想像だけで紐解いているからな。
「……うん? あれ、この感覚は……」
天然記念物級の巨大結晶は見事に消え去り、その中で時を止めていた者たちが動き出す。
まず最初に口を開いたのは、蒼い瞳をしたナルシストっぽいイケメン。
次いで他の三人もゆっくりと地面から立ち上がり始める。
あれ、なんかこの四人――、
「……ここは? ……ハンニバルに、アレキサンダーか?」
「あ」
――唐突に蘇る記憶。
俺は完全に思い出す。
馬鹿か、俺は。
なんでもっと早くに気づかなかった。
あまりの幸福に、脳味噌が溶けきってしまっていたらしい。
「……ちっ、最悪の気分だな」
「…どうやったのかは知らないけど、ネルト・ハーンの魔法を解除してくれたみたい」
盛大に舌打ちをする赤髪の男。
俺はそいつの腕を反射的に見るが、そこにはちゃんと両腕がしっかりとくっついていた。
ブロンドの髪と灰色の瞳をした二人の女性はどことなく似ていて、二人とも気が強そう。
いや、実際に気が強いはず。
俺の記憶がたしかなら。
「ははっ! 凄いぞムトっ!? 本当にこいつらの洗脳を解いちまったっ! お前って奴は最高だな!」
「い、いえ、大したことじゃないですよ」
またもやクレスティーナさんが俺を抱き締めてくれるが、いつでも出撃準備万端なマイリトルサンダーバードも今回はエンジンをかけようとはしない。
まずい。
この四人に、俺は間違いなく一度会っている。
それもただ会ってるだけじゃない。
この四人は俺に半殺しを超えて、八割殺しくらいされた人たち。
俺の黒歴史(笑えない)時代の犠牲者たちが、今目の前にいたのだ。
「……おっと、これはこれは愉快な状況になっていますね。クレスティーナさん、もしかして僕たちにかけられていた魔法を解いてくれたのは、そちらの彼ですか?」
「お、よく気づいたじゃない。そうさ、このムトがお前たちを救ってやったんだよ。ちなみに覚えてないと思うけど、お前たち四人まとめてムトに負かされてるからな?」
「なに? その青年にか? ん? しかし貴様のその顔、どこかで見覚えが――」
「い、いやいや、初めましてですね皆さん!? お、俺はムト・ジャンヌダルクと言いますっ! ほんのちょっと手荒な真似をしてしまい申し訳ありませんでしたっ!?!?」
金髪ロングのお姉さんが、俺の顔をじっと見つめるので、慌てて話を逸らそうとする。
そうだ。落ち着け俺。
あの時は仮面を付けていたじゃないか。
不審な言動さえ慎めば、あの超極悪犯罪者が俺だということはバレないはず。
この人たちはクレスティーナさんの仕事仲間らしいし、もしここで俺の正体に気づかれたら確実にジ・エンドだ。
それに俺の過去の悪行をレウミカや、マイマイに知られるのもあまりよろしくない。
だが大丈夫。大丈夫だ。
俺があの時の仮面野郎だってことは、まだバレてな――、
「なにを言っているんですか、ムト君。僕たちは初めましてじゃないでしょう? アルテミスで僕らは一度会ってるじゃないですか。……それとも、仮面と一緒に僕たちの記憶も捨てちゃいましたか?」
――はい。とっくにバレてたみたいです。
どう考えても雪だけのせいではない冷たさ。
突き刺すような痛い視線。
だからイケメンは嫌いなんだ。
いつもイケメンは俺から幸せを奪っていく。
なんて空気の読めない奴だ。
いや、逆に空気が読めてるのか?
「あ? 一体何の話をしてんだよ? ヒトラー」
「クレスティーナさん。少し前にアミラシルで魔法特急が盗まれ、その後クレスマの神帝アイザック・アルブレヒト・アルトドルファーが殺された事件のこと、知っていますか?」
「は? 神帝が死んだのか? いや、知らない。初耳だね」
一瞬前までの若干ふんわりした雰囲気はどこへやら。身体に悪そうなピリピリとした空気が満ち始めている。
考えろ。言い訳を。
このままでは非常によくない事態になるぞ。
俺は足りない頭をフル回転させる。
「実は僕たち四人、その犯人を追ってクレスマのアルテミスに向かったんですが、まんまと返り討ちに合いましてね」
「……そうか。噂の仮面の男とは、彼のことだったんだな」
ガロゴラールさんが渋い声を出しながら、俺の方をチラリと見やる。
くそ。嵌められた。
何が洗脳魔法を解いてくれないか、だ。
この人、全部知ってたんじゃないのか?
疑心暗鬼に陥りつつも、俺はなんとかこの悪い流れを食い止める方法を考え続ける。
「貴様……よくぞぬけぬけと私たちの前に姿をまた現したな! 今度こそ正義の名の下に裁いてやる! アイザックの仇だっ!」
「ちょっ、ちょっと待ってください。ご、誤解です。誤解なんですよっ!?」
金髪ロングの女の人が、腕から炎をちらつかせながら俺に掴みかかろうとする。
最悪だ。俺の言葉はまるで届いていない。
やはりあの電車みたいなやつを盗んだあげくぶっ壊したのがまずかったのか。
いや、それよりもあの王様を殺してしまったことの方が――、
……ってん? 殺した?
待て待て。仇打ちって何だ?
俺はあの王様を殺してないよな?
俺の欺瞞ではなく、本当に誤解が生じていることに気づくが、もうすでに火焔を纏う拳は目の前に迫って来ていた。
「おい。メイリス。あたしのムトに何してくれようとしてんだよ?」
しかし、季節に見合わない熱気を凍り付くような声が抑える。
俺の前に立つのは、くびれがキュッとした美しい紫髪の女性。
救いの手を指し伸ばしてくれたのは、やはり俺の女神だった。
「……どういうつもりだ、アレキサンダー。ヒトラーの話は聞いていただろう。この男は悪。私たちの敵だぞ?」
「どういうつもりだ、だと? それはこっちの台詞だよ、メイリス。ムトに敵対する奴は、九賢人だろうと容赦しない。ムトとお前たちの間に何があったかは知らないけど、あたしは自分の目で見たものを信じる」
「どういう意味だ、アレキサンダー」
雪さえ凍える冷気を宿したクレスティーナさんは、俺を背中で覆い隠すようにしてはっきりと言い切る。
なんだか誰かの後ろに立つのは、ずいぶん久しぶりに思えた。
もし俺に姉がいたら、こんな感じなのだろうか。
「だからあたしは、お前らじゃなくて、ムトの方を信じる。そう言ってんだよ」
その時、ふと横に気配を感じる。
両隣を見てみると、レウミカとマイマイが俺のすぐ横に寄り添ってくれていた。
なんだこれ。
なんだよ、これ。
俺、モテモテじゃないか。
緩みそうになる涙腺をふざけることで誤魔化し、俺は今のうちに言い訳への思考に集中する。
「貴様っ……!」
「まあまあ、メイリスさん。少し落ち着いてください。……それで、ムト君。一つ訊いてもいいでしょうか?」
「え? あ、はい。なんでしょう?」
俺の思考を遮るのは、やはり空気の読めないイケメン。
一番の問題児はこのナルシー野郎だ。
こいつをなんとかできれば、誤魔化せるはず。
俺は細い蒼の瞳を受け止め、来たる問いかけに備える。
「そこの彼女がしている指輪、それは賢者の宝玉……しかもマイ・ハーンが所持していたものですよね?」
「あ、一応、たぶん……」
「何っ!? 貴様! 九賢人にまでも手を出したのかっ!」
「ひぃっ!? こ、これには、深いわけが……!」
駄目だ、これ。
なぜ素直に問い掛けに答えてしまったんだ俺は。
案の定、状況はさらに悪くなっている。
レウミカパパの反応から、マイマイにあげた指輪が相当いわくつきだってことはわかっていたのに。
俺の心はすでに折れかけ。
誰かを口で言いくるめるなんて、やはりコミュ障の俺には荷が重い。
馬鹿みたいに、相手の問い掛けに素直な答えを返すことしか俺にはできないのだ。
「なるほど。やはり、そうでしたか。これで全てわかりました、メイリスさん。彼は僕たちの敵ではありませんよ。むしろ、僕たち以上にこの世界を守ることに貢献していた人物です」
しかし色々諦めはじめていた俺に、なぜかナルシー野郎が優しい微笑みを向けた。
彼の一声に、周囲は困惑と驚きに固まる。
当然俺もだ。
「敵ではないだと? 正気かヒトラー? こいつは
「はぁ、まだ気づかないんですか? 呆れますね、メイリスさん。それでは訊きますがムト君、君は神帝アイザック・アルブレヒト・アルトドルファーを自らの手で殺しましたか?」
「え? い、いや! 俺は殺していませんっ!」
「貴様! この期に置いて見苦しいぞ!」
「ほ、本当ですよ!」
「では誰がアイザックを殺したと言うんだ!」
いや、知らないよ。
そもそもレミパパが死んでいたことすら、俺は今初めて知ったというのに。
しかしこれはどうなんだ?
実際俺はあの人を半殺しにしてしまっているし、あの後死んでしまったというパターンもあり得るか?
どっちにしろ、半殺しにしてる時点で俺は殺人犯の最有力候補。
どうする?
どう言い訳をする?
「仕方がないですね。これ以上同じ九賢人が醜態を晒すのも情けないので、僕が代わりに答えましょう」
「…私も知りたい」
「ちっ! ならば説明してみせろ、ヒトラー。私を納得させられる説明ができるものならばな」
俺が言い訳探しに苦悩している間に、なぜかナルシー野郎が勝手に喋り出す。
よくわからないが、こいつは俺擁護派らしいし、とりあえず任せてみるか。
「まず前提として、クレスマ王家の長女が少し前に行方不明になっていることは知っていますね?」
「ああ、知っている」
「では、その長女、マリアンリ・アルブレヒト・アルトドルファーが
「それも一応、真偽はともかく風の噂で聞いたことはある」
「ならばわかるんじゃないですか? ……彼、ムト君は神帝に忠告をしに行ったんですよ。この国、クレスマは強欲な拐奪者に狙われていると」
「なんだと!?」
こいつは一体、何を言っているんだ?
金髪ロング、メイリスさんが信じられないといった表情で睨みつけてくるが、俺にもさっぱり意味がわからないので、こっちを見られても困る。
「だがなぜだ? なぜ強欲な拐奪者が国を狙う?」
「メイリスさん、覚えていますか? 僕たちが心理掌握の魔法をかけられる際、会長は何と言っていましたか?」
「ああ、もちろん覚えている。あの男は国際魔術連盟会長という立場にいながら私たちを裏切った。奴こそが強欲な拐奪者と繋がっている内通者で、そして奴らの狙いは“闇の三王”の復活だ」
「その通り。ではさらに尋ねますが、闇の三王を復活させるために必要なものは?」
「闇属性の魔法と鍵、加えて大量の魔力と魂だろう?」
「わかってるじゃないですか? それでは、もっとも簡単に大量の魂を手に入れる方法は?」
「……まさか!」
若干ドヤ顔のナルシー野郎が、ニンマリと笑う。
しかし闇の三王だの裏切りだの会長だの、俺には今一話の流れが理解できない。
だが周囲を見渡してみると、どうやら話の内容に追いつけていないのは俺とマイマイだけのようだ。
「……そう、戦争です」
「奴らはクレスマを使って、戦争を始めるつもりなのか!?」
「ええ、おそらく。ムト君、君はアイザックさんに戦争について忠告しに行ったのではないですか?」
「……え、ええ。おおお仰る通りですよ」
「やはりそうでしたか」
俺は精一杯虚勢を張るが、どうやら誰にも気づかれてはいないようだ。
周囲を盗み見ながら、俺は成り行きに全てを任せる。
「だがそれでは、彼はアイザックと闘っていないのか?」
「いえ。実際に戦闘を行ったと思います。あの人はああ見えて親馬鹿でしたから、おそらくムト君の忠告に腹を立てて戦闘になったのでしょう。そして残念ながらアイザックさんは返り討ちにあった。アイザックさんを殺したのはおそらく強欲な拐奪者でしょう。戦闘直後で弱った状態、さらに相手の中には自分の愛娘。強欲な拐奪者の組織力を考えれば、娘をおとりか何かに使えば、アイザックさんすら殺し得たはずです」
「……そうだったのか」
す、凄いぞ。
なんだこのナルシー野郎?
言っていることはまるで理解不能だが、どう考えてもメイリスさんをやり込めている。
行ける。行けるぞ。
頑張れナルシー野郎。
「だがまだ疑問は残る。それでは彼が魔法運搬機器を窃盗したことはどう説明する?」
「それに関しては、僕もずっと悩んでいました。アイザックさんに関しては、王家の次女の態度からクレスマという国自体が怪しいと思っていましたが、魔法特急の窃盗にどんな意味があったのか、これはネルトさんの反乱まで理由がわからなかった」
おいおい、なに弱気になってんだよ。
まだまだこっからだろ?
諦めんなよ! 捻り出せ!
素晴らしい勘違いを捻り出してくれよ!
「……しかし、今ではその理由がわかります。いやいや、本当にムト君には頭が上がりませんよ。こんな大胆な仕組みに誰よりも早く気づき、たった一人で対処しようとしていたなんて」
「説明しろ、ヒトラー」
よし、流石だぜ。
その自信満々な顔。
どうやら俺の窃盗歴も、このナルシー野郎は揉み消してくれるらしい。
いや、もうナルシー野郎と呼ぶのはやめよう。
尊敬を込めて、ナルシー王子と呼ぼうではないか。
「闇の三王に復活に必要なことの内の一つ。それは大量の魔力。さて、メイリスさん。ここで問題です。ネルトさんたちはどうやって大量の魔力を集めたのでしょうか? ヒントは強欲な拐奪者の総帥が、
「……なるほどな。これは驚いた。しかし、よく気づいたな、ビル。そしてムト」
「なんだ? わからん。教えろ」
「はぁ、メイリスさんは本当にしょうがないですねぇ」
今度はガロゴラールさんが俺の方に視線を送り、感嘆の声を上げた。
他にもメイリスさんに似ている金髪ショートの子も、眠そうな目をほんのちょっぴり大きくさせている。
なんだかちょっと怖くなってきたな。
本当にこのままで大丈夫なんですか、ナルシー王子?
「
「ん? 簡単だ。魔力を込め、“インヴォケーション”と唱えれば、器具に応じた恩恵を得られる」
「その通りです。偶然にも、僕たちが賢者の宝玉を発動させる時も、インヴォケーションと唱えますねぇ? ……毎日毎日、様々な人が魔力を込める道具、それが魔法器具。そしてその道具の仕組みを知っていて、販売している組織はたった一つだけ。考えてみてください? もし、魔法器具に込める魔力が、本当は適切でないとしたら? もし、余分に魔力を吸い取られていて、その余分な魔力はどこかの誰かが秘密裏に溜め込んでいたとしたら?」
「そ、そんな馬鹿な……!?」
「そして、この世界で最も魔力を必要とする魔法器具はなんですか? ……そうです。それが魔法運搬機器。ムト君が盗み出し、彼によって破壊された代物ですよ」
王子の言葉を受けたメイリスさんが、とうとう頭を抱えだす。
す、凄いぞこのナルシー王子。大した奴だ。
何を言ってるのかは相変わらずほぼわからず、もはや俺は理解しようとすらしていないが、皆の視線の中で尊信の色がどんどん濃くなっていくのはわかる。
むろん、マイマイを除いてだが。
「……ま、まだだっ! それでもまだ納得いかないことがある。それはあの少女だ!」
「うぇっ!? わ、私ですか!?」
「ああ、マイ・ハーンの宝玉ですか」
俺と同じように間抜け顔をしていたが、突然話を振られてマイマイが声を裏返す。
しかしメイリスさんは、どうにも往生際が悪いらしい。
このタイミングで俺にとって唯一心当たりのない悪行をほじくるとは。
だが俺は心配していない。
ほら、見てみろよ?
あのナルシー王子の漫画のようなドヤ顔を。
「その説明をするには、まず、マイ・ハーンの正体について喋った方がよさそうですね。これは皆さんに答えてもらいたいのですが、この中で実際にマイ・ハーンに会ったことのある方はいますか?」
「なんだヒトラー? その問いに意味があるのか?」
「私はないな」
「…ない」
「俺もない」
「あたしもないね」
俺とレウミカ、マイマイを除いた五人全員の否定を聞いた王子は満足そうに頷く。
それにしてもマイ・ハーンか。
何度か聞いた名前だが、マイマイと名前が若干被ってるのは凄い偶然だな。
「それでは、史上一人目の
「三十年前のか? それを知っているのは封印した張本人、ネルトだけだろう」
「……では、ちょうどマイ・ハーンが姿を見せなくなったのがいつからなのか知っている人は?」
「さっきから何を言いたい? 遠回しな言い方はやめろ、ヒトラー」
「メイリスさん、マイ・ハーンが森に姿を消したのも三十年前なんですよ。そして皆さん、この賢者の宝玉は魔力を与える代わりに心の機能を一つ奪います。では逆に心を埋め込んだら? ……魔力を奪い去ることができる、そう僕は考えます。つまり、
「……まさか? マイ・ハーンこそが…?」
ご名答。
そうナルシー王子が指を鳴らす。
その瞬間、クレスティーナさんがブンブンと頭を縦に振った。
なんだか嬉しそうだ。
「マイ・ハーンこそが史上一人目の天災だったんです。だから僕たちは彼女に会うことを会長に禁じられていた。しかし、会長は今回ガロゴラールさんにマイ・ハーンを連れてこさせようとしましたね? おそらく戦争兵器か、莫大な魔力源として利用するつもりだったんでしょう。だけど、もうすでに、森の中にマイ・ハーンの姿はなかった。そうですね? ガロゴラールさん?」
「ああ、たしかに血だらけの家は存在していたが、中には誰もいなかった。あの家に力を封じられた不死者が過去いたとしても不思議ではない」
「そんな、馬鹿な……!」
「そうです。すでに一人目の天災、マイ・ハーンはムト君によって消滅させられていたんですよ」
片眉を上げてナルシー王子が、俺にウインクを飛ばす。
男からそんなことをされても糞も嬉しくないが、一応曖昧な頷きを返しておいた。
「あり得ない! それはあり得ないぞ! ヒトラー! もし、マイ・ハーンが天災だったとしても、相手は不死者! 私たちが束になっても勝てない相手! それを一人で倒すだと!?」
「何を言っているんですか、メイリスさん。ムト君の反則染みた実力は知っているでしょう?」
「た、たしかに彼は強いが……」
「おい、メイリス。それに、ヒトラー。いいこと教えてやるよ」
「なんだ? アレキサンダー」
ここでクレスティーナさんが一歩踏み出し、心底嬉しそうにニヤケ面を浮かべる。
そして俺は確信する。
「この子が殺したのは一人目だけじゃない。二人目の天災、クロウリー・ハイゼンベルグも、すでにムトが殺しているらしいわよ?」
「なん、だと……?」
「ほぉ? ではレイドルフさんともすでに会っているんですね?」
「ええ、元々ムトたちがここに来たのは、あたしがレイドルフに送ったアイスバードが理由だそうよ。まあ、レイドルフは素直にオリュンポス島へ、この子たちは賢者の宝玉の魔力探知をしてここに来たらしいけど」
「では、本当に貴様は……?」
「これで僕の説明は終わりです。どうですか、ムト君? 僕の説明の中に何か間違っている点はありましたか?」
メイリスさんは、もうすでに若干泣きそうだ。
だが、俺は、自分自身のため、彼女に止めを刺さないといけない。
長い長いナルシー王子の演説が終わり、自然と満ちる静寂の中、皆の視線が俺に集まっているのを感じる。
だから仕方がない。
なんとなく不安がよぎらないこともないが、俺がもう引き下がることはもうできないのだ。
そして俺は、我が意を得たりといった面持ちで、決定的な嘘を吐く。
「ええ、ヒトラーさんが仰っていたことは全て真実です。俺はこれまで、世界を守るために一人闘っていました」
……大丈夫だよなこれ? 取り返しのつかないことになってないよな?
「そうか……貴様は…いや、君はずっと一人で……私たちが不甲斐ないばかりに……情けない。私は自分が情けない。何が正義だ。私の正義は薄っぺらい紙のようなものだったのか……」
項垂れるメイリスさんを慰める者は誰もいない。
もちろんさすがの俺も、そこまでは調子に乗れないさ。
色々怖くて無理だ。
「まあ、気にしないでください。俺が自己満足でやっていたようなものですから」
それっぽい台詞を回しながら、俺は遅れてナルシー王子の言葉を噛み砕いていく。
どうも俺の知らない間に色々なことがあったようだ。
まず一番の驚きはなんといっても、レミパパが死んでいたということ。
しかも話を聞く限り、レミは父の跡を継ぎクレスマの女王になったらしい。
さらに戦争。
ゴミ屑にも優しい平和な日本社会出身の俺からするとあまり現実感のない言葉だが、レミの国が戦争を起こす可能性があるとも彼らは言っていた。
俺はこの世界のために何ができる?
俺は一体この先どうしたい?
「…話はだいたいわかったけど、一つ質問」
「どうしたんですか? ユラウリさん? 質問というのはムト君に対してですよね?」
そんな風に自分がどこへ向かっているのかを考えていると、おもむろに背の低い金髪の少女が手を挙げる。
彼女の名はユラウリ・カエサル。
メイリスさんの妹らしく、見た目はどっからどう見ても女子中学生だが、なんとクレスティーナさんやレウミカパパとさほど年齢は変わらないらしい。
異世界、怖ろしやだ。
「…神帝を殺したのは
「うん? 言われてみればたしかにそうですね。ムト君、あの時、なぜ君は急いでアルテミスを離れようとしたのですか?」
「そ、それは……」
純粋な疑問、といった感じで二人は俺を見つめる。
雪が目に入ったふりをしながらその視線をやり過ごすが、今度は誰も救いの手を差し伸べてはくれなさそうだ。
「……じ、実は俺、月に一回くらい、力が暴走してしまって、自分を制御できなくなるんですよ。ほ、ほら!? あの時、俺の様子、なんか変だったでしょ?」
口から咄嗟に出たのは、数年後思い出したら恥ずかしさに悶絶しそうな言い訳。
なんだよ力の暴走って。
ちょっと前世でサブカルチャーに親しみ過ぎたな。
いくらなんでも、こんな言い訳で納得するわけ――、
「…なるほど。納得。もしかして、それが力の代償?」
「そうだな。あの時の君はどこからどう見ても悪の化身にしか見えなかった。正直今とはまるで別人だ」
「え? ええ! そ、そうなんですよ! あの時は本当に申し訳ありませんでした!」
と思ったが、案外簡単に納得してくれた。
ついでにメイリスさんも同感の意を示している。
こういう些細なところで姉妹という繋がりを感じるな。
「いや、謝るのはこちらの方だ。……無礼なことを散々言った。いまさら許してくれとは言わない。しかしこれだけは言わせてくれ……本当にすまなかった、ムト・ジャンヌダルク」
「へ? いや! いいですって! 頭を上げてくださいよ、メイリスさん!」
「君の真意に気づかず、挙句の果てには、無様に心を奪われた姿を晒し、しかもそこから私を解放してくれたのも君だ。私は自分が恥ずかしい」
「メイリスさん……」
言っておくが、恥ずかしいのはこっちの方だ。
とんでもないことになった。
この人たちに俺の嘘がバレることは許されない。
この嘘は墓場まで持っていくぞ。
そのつもりでここから先は過ごしていこう。
もちろん、謝罪の気持ちを身体で示してくれるならば、俺は素直に受け取るだろう。
俺が誰かを許す基準は誠意ではない、必要なのは性意だけだ。
「だが、これからは、私たちにも君の正義を手伝わせてはくれないだろうか? 償いとして、私も君の力になりたい」
「それは僕も同じ気持ちですよ。ある程度、会長が怪しいということは予想していたのに、僕はあの人を止められなかった。完全に僕の落ち度です」
「…ヒトラー、気づいてたの?」
「はい、疑惑程度ですがね。だから僕は会長の心理掌握魔法にある程度
ナルシー王子改め、ビル・ザッカルド・ヒトラーは少し自嘲する。
彼らは一体何と闘っているのだろうか。
メイリスさんは手伝わせてくれと言っているが、肝心の俺は自分が何をすればいいのか全くわかっていない。
「……俺も一つ、お前に質問がある」
「ん? あ、何ですか? え、えーと、セトさん、でしたっけ?」
すると今度は、ここまでほとんど口を開いていなかった紅髪の男、セト・ボナパルトが話しかけてくる。
個人的に苦手な人だ。
なぜなら目つきが悪く、顔が怖いから。
中学生時代にいた不良の楠木くんにそっくりでもある。
彼も俺と同じぼっちだったが、きっと仲間意識を持っていたのは俺の方だけだろう。
「お前は黒い刀を持っていたはずだ。あれはどこにやった?」
「刀?」
「ああ、そういえばセト君は“至上の七振り”を集めているんでしたっけ? 思えば、ムト君に闘いを挑んだのもそれが理由だと言っていましたね」
楠木くん、じゃなくてセトさんの苛烈な視線に俺はちびりそうだ。
黒い刀。
おそらく俺がケイトの持っていたものを
だがあれがどうしたというのか。
「す、すいません。もう持っていないです」
「……それは見ればわかる。どこにやったのかを訊いている」
「え、えと、失くしました」
「…………」
沈黙が痛い。
正直に言えば、あの刀は今すぐ創り出そうと思えば創り出せるが、そうした方がいいのだろうか。
「なら、俺はもうお前に用はない。俺は行かせてもらうぞ」
「な! どういうつもりだボナパルト! 今から私たちは、皆でムトの力になるのだろう!?」
「勝手にやってろ。俺は世界が滅びようがどうなろうが興味はない」
「貴様……!」
すると突然セトさんは、踵を返してこの場から離れようとする。
なんとも自由な人だ。
俺が生まれながらのぼっちだとすれば、彼は生来の一匹狼というところか。
ちっ、カッコつけんなよ。
このパリジェンヌ野郎が。
「おっと、それは困りますね。僕の作戦にはセト君も必要なんですが」
「作戦? お前はお前でいきなり何言いだしてんだよ、ヒトラー」
しかし意外にもヒトラーも、セトさんが離脱することには反対派のようだ。
俺と違って誰かに必要とされるタイプか。
でも俺にはクレスティーナさんがいるもんね。悔しくなんないもんね。
さて、そんな卑屈は置いといて。
それにしても作戦か。なんだか嫌な予感のする言葉だ。
「そうだ! クレスティーナさんはたしか至上の七振りの一つを持っていましたよね? ……セト君! もし僕たちに協力してくれるなら、“無形のメタモルフォーゼ”を君に譲りましよう!」
「お、おい!? お前なに勝手なこと言ってんだよ!?」
「……何?」
セトさんの足がピタリと止まる。
ヒトラーはクレスティーナさんに胸倉を掴まれているが、どうやらそこまでする甲斐はあったようだ。
というかいいな。ご褒美じゃないか。
俺もクレスティーナさんのお尻に踏みつけられたい。頼めばやってくれるだろうか。
「お願いしますよ、クレスティーナさん。貴女もムト君の役に立ちたいでしょう?」
「ぐっ……それはたしかに、助けられっぱなしってのも嫌だけど……ちっ、しゃあない。レウミカ、あれ出しな!」
クレスティーナさんが顎をしゃくると、レウミカは特に表情を変えずに腕輪を触る。
するとその瞬間、別段特徴のなかった腕輪は大きく形を変え鎌のような形をとった。
質量保存の法則はどうやらこの世界にはないらしい。
「……いいだろう。それを貰えるなら手伝ってやる。お前の言う作戦とやらが終わったら、メタモルフォーゼは俺のものだ」
「それにしても本当に凄いですね、この剣。あの腕輪がそうだったなんて、全然気づきませんでしたよ」
「おいヒトラー、お前この諸々の厄介事が片付いたら覚悟しとけよ?」
肩を竦めてヒトラーは調子に乗った笑みを見せる。
そしてヒトラー、クレスティーナさん、ガロゴラールさん、セトさん、メイリスさん、ユラウリちゃんは自然と並ぶような形を整えた。
なんとなく役者は揃った、みたいな雰囲気を感じる。
一体何が始まるっていうんです?
「それではここで、僕から一つ作戦があるんですが、よろしいですか?」
「いいから勿体ぶってないで早く言えよ」
白銀の世界で、静寂を保たたせないのは、やはりこの男。
皆が耳を澄ましているがわかる。
仕方がないので俺も、大袈裟な口上をするキザ野郎の言葉に耳を傾けた。
おそらく、いや間違いなく俺にも関係している話だろうからな。
「まずムト君には、近いうちに起きるであろう戦争を未然に防いでもらいたい」
「お、俺がですか?」
思わず疑問形の言葉を返してしまう。
このキザナルシー、いきなり何を言っているんだ?
戦争を未然に防ぐだって?
いや、無理だろ。
馬鹿言うな。
俺を誰だと思ってる。
天下のチキン・オブ・ゴッドだぞ?
「わかっています。ムト君からすれば、会長がとうとう動き出したことを知った今、今すぐ彼らの本拠地に行きたいのでしょう。しかし、それはどうか、僕たちに任せてはくれませんか?」
腹の立つ微笑を隠し、ヒトラーは真剣な顔を俺に向ける。
ふざけるなよこいつ。
なんだこの断りにくい雰囲気は。
「……わかりました」
「よかった! ではムト君には、一度オリュンポス島に行ってもらい現状の確認、レイドルフさんがまだ島にいれば彼と合流、そしてその後、法国クレスマに向かってください」
「しかし、リンカーンはまだオリュンポス島にいるのか? 奴は転移魔法が使える。私たちがいないと気づいたのなら、もう別の場所へ瞬んでいる可能性の方が高いだろう」
「さあ、どうでしょう? レイドルフさんも、会長の魔法にやられている可能性は……まあ、それはなさそうですね。ムト君ほどじゃありませんが、あの人も別格ですから」
すっかり放置されているレウミカパパだが、別に人気がなかったり影が薄いわけではなく、単純にほうっておいても大丈夫だと判断されるくらい実力を信用されているようだ。
だけど今頃、あの人一人で何してるんだろ。
「というか今、思い出したけど、あたしクロムウェルにもアイスバード送ってたわ」
「え? あの子にも送ってたんですか? ……すいませんが、ムト君。それではエデンの回収もお願いできますか?」
「エデン? えっと、どんな人なんですか?」
「栗毛で癖っ毛の女の子です。……まあ、たぶん実際に会えば、向こうから勝手に自己紹介してくれますよ」
「そ、そうですか。わかりました……」
なぜかヒトラーが微妙な表情をしていることがかなり気になるが、訊くのも訊くので怖いので無視しておく。
とりあえず俺は今度こそオリュンポス島に行き、そしてレイドルフさんとエデンとやらを回収次第、戦争を止めにクレスマへ向かえばいいんだな。
うわ。凄く面倒臭そうだ。
まだ見ぬエデンちゃんがエロ可愛いことだけを期待して頑張ろう。乳輪大きめの癒し系巨乳だったらいいな。
「それで、ムトの方はいいとして、あたしたちはどうするんだ?」
「それは今から話します。とっておきの作戦を」
咳払いをして仕切り直すヒトラー。
この様子から察するに、彼らは俺と別行動になるようだ。
ああ、クレスティーナさん、もうお別れなのか。乳揉みてぇ……。
「僕たちの方はホグワイツ王国に向かい、WMS本社に忍び込もうと思います。そして内部から叩く」
「…忍び込む? どうやって」
ユラウリちゃんが、可愛いく小首を傾げる。
これで俺より遥かに年上とか。
ロリータって何だろう、そんな哲学的な気分になるな。
「彼らは僕たちが、まだ洗脳されている状態と知らされているはず。それならば、容易く忍び込むことが可能でしょう」
「は? お前たちの魔法が解けていることくらい、さすがに気づいてるだろ?」
「いえ、そうとも限りません。クレスティーナさんとガロゴラールさんの二人に心理掌握の魔法をかけられなかったように、会長の魔法はある程度近づかないと発動できません。それならば逆に、ある程度会長に近づかない限り、解除されたことも悟られないのでは?」
「そう上手くいくものなのか? その予想が外れていたらどうするつもりだ?」
「バレたら、その時はその時です。力づくでいきましょう。腐っても僕たちは九賢人ですから」
メイリスさんの追問に、ヒトラーは軽く笑う。
難しいことはわからないが、彼らも彼らで何やら面倒そうなことをやるつもりのようだ。
「……それで、ここで一つ確認をしたいのですが、そこの二人はこれからどうするつもりですか?」
「え? わ、私ですかっ!?」
「何かしら」
するとここで、これまで蚊帳の外だったレウミカとマイマイにスポットライトがあたる。
何やらヒトラーは、この二人にも役柄を与える準備があるらしい。
しかし大丈夫か?
レウミカはともかく、マイマイにできることなんて大してないぞ?
「マイマイさんには、そのままマイ・ハーンの役を、そしてレウミカさんには“鍵”の役をして欲しいんですよ」
「えぇ!? む、無理ですよ! そのマイ・ハーンって人、
「その点は大丈夫です。僕が
「そ、そんなこと言われても……ご主人!」
「え? 俺?」
マイマイが訴えかけるように俺を見てくる。
これはどうするのが正解なんだ?
できれば彼女とはあまり離れたくないが、だからといって戦場に連れて行くのも気が引ける。
向こうはあくまでスニーキングミッションだし、なんといってもクレスティーナさんが付いてくれている。
「そうだなぁ……ヒトラーさん。マイマイの安全は保障されますか?」
「もちろん。それに関しては、僕たちの命をかけて」
「じゃあ、マイマイをよろしく頼みます」
「ちょっとご主人!?」
「ほら、護身用にこれやるから」
「うぇ!? こ、これはご主人の弓……!」
とりあえず創り出したはいいが、もう使いどころのあまりなさそうな弓矢を渡しておく。
それでもマイマイの瞳がやや潤んでいるのを見ると、今言ったばかりの台詞に早速後悔を覚えた。
よし、決めたぞ。
俺は俺のやることをなるべく早く終わらせて、マイマイたちの増援に向かおう。
もとはといえば、俺が過去に色々やらかしたせいでこんなことになっているんだ。
全て俺が終わらせる。
そしてクレスティーナさんの胸にもう一度飛び込むんだ。
そんでもって赤ちゃんプレイを、心行くまで楽しんでやろうじゃないか。
「……あの、私はその鍵というものをよく知らないのだけれど?」
「ああ、鍵というのはある少女のことです。まあ、それに関しては道中で色々と説明しましょう。レウミカさんは、その鍵の少女と偶然にも髪の色と瞳の色が同じなので、色々誤魔化す時に役立つと思って」
「なるほど、そういうことなら。了解したわ」
レウミカはレウミカで何やら覚悟を決めている。
俺と一緒にお父さんのとこに行きたいとかないのだろうか。
レウミカが強い子なのか、それともやはりあのお父さんの人気がないのか、判断しかねるところだ。
「それでは、話は纏まりましたね? 破滅への時間は刻一刻と迫って来ています。準備が出来次第行きましょう」
「あ、あの、ごめん、ちょっと待って!」
「どうしたんですか? ムト君」
だが俺はここである事実を思い出す。
なんだか一斉に動き出す気配だが、そういえば俺はオリュンポス島への行き方をまだ知らなかった。
「俺、実はオリュンポス島に行ったことがないから、転移できないんだけど……」
「ああ、そうだったんですか?」
「レイドルフの魔力でも探知して、瞬べばいいんじゃない? ムトにはそれができるんだろ?」
「いや、それは危険だろう。リンカーンがまだオリュンポス島にいるとは限らないからな」
ヒトラーが顎に手を当て考え込む。
一々絵になる奴だな。ナルシー王子の名前は伊達じゃないってことか。
そんな風にどうでもいい嫉妬で遊びながら、俺は人任せに解決策を待つ。
「なら僕に任せて下さい。僕の黄金がオリュンポス島にもまだ残っています。オリュンポス島以外に存在する僕の黄金を今全て消しますので、あとは僕の魔力を辿っていただければオリュンポス島にいけるはずです」
「あ、そうですか。すいません。助かります」
「ははっ、いいですよ。それにしても、本当に戦闘中以外は雰囲気が変わりますね?」
オリュンポス島以外に存在する黄金を全て消すとか言ってるが、大丈夫なのだろうか、色々と。
しかし尋ねるほどの興味を持ち合わせてるわけでもないので、俺は真面目な顔で一つ頷いておくに留める。
「さて、それでは、今度こそ、準備が出来次第行きましょうか。まずはムトさんが先に転移することになりますかね」
「あ、うん。俺はもう準備はできてるよ」
「なら、早速」
身体に積もった雪を払いながら、俺はこれから先のことを思い浮かべる。
墓参りや、ルナに会いに行くのも、まだまだ先になりそうだ。
世界の危機、そんな言葉は俺にとって現実味がやはりない。
しかし求められるならば応えよう。
俺が選んだ世界だ。
俺の手で守れるものならば、守ってやる。
それに戦争止めた英雄って、文字面カッコいいし、凄く女性受けがよさそうだ。
「それじゃあ、マイマイ。しばらくの間、お別れだ。ちょっくら俺、戦争止めてくる」
「……ご主人。絶対迎えに来てくださいね? 約束ですよ?」
「任せろって。なんたって、俺はマイマイのご主人様だからな」
「……だから心配なんですよ」
クスリと笑うマイマイを見て、ひとまずは安心。
心なしか、空を舞う真っ白な粉雪が、俺に歓声を上げる花吹雪に見えてきた。
まったく、前振りにずいぶん時間がかかってしまったな。
でもこれからだ。
俺はここから、超モテモテなセカンドライフを始めるのさ。
そしてちょっぴり弱気な我がメイドに手を振り、とうとう俺は英雄譚の幕を上げる。
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