普通に考えて胸、悪くてお尻、限界は太腿
「それで、これからどうするんですか?」
「う~ん、そうだなぁ」
結局最後まで謎に包まれたままだった洋館から場所を移し、俺たちは立ち止まっているのもなんなので散歩がてら森をぶらついていた。
どこを見渡しても、やはり燈火代わりの光以外には何の明かりも見えない。
おかげで俺の時間感覚は順調に狂い始めている。
この森は一体どこなんだろう。
さすがにアミラシルや、クレスマと別の大陸ではないと思うけど。
「とりあえず墓参りにでも行こうかな。それとも、先にお兄さんに会いに行った方がいいか?」
「お兄さん? ご主人には兄弟がいるんですか?」
「いや、直接俺の兄ってわけじゃない。俺の知り合いのお兄さんだよ」
「ふーん。まあ、私はこの森以外ならどこでもいいですけど。だって、景色がずっと同じでつまらないですし。あと、真っ暗で薄気味悪いです」
まだ覚醒して間もないというのに関わらず、マイマイはこの状況にやけに順応している。
そんな彼女は俺のいやらしい視線を避けたいのか少し後ろを歩いていた。
それにしても、やっぱメイド服って最高っすね。
この服を考えついた人に感謝の手紙を送りたいくらいだ。
「あー、でもルナちゃんにも会いに行きたいな」
「それは誰ですか?」
「ん? 知りたい? 知りたいの? じゃあ、しょうがない。教えてあげよう。ルナちゃんというのは、俺のガールフレンドのことさ!」
「さすがに、ご主人の頭の中に行くのは嫌ですね」
「ウェイウェイウェイト!? 違うよ? 架空の存在とかじゃないからね? ちゃんとルナちゃんは現実に存在してるからねっ!?」
「はぁ、私を創り出した時点でまともな人ではないとわかってたけど……先が思いやられるなぁ」
虚ろな目で遠くを見つめる俺のメイドは疲れた溜め息を吐く。
ルナ、彼女は今頃一体どうしているのだろうか。
何も言わずに離れ離れになってしまったけど、俺のことを心配とかしてくれているかな?
まあ、それはないか。
昔から俺は他人の感情に敏感だったからよくわかる。
彼女はべつに俺の事を好いてなどいなかった。
ずっと隣りにいたルナの瞳の種類を、昔から俺は知っている。
あれは傍観者の瞳だ。
俺が体格の良いバスケ部の小林君に殴られるのを、少し離れたところから眺めるクラスメイトの瞳にそっくりだった。
でも、それでも、もう一度くらい会いたいな。
「なあ? そういえばマイマイは魔法とか使えるの?」
「え? 魔法、ですか?」
「うん。魔法」
マイマイの言う通り景色に変化がない森に、同じく若干飽きが訪れ始めていたとき、俺はふと気になったことを尋ねてみる。
この世界ではどんな生き物も魔力を宿しているはずだったが、それは人形であるマイマイにも当てはまるのか不思議に思ったのだ。
「すいません、ご主人。その魔法というものがわからないんですけど」
「あ、そっか。マイマイは生まれたてのマイリトルベイビーみたいなものだから、この世界に関する知識がほとんどないんだっけ」
「その言い方は凄い癇に障りますが、まあだいたいそんな感じです」
だがその疑問は二言三言では解決されないらしい。
記憶力その他もろもろが脆弱な俺はすっかり失念していたが、冷静に考えればマイマイはこの俺よりも世界に対して無知だった。
それはもう魔法という摩訶不思議概念を認知していないほどに。
仕方がないな俺のメイドちゃん。
この僕チンが手とり足とり教えてあげようじゃないか。
「じゃあ俺が、この世界のことをある程度教えてあげよう。特別だゾ?」
「……顔が物凄く腹立たしいですが、お願いします」
寛大な俺はメイドの失言にも気づかない懐の広さを見せながら、知る限りの知識を教えていく。
俺は誰かに物事を教えるのがもちろん得意ではないが、マイマイの地頭が良いのか特に滞りなく授業は進んでいった。
「魔力っていうのを動力源にして、発動するのが魔法ということでいいんですか?」
「うん。たぶんそんな感じ」
「でも私に魔力ってあるんですかね? なんかそれっぽいのは感じるんですが、どうも外に出せる気がしないというか。ご主人はどんな感じで魔法を発動させるんですか?」
「どんな感じと言われてもなぁ。基本俺が使うときはフィーリングだし、本格的に使うときは意識ないし」
「フィーリングか無意識の二択って凄いですね」
俺が凄い? やっとそんな簡単なことに気づいたのかこのメイドちゃんは。
俺は常人なら余裕で身を投げるような不幸の中、三十三の人生を煩悩だけで全うした超人だぞ?
もしエロリンピックが開催されれば、文字通り金メダルを総ナメナメするだろう。
「百聞は一見にしかず。なら俺が華麗に魔法を使う様を実際にみせてあげるよ。驚くことなかれ、惚れることは許す」
「おお! いいですね! ここまで一切尊敬できることがなかったご主人の見せ場ですね? ぜひ見てみたいです!」
マイマイはパチパチと拍手をする。
中々俺をおだてるのが上手な子だ。
言葉の中に少し棘が混ざっているのが、俺のマゾ魂をいい感じに刺激していてなおポイントが高い。
気分がよく乗ってきた俺は、どうすれば一番カッコいい印象を彼女に与えられるかを、自前の摩擦係数が低い脳味噌で計算してみる。
やっぱりあれかな。
見るからに悪そうな怪物をサクッと倒したら一番映えるかな。
「魔物退治。やっぱりそれが魔法を見せるにはベストだろ」
「強そうな怪物を魔法使って颯爽と倒すんですね!? なんか私ワクワクしてきました!」
「だろう? さーて、どっかにちょうどいいやられ役いないかな? こんだけ不穏な感じ溢れる森だったら醜悪な魔物が一匹くらい、いてもいいと思うんだけど」
「でも本当に大丈夫なんですか? 実はご主人クッソ弱くて即バッドエンドとかやめてくださいよ?」
「まあ任せろって。あまりに怖い怪物が出てきたら俺失神しちゃうかもしれないけど、むしろ失神した方が俺強いから」
「言っていることはサッパリわからないですけど、顔はやけに自信満々なんで大丈夫そうですね」
少しだけ歩くペースを上げる。
しかし森は相変わらず悄然としていて、俺とマイマイ以外の姿はまるで見つからない。
一体どうなってるんだ。
普通こういう場所って、オレサマ、ニンゲン、クウ、みたいな魔物がウヨウヨしてるんじゃないのか?
「中々いないなぁ、魔物」
「そうですね。もしかして、ここら辺なんか大きい魔物のテリトリーなんじゃないですか? この辺りに近づくと絶対殺されちゃうー、みたいな」
「えぇ、なにその怖いけど当たってそうな推測……」
もはや当たり前になり始めていた静寂が、ここで改めて恐怖に変わる。
というか本当に暗いなこの森。気のせいか空気も薄い気がするし。
どれほど歩いても終わりの気配はまるでしない。
何かしら別の方法を取った方がいいかもしれないな。
「なんか周囲を探る魔法とかないんですか? ご主人?」
「うーん、そういえば探知魔法とかいう魔法があったような気が」
「じゃあそれ使ってみてくださいよ。あとワープとかできないんですか? 別に疲れたわけじゃないですけど、もう本当飽きちゃいました」
「転移の魔法もたしか使えるはず。そうだな。とりあえず一番近い生き物のところまで転移してみるか」
そろそろ変化を欲してきた俺は、マイマイの助言を受け入れて近道を使うことにする。
久し振りの休暇をジャンヌには与えたばかりだが、申し訳ないけど少し力を貸してもらおう。
というかワープなんて言葉をこの世界で聞けるとは思わなかった。
相変わらずこっちの言語体系はよくわからない。
日本語がこっちでいうホグワイツ語で、英語っぽいのが古代エルフ語だったか?
そのうちこっちの世界の歴史を学ぶのも楽しいかもしれない。
俺は頭こそ悪いが、勉強が嫌いなわけではないのだ。
「(おい、ジャンヌ。ちょっといいか?)」
【ムト、何用だ?】
さすがジャンヌパイセン。
マイマイに変人だと思われないように、かなり声のボリュームを下げているのだが、びっくりするほどの反射速度で俺の言葉に対応してくれる。
「(この近くの魔力を探って、そこまで転移する事とかできるか?)」
【ああ、可能だ】
「ご主人、何ぼそぼそ一人で喋ってるんですか?」
「気にしないで気にしないで!? こ、これは魔力を探ってるんだよ! つまり集中タイムってわけ!」
「なるほど」
案外目ざといマイマイが声をかけてくるが、素晴らしい俺のアドリブによってなんとか事なきをえる。
さて、いっちょカッコいいところ見せちゃいますか。
「(よし。じゃあ、この近くで一番魔力の反応が小さいところまで連れて行ってくれ)」
【叶えよう】
これまで俺はジャンヌに頼りぱなっしだった。
もちろんこれからも頼りまくるつもりだが、たまには俺だけの力で何かを成し遂げてみようと思う。
まあこれもいざとなったらジャンヌがいるという、安心感がなせる無茶なわけなのだが。
「行くぞ、マイマイ! 俺の力を見せてやる!」
「え!? 急ですね!?」
瞬間湧き上がる魔力。
俺の意識は急激な速度で薄まり出している。
だけど問題はない。
今回はすぐに目を覚ますつもりだ。最近は少し眠り過ぎたからな。
それに一応保険もかけておいたし、多分大丈夫だろう。
人生初の魔物退治、ほんのちょっとだけ楽しみだ。
そして優しい光に包まれ、俺たちはメイドを引きつれ瞬(と)ぶ。
「え、な、なんで?」
「うわ、凄い。本当に瞬間移動ですね」
しかし、一瞬閉じた瞳の先に映るそれは、魔物にしてはあまりに可憐で、美しい。
湿っぽい風に靡く髪は銀色に煌めき、先ほどまでとは違い微かな光零れる森中で覗く瞳は翠色。
「……ムト・ジャンヌダルク? なぜ君がここに……?」
あれ、この人誰ですか。ご主人の知り合いですか。なんてマイマイが俺に訊いてくるが、それどころではない。
なぜ君がここに。
そうあまりに突然過ぎる懐かし人は繰り返し問いてくるが、それを教えて欲しいのはこっちの方だ。
「……レウミカ?」
彼女と最後に別れた日は、いまでも覚えている。
だけどまさか別れた時と同じような場所で、再び出会うことになるなんて予想できるはずがない。
「キシャァァァァッッッッ!!!!!」
俺の背後から聞こえるまた別の声。
どうやらそちらは人間のモノではなさそうだ。
予定外の事態を苦手とする俺のポンコツヘッドは、やはり機能を一時停止している。
レウミカの瞳に浮かぶのは困惑と疲労。
凄まじい威圧感は俺の後方から。
せっかく自分の意志で魔物退治をしてみようと思っていたのに、キャパオーバーにより俺の心はもう折れかけ。
ちょっと待ってくれ。
一体どうなってるんだ。なぜ彼女が目の前にいる。
思い出すのはほろ苦い記憶。
俺の匂い立つ不審者感のせいで、長閑で安穏なデーズリー村を追い出されたのも今や懐かしい思い出だ。
いや、待て。
よく考えたらそんなに前のことでもないか?
俺がこちらの世界に来てからどれくらい経ったのだろう。
「キシャァァァァッッッッ!!!!!」
悪癖である現実逃避を思わず発動させていると、俺のチキンハートが危機を察知する。
感じる。
背後から凄まじい圧力が俺に迫って来ているのを。
「ご主人! 後ろ! 後ろ!」
無言で俺を見つめる続けるレウミカは一旦置いといて、俺は危険センサーがビンビンに反応する背後へ振りかえると、案の定そこにはおどろおどろしく蠢く闇の姿が遠くに見えた。
驚異的な視力が鮮明に捉える数多の怪物たち。
太く長い脚が八本。
触り心地の悪そうな毛がびっしりと生え、複眼は紅く光っている。
超気持ち悪い。
馬鹿でかい蜘蛛の大群が、餌を目の前にした犬のような勢いでこちらに向かってきているじゃないか。
「キッモ……おいおい勘弁してくれよ」
「凄い数の魔物ですね、ご主人! あれ全部一人でやっつけられるなんて! さあ! やっちゃってください!」
「お、おう。そうだな」
すでにテンションは最底辺。
正直今すぐにジャンヌに代わりたい気持ちでいっぱいだが、それをなんとか堪えて俺は前方を見据える。
小さめの象くらいの大きさがある蜘蛛が殺到する光景。
正直言ってめちゃくちゃ怖い。
というか恐怖に足がすくんでいて、俺は今ほとんど動けない状況だ。
このハイスペックな肉体さえ恐慌状態に陥らせる、俺の豆腐メンタルはもはやチートを超えたと言っていいだろう。
「凄いですご主人、正直驚きです! ただのクソゴミヘタレエロチキン野郎だと思っていましたが、あの怪物の群れを目の前にして、一歩も後退りせず、微動だにしないなんて!」
「ま、まあな」
ガチガチと高速振動する顎を片手で抑え、腰を抜かしただけの俺を素敵に勘違いしているメイドに余裕を見せる。
出来れば同時に、爽やかなイケメンスマイルを送りたかったのだが、さすがにそこまでやれる余力は残っていなかった。
「キシキシキシキシキシキシッッッッ!!!!!」
化け物どもはどんどん迫って来ている。
考えろ。あの害虫を一斉駆除する方法を。
魔法を使う? 無理だ。やり方よくわからん。
まともに使えるのは
じゃあ武器を創ってそれで闘う? いけるか? 剣は無理。
虫を直接斬りつけるとかキモ過ぎて不可。あと近づきたくない。
遠くから安全に攻撃できる武器……銃か、弓だな。
クレーン射撃部より、弓道部の方がエロイ。
よし! 決定だ!
あの気色悪い蜘蛛は全員射殺してやるぜ!
「《弓矢》!」
善は急げと黒い漆塗りの弓を創造し、当然正しい持ち方など知らない俺は、イメージで適当に構える。
手がプルプルと揺れるが、これが怯えのせいか緊張のせいかなのかはわからない。
「ってあれ? ご主人、弓で闘うんですか? 魔法を見せてくれるんじゃ」
「…………」
細かいことを気にするメイドは無視して、俺はとうとう変な色の涎が放つ悪臭まで届く距離まで迫った怪物を射定める。
基本的に疲れを知らない超人的な肉体を持つ俺のことだ、それっぽく撃てばなんとかなるだろう。
というかなんとかなってもらわないと困る。
「集中……!」
弦はぴんと張り、弓は大きくしなり独特の音を奏でている。
怪物の内、一匹が前に出る。
いい度胸だ。
しかし悪いが、それ以上こちらに近づくことはこの俺が許さない。
というかそれ以上こっちに来ないでくれキモ怖いから。
「……おりゃっ!」
――ギュンッ!
ついに解き放たれた俺の矢一閃。
空を穿つ風切り音。
俺自身ですら視認が一瞬遅れた一矢は、見事に荒々しく蠢く巨躯に届く。
「え……ご主人、マジですか」
視線の先で飛び四散する怪物。
俺の一撃はコントロールが悪かったのか、掠るような弾道を通ったはずだが、なぜか当たった蜘蛛はバラバラに砕け散る。
なんだこの威力。まぐれか?
試しにもう一度、適当に撃つ。
「キシャッ――」
再び怪物は見るも無残に四散。
派手に緑色の漿液が飛び散る。
原型を留めていない蜘蛛がもうすでに二匹。
これ、もしかしていけるんじゃないか?
「オラオラオラッ! 愚かな蜘蛛どもよ! 我がイケメン伝説の礎となれっ!!! ヒャッハァッ!!!」
「きゃー!! ご主人凄いっ! 過ごすぎですっ!! こんなに弓使うの上手だったんですね!」
俄然調子づいてきた俺は、さりげなく後退しながらもノリノリで矢を放っていく。
そのうち一匹を貫いた矢が、さらにその後ろにいる蜘蛛を次々葬ってみせるようにまでなる。
俺が矢を射る度に弾け飛ぶ怪物。
腰が抜けていることも忘れて、なんだか楽しくなってきた俺は片っ端から迫る化け物を射殺していった。
「お……なんだ? もう終わりか?」
「うっわぁ! 超グロテスクです! 魔物のグチャった屍体がいたるところにっ! キモイ! 鬼キモイです!」
できればキモイという言葉を俺の顔を見つめながら連呼しないで欲しかったが、実に気分の良い俺はそれを指摘しない。
気づけば蜘蛛の大群は撤退を開始していて、もうその背中はだいぶ遠くに行ってしまっていた。
人生初の魔物退治。俺にしては中々上手くできたんじゃないか?
「相変わらずね、君は」
だが、どうも俺の予想通りの印象を周囲に与えられているわけではないのがいつも通りの展開さ。
やっと完全に言うことをきくようになった足を動かし、声のかけられた方へ顔を向けれけば、そこには銀髪の美少女が一人。
命の危機に突如現れ、颯爽とその窮地を救った
俺は自分のことをそんな風に認識していた。
普通に考えて胸、悪くてお尻。
ここから俺にはご褒美として甘くて熱い展開が待っていると思っていたんだ。
だけど、どうやらそれは大きな勘違いだったらしい。
「ムト・ジャンヌダルク……やはり私は、君のことが大嫌いだわ」
悲しいかな、どうもこの様子だと太腿で限界そうだ。
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