No.3 イントゥー・ブラックリスト



 まったく気づかない内にガラの悪そうな男たちに囲まれてしまった俺たちは、そのまま村の外れにある人の長年住んでいなそうな民家に連行されてしまった。

 ジャンヌが強制的に俺の人格を乗っ取っていないことから、明確な敵意がこの男たちに存在しないことはわかってる。

 だがそれでもこんな人気のなく埃臭い場所に連れてこられると気が気でない。

 なんだかお尻の穴がキュッとしてきた。


「ここで少し待ってろ」

「あの、すいません。なんで俺たちはこんなところに?」

「お前ら、革命軍に入りたいんだろ?」

「は、はあ。まあそうなんですけど……?」

「なら大人しく待ってろ」


 そう言うと男の一人は外に姿を消す。

 どうやら彼らが探し求めていた革命軍にメンバーのようだが、どうも心が落ち着かなかった。

 最初はなぜ俺たちが革命軍入隊志望者だとわかったのか不思議だった。そこまで大きな声で話していたとは思えなかったからだ。

 しかし聞けばどうも俺とクアリラ、特に俺の方が一目でこの辺りの人間ではないとわかったのが理由だという。

 このタイミングでエルカーペンダルにいる異邦人は、全て革命軍入隊希望者ということだ。事前に革命軍採用試験開催のビラでも配っていたのかもしれない。


「な、なあ、クアリラちゃん。俺たち大丈夫だよね?」

「はぁ……呼び捨てでいいよ。なんかお兄さんにちゃん付けで呼ばれると気持ち悪いし」


 ボサボサ頭の少女クアリラは見た目とは裏腹に肝が据わっているのか、実に落ち着いている。

 そしてふいに散在的に置いてある椅子の一つに腰掛けて、背もたれに思い切り体重を預けると瞳を静かに閉じてしまった。

 まさかこの子寝たのか?

 信じられない。こんな状況でよくそこまでリラックスできるものだ。

 危険だ。危険すぎる。

 胸は割と慎ましいが、少しサイズの大きめのシャツを着ているので逆に危険な服装になっている。 

 けしからん。まったくもってけしからん。俺が安全に目を光らせなければ。


「ムト?」

「ひぃっ!?」


 その時突如走る戦慄の気配。

 おそるおそる顔を横に向けてみれば、そこは猫目を細めているラーがいた。

 なんだこの冷たい視線は。

 あと爪が若干喰い込んでいる。


「ど、どうしたの、ラー?」

「ムト? わかってるわよね?」

「は、はは……いったいなんのことやら……」


 肩にのしかかる爪の喰い込みが威力を増す。

 この小癪なエロニャンコめ。

 俺は仕方がないので、大胆不敵なお昼寝タイムに入ったクアリラの身辺警備を中止した。


「おい、お前ら、来たぞ」


 しばらく周囲に気づかれないようにチンポジを調整し回して時間を潰していると、先ほど出ていった男がまた別の人間を引き連れて戻ってきた。

 新たにこの廃屋にやってきたのは、背がスラリと高い軟派そうな男だった。

 プラチナブロンドの長髪を靡かせ、物珍しそうな顔で俺たちのことを覗き込んでいる。


「やあ、こんにちは。僕の名はリックマン。革命軍南部遊撃部隊の指揮官をやらせて貰っている者だ」


 リックマン。

 子供のような高音で喋る男は自らをそう名乗った。

 どうやら彼こそがセトさんの言っていた革命軍の幹部の一人らしい。


「ど、どうも、こんにちは。俺はムト……ニャンニャンです」

「ムト・ニャンニャン? へえ。どうぞよろしく」


 俺が一瞬自分でも忘れかけていた偽名を名乗ると、リックマンは薄く笑いながら握手を求めてきた。

 おずおずと差し出された手を取ると、案外硬く筋肉質な肌触りに驚く。

 見た目こそチャラいが、彼も本物の戦士なのだとわかった。


「それで、そっちの君も入隊希望なんだよね?」

「ってあ。お、おい! クアリラ! 起きろって!」

「……うん? あぁ、どうもこんにちは」

「こんにちは」


 俺の方が肝を冷やしてしまう。なんとクアリラはここでやっと目を覚ました。

 もはやメンタルが強いというかそういう次元ではない。

 だいたい革命軍の幹部相手にもこの態度なのか。

 一応これは採用面接みたいなものなんだぞ。絶対ゆとり世代だこの子。


「はぁ……もしかしてあなたがリックマン?」

「そうだよ。君は?」

「私はクアリラ」

「そうか、クアリラ。どうぞよろしく」

「はあ、どうも」


 だがこんな失礼な若者にも、リックマンは笑顔を絶やすことなく手を差し出す。

 中々に有能そうな男だ。

 しかもその微笑みは作り笑いではなく、どうも本気で面白がっている気配がする。

 

「さて、それじゃあ簡単な自己紹介でもしてもらおうかな。名前はもう聞いたから、なぜ革命軍に入りたいのか、どこの出身とか」


 するとリックマンは一度パンと手を叩くと、話題を次へ移行させる。

 自己紹介か。あまり得意分野ではない。

 昔に就活で無言で十分間ほど過ごし、最終的に泣きながら部屋を飛び出したことを思い出してとても気分が悪い。


「じゃあまずは、肩に猫を乗せた君から」

「ピョっ、お、俺はムト・ニャンニャンです」

「だから名前はもう聞いたって。君、出身はどこ? こっちの出身じゃないよね?」


 突然の指名に案の定奇声を上げ、見当はずれの返事をしてしまう。

 そういえば俺にはさっぱりわからないが、この世界の人々はどうやって違う大陸の人種を見分けているのだろう。俺にはそこまで明瞭な違いがあるとは思えない。


「あ、ああ、すいません。実は俺、記憶喪失で、三年より前のことを覚えてないんです。だから自分がどこの出身かはちょっと……」

「記憶喪失? へえ? そうなんだ」


 俺がいつも嘘設定である記憶喪失を宣言すると、意外にもリックマンは素直に信じてくれた。

 この設定を疑わなかったのは、彼が初めてかもしれない。

 なんて良い奴なんだ。俺の中で少しリックマンの好感度が上がった。


「じゃあ、革命軍に入りたい理由は?」

「え、えと、その、俺、革命軍の総指揮官のヴィツェルさんのファンで」

「ファン? ……わはははっ! ファン、ファンか! な、なるほどね。わかったよ」


 なぜか急に大声でリックマンは笑いだす。

 どうやら笑いのツボが独特なお方のようだ。

 志望動機に関しては事前に少し考えておいたので、そこまで不審ではないはず。

 俺はまだ腹を抱えているリックマンに合わせて、一応愛想笑いをしておいた。


「おーけー、おーけー。もう君はいいや。次は君の番」

「はぁ……私? あー、志望理由はなんとなくで。出身はホビット」

「なんとなく? ……わはははっ! これは傑作だ。今回の新人は有望だね!」


 そしてクアリラは心底面倒臭そうに、一瞬で問答を終わらせる。

 というか本当にやる気ないなこの子。

 本当に何で革命軍に入ろうとしてるんだよ。

 リックマンは笑い続けているが、後ろに控える部下たちが明らかに機嫌が悪くなっているのを見て、俺はお尻の穴だけではなくお腹までキュッとしてきた。


「ふー、面白かった。さて、これで全員の自己紹介が終わったね」

「待って。私がまだ終わってないわ」

「え?」


 一通り笑い終わったリックマンが、目を真ん丸にして顔を驚愕に染める。

 当然のその原因は俺の右肩の上にある。

 ふんっ、失礼しちゃうわ、みたいな雰囲気を醸し出してるメス猫のせいだ。


「嘘でしょ? もしかして今、君が喋った?」

「私はラーよ。よろしく、リックマン」

「……ぶ、ぶわっはっはっはっ! もう勘弁してよっ! 僕を笑い殺すつもりかいっ!?」


 今度はとうとうリックマンが床を転げ回り始めてしまった。

 アヒャアヒャと笑い過ぎて顔が真っ赤になっている。

 おいおい大丈夫かこの組織。

 最初は結構まともそうだと思っていたが、完全に変人の領域に入ってるぞこの幹部。

 しかもそんなリックマンの背景には、困惑したように彼を見つめる大男たちがいて実にシュールだ。


「はぁ……なにこの人? ちょっと頭のネジ外れてるんじゃない?」


 お前が言うな。

 豪胆を越えて非常識なクアリラさえ引いた顔をしている。

 どうやらこの中で人格的にまともなのは俺だけらしい。


「ふぅ……ふぅ……おーけー、おーけー。わかったよ。よろしく、ムトに、クアリラに、ラー。君たちのことはよくわかった。君たちを革命軍に歓迎する」

「え? 本当ですか?」

「当然だろ? 君たちほどユニークな存在を革命軍が拒む理由は何一つない」


 しばらくして目尻に涙をためながらリックマンが立ち上がると、彼はあっさりと革命軍に入る許可を出してくれた。

 なんてガバガバな組織だ。俺が言うのもなんだが、クアリラとかどう考えても組織に入れるメリットがないと思う。どういう判断基準なのだろう。


「そんでもって君たちはなルーキーだから、ある特別な部隊に配属してもらうことにするよ」

「特別な部隊ですか?」

「うん。実は外部にはあまり知られてないんだけど、僕たち革命軍には四つの遊撃部隊以外に、ほんの一握りの特別なメンバーしか入れない部隊があるんだ。そして君たち二人……おっと失礼、三人にはその部隊の新人として働いてもらうことにするよ」


 なんということだろう。

 理由はさっぱりわからないが、驚異的な高評価を俺たちは頂いたようだ。

 スゥパァエリートしか行けない秘密の部隊に、おそらく新人としては異例の配属がいきなり決まってしまった。

 久し振りにビッグなウェーブを感じる。

 俺の人生でことがここまで順調に進むのは初めてだ。これは案外すぐに総指揮官の下へ辿り着けるかもしれない。


「今から一週間後にエルホインという村に集合してくれ。そこでその秘密の部隊の指揮官と合流する手はずにしておくからさ」

「わ、わかりました! ありがとうございます!」

「はぁ……まあ、革命軍に入れるならなんでもいいかな」


 リックマンは華麗にウインクを飛ばすと、踵を返し外に繋がる扉の方へ向かって行く。

 

「あ、そうだ。もう一人今回はその部隊に新人が配属されることになってるから、仲良くしてね。それじゃ、またいつか会えるといいね」


 そして最後に微妙に気になる言葉を残すと、リックマンはひらひらと手を振り埃塗れの民家を後にし、他の男たちも奇妙な表情を浮かべたままそれについていった。

 思ったより上出来な展開に俺は少し放心してしまい、無意味に立ち尽くす。


「ねぇ、ムト、貴方はどう思う?」

「え? ああ、予想以上に上手くいってびっくりしてるよ」

「あら? 予想以上に上手くいって、ね。本当に貴方って底が知れないわ」


 ラーが感心したように俺を見つめる。

 もしかして人間的にはちょっとアレだが、猫的に見ると俺は魅力的なオスなのだろうか。

 ついにこれまでの苦労が報われて、俺の人生も上昇期に入ったのかもしれない。

 これは脱DTも近いぞ。


「はぁ……私はもう行くね」

「行くってどこに?」

「あー……とりあえず宿屋かな。集合は一週間後でしょ? それまで寝てる」

「寝てるって、一週間?」

「うん……じゃあまた一週間後に」


 俺が慣れない幸運に身を震わせていると、相変わらずダルそうなクアリラもやたら狭い歩幅でボロ民家の外に出ていった。

 あっという間に一人ぼっちになってしまった俺は、ラーがいてもさすがに寂しいのでとりあえず皆と同じように外に出る。

 気づけば時間帯は夕暮れになっていて、俺も一旦宿を探すことにした。


「集合場所はどこって言ってたっけ?」

「そうね。たしかエルホインと言っていた気がするわ」


 エルホイン。当たり前だが知らない場所だ。ラーも行き方は知らないという。

 ご機嫌なリックマンは地図をくれなかったので、誰かに道順を訪ねなければいけなそうだ。

 それとも魔力を探知してリックマンのところに転移して、彼に道を訊いてみようか。いやさすがに革命軍の幹部の下へポンポン瞬んでいくのはまずいかもしれないな。


「あ、そういえばあのバッジ貰えなかったな」


 リックマンをはじめとしてあのイカつい男たちも皆胸に付けていた獅子を模したエンブレム。

 おそらくあれが革命軍の証明だと思ったのだが、まだ俺やクアリラは貰えていない。

 歓迎すると言ってたわりには、リックマンもうっかりさんだな。

 まあいい。俺たち特別なルーキーに相応しい、特別なリーダーから一週間後に貰えるだろう。


 そんな浮かれたことを、自分がスパイであることも半分忘れ始めながら俺は思っていた。




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