No.2 スニーキング・ミッション



 要するにセトさんの頼み事とは、革命軍の総指揮官を見つけ出し、そいつが持っているであろう剣を偽物と取り替えるということだ。

 どう考えても面倒で容易なことではない。というか普通に犯罪行為に近い気がする。

 前世の学生時代に不良に万引きを強制させられたことを思い出し、とっても鬱な気持ちになった。


「お前が魔法で創り出す剣は無駄に性能がいいからな。戦争の道具に使うなら、むしろ本物の至上の七振りより有用かもしれん。そういう意味では人助けだな。誰も損はしない」

「ちょっとセト。たしかに誰も損はしないけど、人助けだなんて本心ではちっとも思ってない事を口にするのは駄目よ。悪い子ね」

「黙れラー。俺を子供扱いするな」


 誰も損はしないとかなんとか抜かしているが、なぜか俺に関するメリットデメリットの計算だけされていないようだ。

 もしこの頼み事という名の命令を聞き、この窃盗行為が隠し通せず本人に露見すれば、俺は革命軍に追われる身となるだろう。

 それはできるだけ避けたい。安心して下半身を露出できない日々などまっぴらごめんだ。


「あ、あのセトさん。その革命軍の総指揮官に会うなんて、そもそもそんな簡単にできることなんですか?」

「いや。革命軍の総指揮官はヴィツェルという名だけは有名だが、実際に表舞台に姿を出すことは滅多にない。会わせてくださいと言って、はいどうぞというわけにはいかないだろう」

「ええ!? じゃあどうするんですか? 俺、革命軍にコネとかないですよ」

「知るか。なんとかしろ」

「そ、そんなぁ」


 なんという無茶ぶり。

 もはや嫌がらせの領域だ。

 絶対この人俺のこと嫌いだろ。

 俺は目の前の麦臭いジョッキを飲み干すと、精一杯の反撃として鼻糞を指で弾き飛ばした。


「おい。お前今、何をした?」

「ヒィっ!? な、なななななにもしてませんよぉ!?」

「嘘をつけ。何かしただろ」

「や、やだなぁ~、セトさん。本当になにもしてませんってば」

「ふふふ、二人とも仲が良いのね」


 勘が鋭いセトさんは俺を目だけで殺そうとしているが、そんなことをされても俺は小便を漏らしそうになるくらいしか怯まない。

 俺だって昔に比べたら成長しているのだ。


「……まあいい。お前にいいアイデアが浮かばないなら、俺から一つ案がある」

「なんですか? 危ないやつは嫌ですよ?」

「お前という存在自体よりはマシだ」


 最後のセトさんの言葉の意味はいまいちよくわからないが、どうにも嫌な予感がする。

 どうせろくな案ではない。聞くだけ聞いて、後はすっぽかして大陸外に逃走することを本格的に見当した方がいいかもしれない。


「俺の調べたところによると、革命軍総指揮官のヴィツェルは幹部以上の存在や、明確な手柄を立てたものには直接会っているらしい。つまりお前が革命軍に入り、ある程度活躍すれば向こうの方から会ってくれるというわけだ」

「革命軍に入る!? お、俺、あんまり革命とか、そういう派手なことはちょっと」

「馬鹿かお前は。誰も実際に入れとは言っていない。入るふりをしろと言ってるんだ」

「私が知る限り、貴方より派手な人間はいないわよ、ムト」


 低能な俺にセトさんとラーの両方から呆れた顔を向けられる。

 どうやら革命軍に潜入、スパイ的なあれをするというのがセトさんの案らしい。

 まったくもって気が進まない。

 革命軍なんて名前からしてむさ苦しくて男子校の香りがする。

 やっぱりすっぽかそう。俺にはジャンヌがついている。

 本気でセトさんから逃げようと思えば、どこまでも逃げられるはずだ。


「わ、わかりました。できる限りのことはしてみます。セトさんの案でやってみましょう」

「そうか……おいラー、こいつについていってやれ」

「あら? 貴方からそんなこと言うなんて意外ね。私はべつに構わないわよ」

「ちょっ!?」


 知らない間に皿のミルクを舐め干していたラーが、軽やかに俺の肩に飛び移ってくる。

 なんてことだ。先手を打たれた。

 まさか俺の邪な考えを見透かされたというのか。腹立たしいほどに勘の良い男だ。今度は耳糞でも擦りつけてやろうか。


「えーと、セトさん? なんで俺にラーを? 俺なら一人でも大丈夫ですけど……?」

「お前が余計なヘマをしでかさないよう見張りが必要だろう?」

「な、なるほど」

「うふふ。安心して、ムト。こんなこと言ってるけど、セトは単純に貴方を一人で危険なテロリスト集団の下へ行かせるのがなんだかんだで心配なのよ。どんなに貴方が強くても、セトの大切な友人であることに変わりはないの」

「黙れラー。適当なことを言うな」


 そう言うセトさんはここで初めて、自分が注文した酒を口に含んだ。

 顔はそっぽを向いていて、アルコールに弱いのか早くも顔が赤らみ始めている。

 だがそんなことは、耳元で聞こえるようになったラーの魅惑の官能ボイスのせいであまり気にならなかった。


「これで話は終わりだ。ムト・ジャンヌダルク、お前はここに行け」

「……これは?」

「エルカーペンダルという村までの地図だ。そこに革命軍の入隊希望者を募っているリックマンという男がいるはずだ」

「リックマン、ですね。わ、わかりました」


 ふいにセトさんが服の内側から紙切れを一枚取り出すと、それを俺に渡す。

 そこには意外にも達筆な字で、詳しく地図が記されていた。

 詳しく尋ねると、そのリックマンというのは革命軍の幹部の一人とのことだ。

 率直に言ってラーの監視がなければ、会うのをその情報だけで断念することになっただろう。


「なら俺はもう行く。剣を手に入れたらまた俺のところに来い」

「セト、しばらく私がいなくて寂しいだろうけど、我慢するのよ?」

「ふんっ、ここしばらくの肩こりが解消されそうで晴々としているさ」

「ちょっと、私はそんなに重くないわよ」


 鼻を鳴らしたセトさんは立ち上がり、注文した分より少し多めの代金をテーブルに置くと、そのまま店の外に消えていった。

 そういえばセトさんはこれからどこに行くのかを聞き忘れたが、聞いたところで素直に教えてくれる気もしなかった。


「それじゃあ私たちも行きましょうか、ムト」

「……はあ、しょうがない。そうしよっか」


 もう一度手渡された地図をよく眺めてみる。

 どうやらここ一帯の沼地のことはサワーエルロード湿原と呼び、一応ホビット国の領地ということだ。

 目的地はエルカーペンダル。

 そこまで遠くはなさそうだ。




――――――



 

 相変わらず霧が深く、ぬかるみに足を重くさせられる沼地を歩くこと数時間、地図の通りならそろそろエルカーペンダルに到着するはずだ。

 ラーは俺の肩の上で静かにしていて、ファンタジー世界の生き物らしく体重も羽根程度にしか感じない。

 思い返してみれば、俺がこうやってラーを肩に乗せるのも三年振りになる。

 少しだけ懐かしい気持ちになって、色々な記憶が頭の中をゆっくりと泳いでいった。


「こうやって貴方の肩に乗っていると思い出すわ、三年前のことを。あの二人はまだ元気にやってるのかしら?」

「あー、どうなんだろう。あの二人とも最近は全然会ってないからな」


 ポツリとラーが思い出を語り出す。

 どうやら彼女も俺とほとんど同じことを考えていたようだ。

 今から三年前、俺とラーはしばらくの間一緒に行動していたことがあって、その時はもう二人ほど仲間がいた。

 一人はホモシャスという名の男で、名前の通りどうしようもない男だ。こいつは今たしか神聖国ポーリで宮廷魔術師をやっているはず。

 そしてもう一人は今では“全能の五番目”と呼ばれるようになったエデン・クロムウェルという少女だ。かなり個性的な性格をしている実にパンクな子で、修行と称して、人の住まない三つ目の大陸であるデイムストロンガ大陸に行ったと聞いている。

 あの頃は世界を救う勇者ご一行という感じで、それなりに仲良くしていたような気がするが、それは根暗コミュ障ぼっちの俺が勝手にそう思っていただけかもしれない。

 彼らがいまだに俺のことを覚えているかどうかも定かではなかった。


「またいつか四人集まって、一緒にどこかを冒険してみたいものね」

「……そうだね」


 しんみりとした雰囲気の中、俺たちは湿地帯を進んでいく。

 本当に人が住んでいる場所なのかと疑いたくなるくらい、誰ともすれ違わない。 

 そんな環境のせいか、無性に寂寥とした気分になってきたところで、やっと集落のようなものが見えてきた。


 “エルカーペンダル”


 今にも倒れそうな看板には、たしかに求めていた文字列が刻まれている。

 とりあえずは目的地に辿り着くことができ、俺は胸を撫で下ろす。

 しかしこれから俺を待っているのは、狂気的なテロリスト集団だ。

 さらに俺はその仲間入りを、一時的とは言ってもしなくてはならない。

 

「あれ。ていうか今気づいたんだけど、村についたらどこに行けばいいんだ?」

「さあ。私は知らないわよ?」


 エルカーペンダルの村に到着したところで、俺の足はピタリと止まる。

 このどこか重苦しい陰鬱とした村のいったいどこに革命軍の幹部が潜んでいるのか。

 あの無茶ぶりロンリーウルフめ。情報が中途半端過ぎるじゃないか。



「はぁ……あの、すいません」



 だが俺がそうやって村の小路で途方に暮れていると、背中に小さな声がかかった。

 振り返ってみれば見知らぬ少女が俺の方を半分程度しか開いてない眼で見つめている。

 逆ナンかな? 

 この前魔法で創った薄ゴムは、自主練で全部使い果たしてしまった。また創っておくべきなのだろうか。


「え、えーと、俺に何の用?」

「はぁ……私、革命軍に入りたいんですけど」

「え?」

「はぁ……だから革命軍」


 謎の少女はひたすらに革命軍を連呼する。

 まるで意味が分からない。革命軍に入りたいのは俺の方だ。

 しかも溜め息を連発していて、ボサボサの茶髪から覗く眠そうな瞳からは革命を起こそうとする気概も感じられない。

 この子はいったい何なんだろう。


「そ、その、俺に革命軍に入りたいと言われても、どうすることもできないんだけど……」

「え? ……お兄さん、革命軍関係者じゃないの?」

「あ、うん。違うよ」

「はぁ……面倒くさい。明らかに普通の村人とは違うから話しかけたら、ただの不審者かよ……」


 中々の物言いをする少女は、あからさまに落胆した様子を見せる。

 なんだろうこの気持ちは。

 何にも悪いことをしていないはずのなのに、凄く申し訳ない気持ちだ。

 なんか生きていてごめんなさい。


「も、もしかして君も革命軍入隊希望者?」

「はぁ……そうだけど。だったらなに?」

「実は、その、俺もなんだ」

「マジで? ……うわ超帰りたくなってきた」


 もう駄目だ。心が折れそう。

 俺がと同じ革命軍入隊希望であることを知ると、彼女は露骨に嫌がる。

 まるで前世の学生時代に、席替えで俺の隣りになることが決まった女生徒みたいな顔だ。


「貴女もこの村に革命軍の幹部がいると聞いてきたのかしら?」

「は? 今、もしかしてこの猫が喋った? ……腹話術?」

「いや違うよ。彼女はラー。彼女、猫だけど人の言葉を喋れるんだ。……なんで喋れるのかは俺も知らない」

「よろしく。私はラー」

「人の言葉を喋れる猫? ……ふーん。まあよろしく、私はクアリラ」


 というか当たり前のようにラーは自分の存在を主張しているが、構わないのだろうか。

 人の言葉を喋れる猫など中々いない。

 彼女が九賢人の一人と関係があることはすぐにバレてしまうような気がするが、どうなのだ。

 それとも案外、九賢人の知名度はボーバート大陸ではそこまで大きくないのか。

 もしかしたら英雄である俺の名も、ほとんどこちらの大陸では知られていないかもしれない。

 一応念には念を入れて偽名は使うことにするが。


「あ、俺はムト……ムト・ニャンニャンで」

「ムト・ニャンニャン? ……変な名前だね。偽名っぽい」

「ごふっ!? な、なに言ってるのさ。れっきとした本名だよ。し、失礼だな」

「あー……そう、それはごめん」


 とっさに思いついた偽名が少し俺の欲望を含み過ぎたせいが、こんなやる気のなさそうな少女クアリラにすら一瞬で疑われてしまった。

 相変わらずアドリブの効かない男だ。まったくもって長所を探す方が難しい。

 すると目のクマを擦っているクアリラが俺から視線を外した。

 気怠気な瞳を俺の向こう側を映していて、また彼女は重い溜め息を一つ吐いた。


「はぁ……見つけた」

「ん? 何が?」


 唐突に掴まれた俺の肩。

 半強制的に振り返させられると、そこには屈強な男たちが数人いて、その男達の胸には全員獅子を模したエンブレムが付けられている。

 クアリラの溜め息の意味は、本人から教えてもらわなくてもわかった。



「よお、お兄さんがた? 革命軍に何か用か?」



 これは見つけたじゃなくて、見つかったと言った方が適切そうだ。



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