欠けた常識
「まず私達がいるこの大陸はホグワイツ大陸と言って、他に二つあるデイムストロンガ大陸とボーバート大陸を足しても敵わない程の大大陸よ。一応聞くけど、この事も君は記憶に無いのよね?」
「は、はい。初耳です」
「そう……そして、この世界には今現在九つの国があるわ」
「九個だけ? すっ、少なくないですか?」
「何が?」
「いえ、何でもないです」
「続けるわよ? その九つの国の中でも最も大きな国が、この世界で最も古くからあるとも言われている国、“ホグワイツ王国”よ」
「あ、さっき名前が出て――」
「その通り、さっき言った私達が今いるこの大陸の名前の由来はこの国から来ているわ。そしてこのホグワイツ王国の他にアミラシル、帝国ゼクター、ファイレダル、法国クレスマ、神聖国ポーリという国がこのホグワイツ大陸にはある。ここまではいい?」
「は、はい」
「更にボーバート大陸にはエルフ、ドワーフ、ホビットという国があるの。これで九つ」
「エルフ? ドワーフ? それって国名ですか? 種族名じゃなくて?」
「種族名? エルフ人もドワーフ人もホビット人も人間よ。人種によって身体的特徴はあるらしいけれど、私が実際に会った事があるのはホグワイツ人とアミラシル人と一応ポーリ人だけだから詳しくはわからないの」
「へ、へぇ〜、そうなんですか」
「この村は一応アミラシルの領土内だから、この村で生まれた人はアミラシル人って事になるわね」
「君もアミラシル人って事?」
「いいえ私は違うわ、この私の銀髪はポーリ人の特徴よ。あとロビーノはホグワイツ人とポーリ人とのハーフ、髪の色はホグワイツ人の特徴である金色一色に染まっているけれどね。でもすれ違った村人はみんな赤い髪の毛だったでしょ? 一般的にアミラシル人は燃えるような赤毛らしいわ」
「ほぉ、なるほどなるほど。ちなみに俺の黒髪は何人の特徴かわかります?」
「ごめんなさい。私この村から出て他の町や国に行った事がないから。そうね、地図を見せてあげるわ。ちょっと待ってて」
ロビーノが狩に出掛けると言い残しレウミカの家から立ち去った後、レウミカは早速俺との常識に関する講義を始めた。
レウミカの話によれば、どうやらこの世界にはやはり『魔法』という不可思議な概念が当たり前に存在し認められているようだった。
更にこの世界の全ての生き物は多かれ少なかれ『魔力』をその身に宿していて、人間以外の生き物は総じて『魔物』と呼ばれているらしい。さっき外で見かけた“牛”も一応魔物だと言う。全くはた迷惑なものだ。
そして今俺がいるこの場所は、この世界に三つある大陸の内の一つであるホグワイツ大陸の南の方にある、アミラシル国の領土の隅にひっそりと営まれている“デーズリー村”という名前の小村みたいだ。
「ほら、これが“クロウリーの世界地図”よ。見覚えはない?」
「あ、ありがとうございます。……こ、これは!」
レウミカが持って来てくれた古ぼけていて黄ばんでいる羊皮紙には、何とも奇妙な形の絵が描かれていた。
右半分には巨大な三日月があり、左半分には右から飛び出している三日月の先端に挟まれようになっている歪な長方形が一つに、更にそれの左横には綺麗な丸が同じ程度の大きさで隣りあっていた。
「面白い形ですね。やけにシンプルだし。この空白は海ですよね?」
「……へえ」
「レウミカさん?」
俺は夢中になって地図を眺めながめていた気づかなかったが、知らぬ間にレウミカの表情がまたもや冷たく疑心を持つ者のそれになっていた。
「海を知っているの? 記憶喪失なのに」
「あ、そ、それは」
信じられない、喉が俊然と渇いていく。
自分の演技の下手さ、迂闊さ、馬鹿さ加減は想像を絶するものなのか。
ペラペラと余計な事は簡単に口にする癖に、普段はどもって中々日常会話を円滑に行えない。
本当にふざけた人間だ。何て性能の悪い身体だろうか。
「いや、海というものがこの世界にあるのは何となく覚えてたんですよ」
「へぇ、何となく、ね」
「そ、それより魔法ですよ魔法っ!! 魔法の事教えて下さいよ!?」
我ながら程度の低く無理のある言い訳と話題逸らしだ。怪しさの塊としての強度をこれ以上上げるのは気が進まないが、俺の不愉快になるほど鈍い脳みそに頼っても仕方がないのでこうするしかないのだ。
「まあいいわ。誰にだって事情はあるでしょうから。君が私達に危害を加えようとしない限り余計な詮索はしないわよ」
記憶喪失が嘘だというのはもうこれ完全に気づかれてますよねこれ。
だけど嘘と言っても真実より余程真実味のある虚構だから別にいいだろう。レウミカは深くは詮索しないと言っているし、可愛いし、巨乳だし、そこまで気にする事もないだろう。
「はは、詮索も何も記憶喪失ですから」
「とにかく一応魔法の事も説明するわね。そういう約束になっているし」
「は、はい。宜しくお願いしますっ!」
一体この世界の魔法というものはどんな物で、どういう立ち位置のものなのであろうか。
さっきまでの説明によれば魔力というものをこの世界の生き物は皆所持しているらしいが、ではどんな人でもどんな動物でも魔法が使えるという事なのか? 牛の乳を勝手に揉んだら怒った牛に魔法で吹っ飛ばされるのか? そうだとしたらたまったもんじゃないな。
「この世界の生き物はさっきも言った通りどんな種族であろうと魔力を宿しているわ。そしてその魔力を使って起こす事が出来る現象を私達人間は『魔法』と呼んでいるの。そしてその魔法には六つの属性と階級があるわ」
その後レウミカの説明はこう続いた。
魔法は『火』、『水』、『風』、『地』という四つの基本属性と、『光』、『無』という二つの特殊属性に別けられるらしい。光属性は他の属性と違い誰にでも使えるわけではなく、無属性は他の属性とは全く質の違う異質の魔法だと言う。
そしてそれぞれの属性の魔法には階級というものが存在するとレウミカは言った。
その階級はその魔法の威力、効果範囲、難易度、消費魔力などで設定されている。下の階級から『基礎魔法』、『下級魔法』、『中級魔法』、『上級魔法』、『
ちなみに前にレウミカが俺に使った魔法は風の下級魔法《ウインド》と水の基礎魔法《ウォルタ》というらしい。
「なるほど、結構複雑なんですね」
「そう? 複雑とは思った事はないし、君だって記憶喪失だとしても絶対一度は知っていたはずよ? そのくらい基本的な事だから。でもまあ今言った事が魔法の全てでは無いわ。私が今言ったのは結局は誰もが持っている本に書いてある事をそのまま言っただけよ。この村には私以外に下級魔法以上を使える人はいないし、私にはこの村の外の記憶がないから」
「ほ、ほぇ〜、一般常識ですか。後でその本読ませて貰っていいですか?どんな本か気になるので」
「ええ、構わないわよ。そういう設定はしっかり守るのね」
レウミカ以外に下級魔法以上を使える人がいないなんてやっぱりここは田舎なんだろう。
だって下級だぞ下級? 名前的にきっとそれほど難しいものではないだろう。それにも関わらずロビーノの野郎は一体何をしているんだ。
魔法の世界で基礎魔法しか使えないなんて恥ずかしくないのか? いい歳した二枚目だがやはり雰囲気通り脳みそは筋肉なんだな。
「でもみんなが魔法使いって凄いですね。魔法って呪文を唱えればそれでいいんですか? 杖とかいらないんですよね?」
「杖? そんなものは必要ないけど。今君、おかしな事をいったわよ。皆が魔法使いなわけがないじゃない。この村に魔法使いはいないわ」
「え? でもレウミカさんは魔法使えるんだから魔法使いですよね?」
「君はもしかして……いや、今はいいわ。それより私は魔法使いではないわ。君の言っている理論だと計算が出来る者が皆数学者、剣の心得がある者が皆剣士だと言っているようなものよ。わかってるの?」
何と……!!
この世界では魔法使いというのは一種の職業のようなもので、勝手に名乗っていいものではないというのか。
でも考えてみれば普通の事かもしれない。
誰もが魔法を使えるこの世界では、魔法というものは絵描きや
「魔法使いになるにはどうすればいいんですか?」
「え? 詳しくは知らないけれど国際魔術連盟の試験に受かればいいのだと思うわ」
「国際魔術連盟?」
「ええ、国際魔術連盟に認められた者のみが魔法使いとして正式に名乗れるのよ」
正式な魔法使いになるのにも資格や試験が必要なのか。その試験は一体どのようなものなんだろう?
普通の人間だったら基礎魔法は使えて当たり前らしいし、まだ二十歳にもなっていないレウミカが下級魔法を使える事から察するにとりあえず一番上の階級の絶級魔法とやらが使えるのが最低ラインかな?
「ちなみにレウミカさんはどの程度まで魔法を使えるんですか?」
「私が使えるのは風と水の下級魔法までよ。あと光属性は使えない」
「へー。それと魔法使いになる試験ってどんな感じなんですか?」
俺がそう質問を続けると、レウミカは驚いたようにその可愛らしい翠瞳を見張して自嘲気味に笑った。
俺は美少女にそんな顔を向けられるのに慣れていないので、無意味に心臓の音を高鳴らせ、レウミカの繊細でいて調和のとれている顔をただただ瞠る事しか出来ない。
「……私の推察が正しいのか、はたまた本当に記憶喪失なのか。本当に世界は広いわね。私の魔法階級を聞いて驚きもせず興味も示さなかったのは君が初めてよ」
「え? は、初めて?」
魔法階級を聞いて驚かなかったのがそんなに変な事だったか? 彼女の歳にしてはレベルが低いという事なのだろうか? いやでも、ロビーノ達他の村人は基礎魔法までしか使えないんだろ?
一体何がおかしかったんだ?
「私はこれまで会う人皆に神童だの天才だの言われてきたわ。私が十歳の時に初めて風の下級魔法を使った時は、村中みんなで十年に一人の天才だと祝ってくれたのよ。百万人に一人の確率でしかなれない『魔法使い』になれる可能性が私にはあるってね」
「百万人に一人!? 魔法使いになるのってそんなに難しいんですか!?!?」
「国際魔術連盟の試験に合格するには中級魔法が使えるのが最低条件だから。普通の人は死ぬまでに下級魔法が二つほど使えればいい方と言われているこの世界じゃあり得ない難易度よ」
「死ぬまでに下級魔法!?」
どうやら俺の魔法への認識とこの世界での魔法の基準には相当なズレが生じているようだ。
想像以上に魔法の階級一つ一つに莫大な差があるらしい。
生まれながらに基礎魔法は使えるらしいが、更にその一つ上の階級に上がるには凡人の場合人生レベルの時間が掛かるようだ。
ということは普通だったら死ぬま際にやっと到達出来る領域に、レウミカはたった十六で辿り着いている事になる。
俺が驚かなかった事に彼女が驚くのも無理はない。
「へ、へぇ~、レウミカさんって凄いんですね。魔法使いってとんでもない称号だったんだな」
「ふふっ、そんな全然凄いという実感が湧きません、という顔で褒められても嬉しくないわ。君から常識が抜けているのだけは確かなようね」
レウミカは涼やかな笑みを浮かべたまま台所らしき所へ行き、小さなティーカップを二つ隣の食器棚から取り出した。
「《ファイア》」
レウミカがそう唱えると、彼女の白くて細い指先がアルコールランプのように赤い炎を灯しだす。
どうやら科学の力の代わりに魔法の恩恵を十二分に活用する事で、この世界の人々は自らの起居を豊かにしているらしかった。
「お茶のおかわりはいる?」
「あ、はい。頂きます」
この世界には案の定と言うべきか、電化製品の類いが一切存在しない。
文明は前いた世界と比べれば非常に物足りない感覚がするのは当然で、俺の日課の自己発電もこれまでのようにPCのサポートを受ける事は不可能になり、俺の貧弱な脳から生みだされる轟然なイマジネーションを加速させる事で対処するしかないだろう。
「君は自分の年齢も覚えてないのよね?」
「え? あ、一応そうなりますね」
「見た感じ私と同年代だと思うのだけれど……だから……その……」
レウミカは何かを言い淀んでいる。
一体どうしたのだろうか? 角度の問題で今レウミカの表情が良く見えないのだが、何となく彼女が照れたように頬を朱色に染めている気がする。
はて? 急に俺の格好良さに気づき、突然告白でもしたくなったのだろうか?
「ええと、敬語は止めて……普通に話してくれて構わないわ。というかそうしてくれるかしら?」
「おっ、おす。わかった!」
レウミカはこちらにしっかり向き直ると、顔を若干紅くしたまま少し苛立たち気に睨みつけてきた。
敬語が嫌いだったのかな? まあ良くわからないけど可愛いからいいか。
トントンッ。
そうやって俺が珍しいレウミカの赤ら顔を鑑賞しながら呆けていると、ふいに玄関の外から扉を叩く音が聞こえてくる。
「……」
「ええっと。誰か来てるよ? レ、レウミカ?」
しかしレウミカは外からの干渉にも俺からの言葉にも微塵の反応も示さず、テーブルの椅子に優雅に座り直し、一人淑やかに茶を啜った。
「先生! 入るよ!?」
「あっ」
突如木製の扉が勢いよく開け放たれる。そしてとても小さな赤毛の少女がとびきりの笑顔で吹き抜ける風と共に俺とレウミカの愛の家にその足を踏み入れる。
「え」
「あ」
玄関を見つめていた俺の視線と、前触れ無く現れた幼い美少女のダークブラウンの瞳が合致した。
その瞬間、少女の笑顔が瞬く間に消え失せ、俺と同じように驚愕の一文字を顔に貼り付ける。
凄く、可愛い。
俺の驚きはそれだった。何て素晴らしい世界なんだろうか。幼女ですら魅惑的なプロポーションと絶妙な美貌を携えている。
でも何故この美幼女も驚きの表情をしているんだ? この世界の住人なら整った容姿を見るのに慣れているはずだ。事実俺は確かに尋常なく格好いいが、この世界ではあくまで平均値である。
何を絶句する事があるんだろうか?
「イヤアアアアアアアアッッッッ!!!!」
訂正しよう。
何を絶叫する事があるんだろうか?
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