礼儀正しい変態



 ロビーノの寂しい一人暮らしの家を出てまず最初に思ったのは牧場、これだった。

 外に出れば太陽が明々と輝き、目一杯の草原が視界を埋め尽くす。基本的には俺が転生してきた時に見た初めの景色と同じだ。

 唯一違った点といえば紅白色のめでたい牛だの、俺よりデカイ豚だの、角が三つある山羊だのが堂々と闊歩している事だろう。因みにこの動物達の名前をロビーノに聞いたら見事に牛、豚、山羊だと教えてくれた。神様の粋な計らいのお陰なのだろうが逆に混乱してきてしまったよ。

 そして木造建築の家が立ち並ぶ村の中をロビーノに付いて歩いて行く途中、さらに気づいたある事があるのだが、コッチは洒落にならない現実だった。

 それは村人とすれ違う時に判明した恐るべき事実だ。何とすれ違う村人全員各々が信じられない程の美形の持ち主なのである!


 ここで諸君は「は? お前が選んだのはそういう世界だろ?」と、疑問に思うかもしれない。

 しかし、厳密に言うと違うのだ。

 俺が望んだ世界は前の世界と比べての割合が大きい世界だ。決して前の世界と比べての割合の大きい世界ではないのである。

 そう、この世界、女性だけでなく男性の顔面レベルの平均も前の世界と比べて異様に高い。

 正直言って今の所確信を持って顔面偏差値で勝ったと思えるような男性には巡り会えていない。通り過ぎて行く村人全員が、俺はおろかロビーノよりも年上にしか見えないのにも関わらずだ。恐らくたまたまこの村の男が異常にイケメンというワケではないだろう、ロビーノもここは田舎だと言っていたことだ。きっと都会に行けばもっとハイレベルなイケメン達がウヨウヨしているのだろう。


 なんてお馬鹿なムト・ジャンヌダルク、何故美女しかいないと言われて男も美男子しかいない可能性があると思わなかったんだろう。

 なんて間抜けなムト・ジャンヌダルク、どうして自分の顔を前世基準の最高級イケメンにしてと頼んだのでしょう。普通に考えてコッチ基準でしょうが。

 一応ロビーノに自分の容姿の事を聞いてみたが、至って普通だと言われてしまった。


 わーい、グロメンからフツメンにランクアップだぁ!


 ……ふっ、所詮俺の人生なんて何周しようがこんなものさ。

 まったくイケメン属性無しでこれから一体どうしろって言うんだろうか。

 サヨナラ、俺のスーパーモテライフ。


 とまあ、そんなこんなで俺の挙動不審っぷりにどんどんロビーノが俺への不審者扱いを加速させている内にレウミカの家に辿り着いたらしい。

 レウミカの邸宅も村の他の家と同じように趣のあるログハウスだった。

 しかしここに来て俺は今更緊張してきてしまう、安定の糞チキンだ。

 俺は単純なエロい事に対しては物怖じをほぼしないと断言していいが、直接女性と会話したり触れあったりするのは実はビビりにビビって出来ないんだ。

 間接的にはいかなるスケベな行動も即断決行できるこの俺だが、目の前に女の人本人様がいると途端にただのヘタレになってしまう。前世で俺が痴漢強姦で捕まっていないのにはこういうわけがあったのだ。

 ちなみにこの苦手意識は中学生の頃女子生徒の肩を揉もうとして嫌がられ、その子の取り巻き連中にリンチされたせいで生まれたものだ(でもこのリンチの時に加害者の中に女子もいて、トラウマの代わりに新しい扉を開けたというのは恥ずかしいからナイショである)。



「レウミカ〜!! いるかあ〜!? お前の拾ってきた変人を連れてきたぞ〜!」



 そしておもむろにロビーノは表札も何もない黒茶色の木製の扉を雑にノックする。

 というかあっれえ〜? おっかしいな〜? 記憶喪失の生き倒れの青年を普通変人とか言う〜? 俺が本当に記憶喪失だったら心に深い傷負っちゃってるよ? ねえ? 変人じゃなくて変態だよ? ねえ?



「あら、やっぱり変態だったのね。鍵は空いてるわ。どうぞ入って」

「おう、邪魔するぞ」



 簡素な木造りの家の中からする澄み切った声が俺のうずまき管を揺り動かす。

 やったぁ〜レウミカたんの家だぁ〜!! でもなんでか素直に喜べないぞ? 心の声がもう色々諦めろと言ってるぞ?


「お茶でもだすわ。適当に座って待ってて」


 だがそんな俺の心の喚き声も直ぐに聞こえなくなる。いざ神聖な扉の中に足を踏み入れれば、そこには何と天女がいたからだ。

 落ち着いた色合いのワンピースの上からエプロンで豊満な乳を覆い隠し、銀色の髪を可憐に流す美しい何かが、そこにはいたのだ。

 もうその時俺の頭には卑らしい事も生身の女性への恐怖心も、何も出てきやしなかったさ。

 あったのはただ、そう、跪いて足を舐めたいという清廉な願いだけだったんだよ。

 きっとこの時の俺は、奇跡を目の当たりにした純粋無垢な子供のように実直な眼をしていたはずだ。

 そしてその瞳のまま、何かに合掌するかのように両手を自分の胸の前に上げて空で漂わせてたと思う。


 だからその時レウミカが、俺の方を向いた瞬間恐怖の表情を見せるのはおかしいんだ。慈愛の眼差しをくれるのが普通じゃないのか?

 よって俺がレウミカの方へ一歩踏み出した瞬間、強烈な突風を受けて部屋の外に叩き出されて、気を失うのは理不尽な事なんだ。

 でも俺がどこか満足な気分になったのは、きっと普通の感覚だろう。






「おい?大丈夫か?」


 後頭部に軽い鈍痛を感じながらも知らない間に閉じられていた瞼を開くと、何故かロビーノが半笑いで俺を見下ろしていた。


「痛ててて……一体何が起こったんですか?」

「全く、だからおかしな真似はするなって忠告したのによ」


 ロビーノは半笑いを保ったまま、全く俺の質問には答えようとしない。

 うぜぇ! イケメンの半笑い超うぜぇ!!

 俺の卑屈根性への逆撫で効果がとんでもない値になっているんですが、それを貴方は微塵も気にしていないみたいですね。


「ごめんなさい。悪気はなかったのよ」

「え?」


 ふいに気品ある声が降ってきて、俺は目を白黒させる。

 何と我らがレウミカ様がロビーノの後ろに申し訳なさそうに立っていて、侮様に地面に転がっている俺を見つめてくださっていたからだ。

 あれ? 何で大天使レウミカ様が俺に謝罪しているんだ? あとロビーノうぜえ。


「ははっ、何かお前の顔をみたら不気味で得体の知れない恐怖を感じたらしく、咄嗟に魔法を使っちまったらしいぜ!?」

「本当に申し訳ないと思ってるわ。ちょっと身の危険を感じてしまって。いくら顔面が変態じみててもいきなり魔法で吹っ飛ばすのはよくないわよね」

「あ、なっ、なるほど! 俺がパッと見不審人物に見えて自己防衛したわけですね!! 全然っ、全然いいですよ! 俺慣れてますから!」

「はっはっはっはっはっ! こりゃ傑作だ! お前記憶喪失なのに何で変人扱いに慣れてんだよっ!」

「え? 君、記憶喪失なの?」

「ん? あ、はい、一応」


 やばい! 久しぶりの女人にょにんとの会話だからついテンション調節に失敗してしまった!

 というかやっぱり美少女とのお喋りは難しいものだな。

 元々普通の女性とすらもまともに会話出来ないのに、こんな絶世の美少女が最初の相手とか難易度高すぎるのではあるまいか。これはかなりのリハビリが必要だな。まあ、この世界には美女しかいないんですけどね。あとロビーノ笑うの止めろ。


「まぁとりあえず詳しい話は家の中でさせて貰えないか? こいつもいつまでも馬鹿みたいにひっくり返ってるのも嫌だろう」

「確かにそうね。お茶を淹れる途中でもあったし。さぁ入って、今度は魔法で追い出したりしないから」

「あ、はい。ありがとうございます!?」


 これには何と驚愕した事か!

 レウミカ様がこんな卑俗で不清潔な俺に向かって、清らかな手を差し出して下さっているではないか!!

 おお、どうやら俺は後頭部の疼痛と引き換えに、天使の手を握る権利を手に入れたようだ。

 グヘヘヘ……柔らかいのかなぁ……柔らかいんだろうなぁ……おおっと息子よ! 鎮まれ! 鎮まらんか!!


「いや、こいつは俺に任せろよレウミカ。お前は先に行って準備を頼むぜ」

「え? ……それもそうね。怪我がないかちゃんと診ておいてあげてね?」

「ああもちろんだ」


 この世のものとは思えない程素敵な笑みを浮かべるレウミカはそう言って、俺の目の前で儚く輝く純白の手を引っ込めて家へと戻っていった。

 でも彼女は最後に俺に視線を合わせて軽く微笑んだ。ああ何と美しいのだろうか。

 っておい!! ふざけんなよロビーノてめえ!!! おててニギニギタイムだったろ今おいコラ!!

 俺は恨みがましくロビーノの方を向く、きっと鬱陶しい半笑いを浮かべてると思った。

 しかし実際には笑みのえの字もなく、そこには底冷えするような無表情があるだけだった。


「あ、あの、ロビーノさん?」

「おいムト、さっきのレウミカの笑顔はお前を試してたぞ。次、変態的な表情や行動をとったら本気で殺されるぞ。気をつけろ?」

「え、わ、わかりました」


 どうやら俺から滲み出る変態のオーラは、見た目がまともになっても隠せるものではないらしい。

 でも変態だからって殺害を検討するなんて冗談だろう? そうは言えない雰囲気だから言わないけどさ。

 まあとにかくイケメンの無表情と美少女の笑顔はマジ怖いって事ね。了解でーす。






「・・・というわけでムトは自分の名前と言葉以外は赤子と同じ程度の知識量らしい。そこでコイツが一人で村から出ていけるぐらいに色々教えてやってくれないか?」

「記憶喪失ね……本当なの?」

「は、はいっ! この世界の事は右も左も分からないです!」

「そう、なら仕方ないわね。でも君を拾ったのも私だし、最後まで責任は持つわ」

「本当にいいのかレウミカ? 自分で頼むって言っておいてなんだが、コイツめちゃくちゃ怪しいぞ?」

「心配はいらないわロビーノ。言ったでしょ、拾ったのは私。処理をするとしても私に責任があるのよ」


 今俺はレウミカの家でお茶と呼ばれる紫色の飲み物を啜っている。毒々しい見た目とは裏腹に意外とこのお茶は美味しい。

 そして俺の嘘事情をロビーノに懇切丁寧に説明してもらい、レウミカに俺の専属教師を懇願しているという状況だ。

 諸君もお分かりの通り現在俺へのレウミカの信頼度は想像を絶するマイナスポイントを獲得している。このままではレウミカと深い関係になるのはおろか、レウミカの下着を盗む事すら困難な状況だ。

 この世界の男女のマナーが気掛かりで仕方がない。圧倒的に情報が足りなくて非常に不安だ。一体どこまでなら許されるんだ? ブラならいいのか? 待てよ!? そもそもこの世界には下着という概念そのものが存在しないという可能性もあるのでは!?!? 何だと!! という事はつまり今目の前に君臨しているレウミカも実はノーパンノーブラだという可能性も――――、


「《ウォルタ》」


 しかし残念ながら知的好奇心で一杯の俺の発展的思考は途中で遮られてしまった。

 なぜなら俺の鼓膜が顔に水がかかる時に発せられるバシャという効果音によって強制的に震わせられてしまったからだ。

 冷たい、急に冷たい。水も滴るいい男ってか。


「ごめんなさい。全く私の話を聞いていないようだったし、顔もまた薄気味悪くなっていたから勝手に水浴びをさせてみたの。良かった、大分ましな顔つきになったわ。あ、部屋を濡らしたのは気にしなくて構わないわよ。原因も非も君にあるけどやったのは私だから」

「ったく、先が思いやられるぜ。しっかりしてくれよ?一度でも俺が看病した奴が性犯罪者だったなんて目覚めが悪いからな」

「……はい、すいませんでした。これからは頑張ります」


 レウミカは心の無い人形の様な無表情で淡々と話し、ロビーノは俺が小学生だった頃に上履きが隠された事を俺から伝えられた時の教師の様な何とも言えない表情をしていた。

 流石俺だな、顔も体格も昔に比べて相当水準が上がっているはずなのにも関わらず、話し始めて数時間で変人→変態→性犯罪者、と順調に評価を下げている。ははっ、ほとんど俺は喋っていないというのにな。ほんと涙が出そうだぜ。

 いや我慢するんだ俺。涙の数だけ強くなれるというのは嘘だって知っているはずだろ? 前世で死ぬほど泣いたが強くなれたか? 泣き顔キメェんだよと散々罵られてクラスメイトや先輩や後輩や叔父さんに何度も顔面を殴打されただけだったろ?

 ふぅ、だいぶ心が楽になってきたな。

 これまでの日々に比べれば美少女に水を掛けられるなんてむしろご褒美じゃないか。レウミカの水。フヘヘヘ……こいつぁプレミアムだぜ……。


「不思議ね。この人水を掛けられて怒らないどころかこれまでで一番優しく嬉しそうな笑みを浮かべているわ」

「ああ、きっと記憶と一緒に人として大事なものも全部忘れちまったんだろ」

「レウミカさん、これからご迷惑をおかけ致しますが、何卒若輩者の私(わたくし)めをお願い申し上げます」

「え? ええ、こちらこそよろしくお願いします」

「もしかしてムトお前、宇宙人なのか?」


 なんか一人可笑しな事言っている変わり者がいるが、そいつは放って置いてとりあえずこれでレウミカの警戒心は少し解けたんじゃないか?

 折角手に入れた美少女と触れ合える数少ない機会だし、この世界必須の美女との会話の訓練としても有益だ。しばらく下衆な言動は慎み礼儀正しく接すればそのうち胸は無理でもせめてお尻くらいは触らせてくれるだろう。


「礼儀正しい変態。ロビーノ私この人への接し方がわからないわ。ちゃんと教えられるかしら」

「安心しろレウミカ。俺もこいつはよくわからん。とにかく警戒は怠るなよ、ムトはこの世界でもトップクラスの変人だ。こんな変態見たことがない」

「ロビーノでも理解不能なんて。悪意が無さそうに見える分余計タチが悪いわ。細心の注意を払う事にした方がよさそうね」

「自信を持てレウミカ。お前さんならこの危険人物にも遅れを取る事はないさ、レッドモンキーと闘った時の事を思い出すんだ」

「ありがとうロビーノ、少し自信が湧いてきたわ」




 ……こりゃ太腿で限界か?


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