危険人物
目を覚ますと俺は、見た事のないログハウスの静かな一室にいた。
起きてから最初の一分間ぐらいはビビりまくって軽いパニック状態になっていたものの、起きたら知らない場所にいるというパターンに段々と慣れ始めてきた俺は比較的早く落ち着きを取り戻した。
そして心に秩序を戻して穏やかな気持ちになったまま、かれこれ約一時間くらい木のベッドの上に横たわったまま惚けているわけだ。
「多分ここはあの天使の家だと思うんだけどな」
得意の独り言を馴染みのない部屋の空間に溶けこます。
ここに俺があえて二度寝をしない理由があった。
そう、俺の記憶が正しければ俺は気を失う前にやっとの思いで美少女を発見したはずなんだ。
そしてもし目の前で人が気絶したら普通天使ならその人を介抱するために自分の家に運ぶだろう?
そうに決まっている。
つまり俺は今、あの天使の一人暮らしの家に泊まっていて実質あの天女と二人暮らしになっている可能性すらあるのだ。
やべえ! ギンギンだぜ!! 二度寝なんて出来るわきゃねえ!!!
そんな俺が上体を起こし無意味にガッツポーズをしながらニタニタと不敵な笑みを浮かべていると、ふいに大きな人影が視界に入る。
「お? 起きたみたいだな! 謎の兄ちゃん!」
その人影を目を凝らしてよく見れば、その正体は蒼い瞳の精悍な男で、悪意を微塵も感じさせない優しい表情で俺を見つめていた。
そんな、嘘、だろ?
自らの身に起きる出来事についての俺の深淵な思索は常に間違いの結論に達するんだ。俺は常時何かしらを考えて生きている。
しかし、だからと言って深い思考力があるわけでもない。愚鈍な俺には無駄な妄想力はあっても有益な推察力は存在しないのだ。
だから俺は当然のようにあの
間抜けすぎて笑えてくる、だがいつもの事なので今更本当に笑いはしない。
そしてそんな楽観主義の愚人が居座る部屋に突然現れたその大柄な男は、これまた驚くべき事に前の世界では信じられない程の男前だった。
無造作だがそれが逆に絵になっている
その男は間違いなくこれまで見た人間の中で一番のイケメンだったのだ。
「あ、あ、その……」
「ん? どうした?」
俺はとりあえず何か喋ろうと口を必死にパックパクさせるが、哀れにもまともな言葉が出てこない。
ふぅ、面食いの女は消滅しろとか思ってたいたが謝る事にしよう。
本物のイケメンの前じゃ男の俺ですら乙女になるもん。俺が女だったら余裕で惚れてるね。
ぐぅぅぅぅっっっ〜〜〜!
「あ」
俺が黙り込んだまま目前の男の容姿に見惚れていると、俺の腹の虫が自分を忘れてもらっちゃ困ると言わんばかりに大きな咳払いをした。
なんて恥ずかしいんだ。意地汚い男だって思われたらどうしようっ!
「はっはっは! そうか! 腹が減ってんだろ? 大部屋にこいよ。飯なら少し残ってる」
大きな声で快活そうに笑ったその男は部屋の扉の奥を指差すと、そちらの方へまた大股でスタスタと歩いて消えていった。
ん? 何これ? あっちに行けば何か食べさせてくれるのかな?
輝かしい顔面が視界から消えてやっと正常な思考を取り戻した俺は、決して心地よいとは言えないベッドから立ち上がり、ひとまず男の消えて行った部屋に自分も向かう事にした。
「あの人誰だ?」
自分の服が上下とも知らない間に麻のような肌触りのさっきの男と同じ肌色の服に変わっている事など、色々気になる点が多少あったが、今一番気になるのはあの男だ。
俺を発見したのは銀髪の美少女だったはずなのに、何故俺は絶世の美男子の家にいるのだろう?
この世界でもイレギュラーなのではないかと疑うほどの美形。最悪の憶測が脳裏に浮かぶ。あの二枚目野郎があの女神の親族、悪くて親しい友人だとしたらまだいい。
だがもしこれであの男とあの美少女が恋人同士で、二人の愛の巣窟に今いるとか言われたら俺は勝手に裏切られたと感じ嫉妬でまた気を失うかもしれない。
ん? 今のはまさか?
だがそうして俺がわけのわからない恐怖を胸に抱き始めながら、男の向かった部屋にとりあえず行こうと歩いていると、ふいに見知らぬ顔が視界を横切った。
俺は立ち止まり横を向く、すると知らない顔が俺の目を真っ直ぐ見つめている。
そいつは癖の全く無い素直で艶のある黒髪を肩の辺りまで伸ばし、元から大きそうな明るい茶色の瞳を更に大きく見開き、筋の通った形の良い鼻で人当たりの良さそうな口元をしていた。
童顔気味だが確実に美男子というカテゴリーに入れる絶世のイケメンが、鏡の中で驚愕の表情で固まっている。
「これ、俺か?」
どうやら俺は自分の思っていた以上に整った顔立ちにしてもらえたらしい。
昔とは違いシミ一つない綺麗な肌を目の当たりにして、思わず笑みがこぼれる。
さっきの男には大人の雰囲気や体つきの良さで負けるが、純粋な容姿の良し悪しで争えばいい勝負が出来るかもしれない。
俺はまたもや頭の中を空想上の可憐な女の子達で埋め尽くし、たっぷり自分の顔を眺めて頬を思いっきり緩め直してから、後ろ髪を引かれる思いながらも待たせては悪いので仕方なくいい匂いのする部屋へと足を移した。
「お、来たな」
さっきの男が赤茶色のソファーに寝そべったまま、こちらに顔だけ向け機嫌良さそうに声を掛けてくる。
ベッドのあった部屋を抜けるとさっきより大きめだが、構造は大体同じような部屋に繋がっていた。
そして部屋の真ん中には丸い木のテーブルが一つあり、パンやらサラダやらソーセージのような色鮮やかな食べ物を乗せた沢山の皿が部屋を賑やかな印象にさせている。
「ほら! 食っていいぞ!」
「あ、ありがとうございます」
知らぬ間に立ち上がりテーブルの向こう側の椅子に座り直した男が興味津々といった面持ちで俺も座るよう促してくる。
なんてこった。対面かよ。食べ辛いんだけどもな。
「食いながら話でもしようや!」
「あっ、は、はい」
「俺はロビーノ・ジャクソンだ。よろしくな!」
「よっ、よろしくお願いします。俺の名前はむと……じゃなく…って…………」
俺はつい本名をそのまま言ってしまいそうになるのを堪えて足りない頭で思考する。
あれ? これ俺は名前どうすればいいんだ?この人の名前の感じからして和名は変なのかな? それとも日本のような国もこの世界にはあって問題無し? 本名をそのまま言ってもいいものか。どうする?
「ムト・ジャンヌダルク? 珍しいけどかっこいい名前だな!!」
「え? あ、はっ、はい!そうです! 俺の名前はムト・ジャンヌダルクです!!」
ああ、何か素敵に聞き間違いしてくれたお陰で何か凄い絢爛な名前になっちゃったよ。
というかどんな耳してるんだ、ンヌダルクはどこから持ってきた。
でもそのお陰でこの世界でも浮かない名前を手に入れられたみたいだからまぁ良しとするか。珍しいらしいが、あり得ない名前ではないんだろう。
「そうか! じゃあムト、俺の事はロビーノって呼んでくれ! こんななりだが今年で三十一歳になる。多分ムトよりは年上になるが敬語なんて堅っ苦しいもんは使わなくていいからな?」
「え? あ、はい、わっ、わかった」
三十一? 俺より年下じゃん。
あれ? 違うか? 俺って何歳の設定なんだっけ? う〜む? よく思い出せない。どっちみち無意識の内に敬語使ってしまいそうだけどな、主に本能的敗北感によって。
ま、それは今はどうでもいいか。とにかく腹が減って死にそうだよ。優男のお言葉に甘えてこの料理をいただく事にしよう。
「それじゃあ、いただきます」
「ああ食え食え」
そして俺は一度食べ始めるとムシャムシャとテーブルの上に広がる食料を物凄い早さで次から次へと口に運んでいく。
正直言ってもう自分の意思じゃあ手を止められなかった。 特別豪華な食事ってわけじゃないんだけれども俺は相当飢えていたみたいだ。どれもこれも涙が出そうになるほど美味しく感じる。言うまでもなく精神年齢十六歳の俺でもさすがに実際に泣くような事はしなかったけれど。
「はっはっは! いい食いっぷりだ!! よっぽど腹が減ってたんだな!!」
「は、はい!? あ、何かすいません」
「何を謝ってるんだ俺お前は! ガハハハッ!」
おおっといけない! 食べるのに夢中になってしまい一瞬ロビーノが目の前にいるって事を忘れてしまっていた! 口には大量のパンクズを付けていてさぞ幼稚で間抜けな顔になっているだろう。んん〜恥ずかしいっ!!
「まぁ、それはさておき。そんでもってお前さんは一体何者なんだ?見た所旅人じゃあないよな?荷物を一つも持ってないからな。“ダイダロスの森海(しんかい)”の入り口で人が倒れていたと言ってレウミカがお前さんをこの村に運んできた時は本当に驚いたぜ。お前さんはあの森からやってきたのか? そんなわけないとは思うが……」
ここでロビーノが少しばかり真剣な面持ちで俺に質問をしてくる。
そしてその問いは俺の暴走気味の食事の勢いを完全に殺すのには充分な威力を持っていた。俺の両手はピタリと静止して、所在無さげに揺れだしている。
俺って一体何者なんだ?
流石に別世界から転生してきましたとか言ったらどう考えてもアブナイ人だと思われるよな?
でも俺はまだこの世界の事を一ミリも知らない。
変に森から来た異邦人ですとか言っても頭の回転が早くない俺だったらそのうち絶対ボロを出す。
つまり今俺の使うべき設定は――――、
「……実は俺、記憶が無いんです」
「は? 記憶が無いぃ〜?」
イエスッ! これこそ完璧な言い訳!!
この記憶喪失設定にしとけば俺がこの世界の常識を知らないのも不自然じゃなくなるし、どこから来たのかも言わなくて済む。
珍しく俺の腐った脳みそがまともな仕事をしたようだ。
「どのくらい覚えてないんだ?」
「自分の名前以外は全て……ここがどんな世界なのかもわかりません」
「名前以外全て? でもお前ホグワイツ語は喋れるんだよな?」
「ホグワイツ語?」
「おい、冗談だよな? 今俺達が喋ってるこの言葉だよ!」
え? これ日本語じゃないの? いや日本語だよね? あれ? 貞子がなんか弄ってくれたんだっけ?
「へ、へぇ〜、この言葉ホグワイツ語って言うんですかぁ〜……言われてみれば少し記憶にあるようなないような……」
「……大陸は幾つある?」
「……五個?」
ユーラシアにアメリカにアフリカにオーストラリア……それと南極の五個だろ?
ってあれ? これは前の世界か?
「驚いたな……本当に何も覚えてないのか? 何を思って五個と答えたのかは知らんがよ」
「覚えてるのは言葉と自分の名前だけです」
「そうか。それは大変だな……でも魔法は流石に使えるよな? もちろん基礎魔法でいいんだが?」
「魔法?」
「おいおい、嘘だろ? 洒落にならねぇぞこいつは。予想外に重症だ」
ロビーノは頭痛がするのだろうか。頭を抱えてうんうんと唸り始めてしまった。
そういえば魔法がなんたらとかあの神様言ってたな。
あれ? 俺確かイケメン以外にも何か特典を貰ったような……。
「想像以上にお前は危険な状態だな。少し介抱したら街へと送り出そうかと思っていたが、このまんま送り出したら間違いなく野垂れ死んじまうな、お前さん」
「え? 街の場所知っているんですか?」
「ん? なんだお前? 街に行く予定だったのか? でも気絶する前の記憶は無いんだよな?」
「え? あ、はい。それはそうなんですけど、何か、街に行く予定だった気がして」
「……そうか」
叶うならば早く美女で溢れた都会に出てけしからん人生を送りたい。
この人には感謝しているけど、残念ながら俺にそっちの気はない。お腹もいっぱいになったしこれ以上世話になるのも迷惑だろう、だからあの天使さんを紹介していただくか街への道を教えてくれるかのどっちかをできれば早くして欲しいことだ。
「でもお前に街への道を教えるのはあとだな、とにかくこの世界の常識を先に教えた方がいいだろう。今のお前はあまりにも無知過ぎる」
「そ、そうですか」
常識なんてどうでもいいだろが!
早く美女達に会わせろ! イケメンの優しさほど邪魔で煩わしいものはないわ!
「だけど教えるのは俺じゃなくてレウミカの方がいいだろう。まだ十六と若いがこの村で一番賢く、魔法の使い方が上手いのはあの子だからな。あ、レウミカっていうのはお前を最初に見つけた女の子の事だ。お前が覚えてるかは知らねぇけどよ」
「はい! 是非そのレウミカさんにご教授をお受けしたい所存であります!」
やっぱり常識って大事だよね。
それがないと生きていくのに凄い苦労するもんね。ロビーノはよくわかってるなぁ、優しいしイケメンって本当にこいつは男の手本だな!
「お、お前そんな顔もできたんだな。じゃ、じゃあお前が食べ終わりしだいレウミカの所に連れてってやるよ」
「食べ終わりましたっ! 早速行きましょう!!」
「お、おう、何かお前不自然な奴だな? 悪いやつには見えないんだが」
ここにきて急に訝しみ探るような視線を若干引いてるロビーノは俺に向け始めた。
何故突然ロビーノの信頼を急速に失い始めたのかは俺には全くわからないが、そんな事はいたってどうでもいい。
あぁ、あの子はレウミカっていうのか、可愛らしい名前だな、早く会いたいなぁ、フヒヒヒ。
「おいムト? そのよだれは俺の料理に対するものだよな?」
「当たり前じゃないですかぁ……じゅるりっ!」
「ったくこいつレウミカに会わせて本当に大丈夫か? 何だか急に心配になってきたぜ」
どんどんロビーノの視線が冷たくなってくる。彼の中の俺に対する猜疑心が急速に肥大し始めているようだ。
だが俺はこういう視線には慣れっこである、 こんなの大学時代のゼミの時に比べたら屁でもゴミでもないさ。
そんな事よりレウミカたんをもう一度拝めるなんて……ワクワク! ドキドキ!!
「まぁレウミカならこいつがヤバイやつでも大丈夫だろう。村で一番強いし。よしじゃあレウミカの所に行くぞムト! もし可笑しな真似したら殺されるから気をつけろよ?」
「はい!! 今、会いに行きます!!!」
何かロビーノがさらっと恐ろしい事を言った気がするが多分気のせいだろう。
天使に会うのに恐れなんて無用に決まっているからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます