創造と改竄
アミラシルの片隅にある小さな村、デーズリーで一人の男が上裸で木刀を振っていた。
この国の生まれではないことを示す金髪碧眼。
鍛え上げられた肉体は、普通の村人というにはあまりに非凡。
真剣な形相で剣を振り続ける彼の名は、ロビーノ・ジャクソン。
端正な顔立ちに玉粒の汗を浮かべながら、彼は淡々と日々のルーティンをこなしていた。
「やあ、ロビーノ。今日も精が出るね」
そんなロビーノに、朗らかに声をかける一人の青年がいた。
平凡な身長に、平凡な容姿。
髪は癖のない黒で、唯一両の瞳が黄金に輝いていることだけが印象的な青年だった。
「ああ、シセか。なんだよ。なんか用か?」
「いや、べつに用ってことはないんだけどね」
ロビーノは青年のことをシセと呼んだ。
一心不乱に剣を振っていた手を止めて、汗で濡れた額を拭う。
やけに冷たい風がその時吹き抜け、ロビーノから熱を奪っていった。
「暇なら、俺の鍛錬に付き合えよ」
「僕が? まあ構わないけど」
「対人練習もしないと、腕がなまっちまうからな」
身軽な軽装をしているシセは、二つ返事でロビーノの鍛錬に付き合うことを了承する。
とくに気負った様子もなく、一度顎を撫でると、シセは右手を掲げた。
「《
一切の音もなく、無から有が生まれる。
気づけば、ロビーノが持っていた木刀とまったく同じものが、シセの右手に収まっていた。
(そういえば、こいつは魔法も使えたんだっけか?)
鍛錬の疲労が残っているのか、霞みがかかったようにややぼんやりとする頭で、ロビーノは記憶を辿る。
しかし、シセが魔法を使えるということは思い出せても、初めて彼が魔法をロビーノに披露したのがいつなのかは思い出せなかった。
「それじゃあ、やろっか」
「おう、頼むぜ」
どこかしっくりとこない感覚のまま、ロビーノは木刀を握り直す。
一度臨戦態勢に入れば、余計な雑念は消えた。
意識を集中させ、一歩前に踏み込む。
「……ハッ!」
まずはロビーノが横薙ぎを一閃。
それに対応するシセは、華奢な体格に似合わず、全く同じ軌道で迎えうつ。
ほとんど同じ勢いでぶつかった木刀が弾け、ロビーノはステップを踏み込み直す。
「ハッ! セヤッ!」
「うんうん。なるほどね」
流れるようなロビーノの連撃に対しても、シセは全く同じ速度の一閃でことごとく相殺させていく。
優勢劣勢。それはどちらともいえない。
短く息を切るロビーノは、妙な違和感を覚えていた。
(なんだ? なんだか、やけに手応えがねぇな……)
形としては一方的にロビーノが攻めたてている形になっているが、だからといって有効打は与えられていない。
それでもシセが反撃に転じることもなく、見かけ上は防御で精一杯といった様相だった。
しいていうなら、実力伯仲。
だが、それがどうにもロビーノにとっては大きな違和感だった。
「おい、シセ。お前、本気出してるか?」
「もちろん。僕は君に手を抜けるほど、強くないだろう?」
自分に対して手を抜けるほど、強くない。
その言葉が、ロビーノの頭の中で奇妙な響きを持って伝わる。
(そうだな。こいつはそこまで強いってわけじゃない……でも待てよ? 俺が最後にこいつと手合わせしたのは、いつだ? というか、最初は?)
シセとの模擬戦闘で、負けた記憶はないが、同時に勝った記憶もない。
全てにおいて、引き分けだったのだろうか。
ロビーノは、再び記憶を辿るが、肝心なところで靄がかかって明瞭に思い出せなかった。
「……ああ、ロビーノ。彼が来たよ」
「んあ?」
自然と剣を振る勢いが収まっていき、気づけば手を止めていたロビーノに、シセが穏やかな声をかける。
シセはもうロビーノのことは見ておらず、村の入り口の方に顔を向け目を細めていた。
「ありゃレウミカと……誰だ?」
シセに促されるままに、ロビーノも村の入り口に目を向けると、そこには見慣れた顔と見知らぬ顔が一つずつあった。
片方は銀髪翠目の美麗な少女レウミカ・リンカーンで、ロビーノからすれば歳の離れた妹のように親しい存在だ。
気になるのは、そのレウミカが肩を担ぐようにして引き摺っている黒髪の青年だった。
見る限り、どうやら気を失っているらしい。
「おい、レウミカ。どうしたんだよ。誰だそいつは?」
「……いいところにいたわね。ロビーノ」
ロビーノの近くまでやってきたレウミカは、若干疲れた面持ちで溜め息を吐く。
レウミカに担がれた青年の鼻下には、なぜか血を拭いた跡のようなものが見えた。
「やあ、レウミカ。君が彼を連れてきたんだね」
「……ああ、シセよね。一瞬どうしてか、貴方が誰かわからなかったわ」
「酷いなあ。ずっと僕らは一緒にいたじゃないか」
「……そう、よね」
フラットな調子で、シセもレウミカと挨拶を交わす。
ロビーノはそれを横目で捉えながら、意識を謎の青年の方に向け直す。
「それで? 誰なんだよそいつは」
「ダイダロスの森海の前で倒れてたのよ。だから一時的に保護しただけ」
「ダイダロスの森海で? これまたなんでそんなところで。冒険者か?」
「さあ、どうかしらね。まだまともに会話していないから」
「とりあえず村長には伝えないとだな」
「そうね。とりあえず、この人は貴方が預かってロビーノ」
「はあ? なんで俺が?」
「他に適任はいないでしょ。もし危険人物だったらどうするのよ」
「いやいや! 俺よりお前の方が強ぇーだろ!」
「……それじゃあ、後は任せたわよ」
「無視かよ!」
レウミカはこの村一番の魔法行使者だ。
不意を突いて接近戦に持ち込むなど、限定的な条件下であれば勝算はあるが、基本的には魔術の才能の差はそのまま実力の差だと、ロビーノは考えている。
それゆえに、公平な場でレウミカと仮に戦うことがあれば、自分は敗北すると思っていた。
「彼女に拾って貰えるなんて、彼は運が良いね」
「……あ? あ、ああ、まあ、それはそうだな」
謎の青年をロビーノに押し付けると、さっさと歩き去って行くレウミカを目で追いながら、シセが笑う。
その笑顔がやけに新鮮に思え、ロビーノは小さな疑問を持った。
(そういえば、シセとレウミカはどっちが強いんだ? さすがにレウミカ、だよな?)
常識的に考えれば、下級はおろか、中級魔法にまで届くとされるレウミカの方が実力は上だ。
しかし、どうにもロビーノにはシセが誰かに敗北しているイメージが全く湧かなかった。
「じゃあ、僕もそろそろ行くよ。がんばってね、ロビーノ」
「は? おい、シセ、お前も手伝えよ」
「僕はそういう役目じゃないから。それじゃ、またね」
「なんなんだ、どいつもこいつも。俺に適当にぶん投げやがって」
いつの間にか木刀を消し去り、手ぶらになっていたシセは、にこやかに手を振ってどこかに歩き去って行く。
揺れる黒髪の背中を眺めていると、ロビーノにはまた奇妙な感覚が湧き立つ。
(シセと初めて会った時って、どんなだっけか)
見知らぬ青年を抱きかかえながら、ロビーノはまた不明瞭な記憶を辿るが、答えは出ない。
(……まあいいや。とりあえずはこいつをどうにかしねぇとな)
しかしすぐに考えるのをやめ、今だ気持ちよさそうに瞳をつぶる青年を、これからどうするか思案するのだった。
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