誤解の日々
「ははははははっ! そりゃ傑作だな! 顔を見られるなりまた魔法を食らって追い出されたのか!?!? お前は本当に女受けが悪い奴だな!!」
「いや女受けとか関係ないですよあれは! 『先生の家に知らない男がいるっ!』っていきなり叫んだと思ったら烈火の如く俺に魔法を容赦無く連発してきましたからね!?」
「まぁリエルは男嫌いで有名だからな。ただでさえアレなお前が大好きなレウミカの家にいるのを見たらそりゃ過剰反応を起こすだろうな」
ご覧の通り舞台は戻ってロビーノの家だ。
現在俺はレウミカの家に流星の如く現れた謎の赤毛少女、リエル・ギャラガーというらしい、に問答無用の迫害を受け、猫に追われた鼠のようにロビーノ宅に逃げ帰って来たところである。
「はぁ。あの子っていくつなんですか?」
「あいつはつい先月十になったばかりだ」
「十歳で男嫌いなんですか? いくら可愛いからってそれはいただけませんね」
「まあそれには深い訳があってだな」
気づけば知らぬ間に日は落ち始めていた。
落日にロビーノも気がづいたのか、《インヴォケーション》、そう天井の電球のような丸い物体に手をかざしながら呟き、頭上に眩い光を灯らせる。
そしてロビーノはテーブルの椅子に深く腰掛けて直してからおもむろに語りだした。
「今から五年前、リエルは村の外に薬草を取りに行ったとき、偶然この近くを通りかかった盗賊に連れ去られてしまったんだ」
「!?」
盗賊?
この世界にはそんな物騒な輩達が自由に徘徊してるって言うのか!?
「そして、夕暮れになっても帰って来ないリエルを心配したレウミカが水の探知魔法を使って探しに行ったんだ。もちろん俺もついて行ったぜ?」
真剣な表情で語るロビーノに俺は釘付けになっていた。これから先自分にも降りかかってくる可能性のある恐ろしい出来事を聞く俺の胸は、恐怖でドクンと大きく高鳴る。
「そして見事にレウミカは盗賊達を見つけ出した。そこには意地の悪そうな男が三人と縄でキツく縛られ猿轡を噛む涙で顔がぐしゃぐしゃになったリエルがいたんだ」
「うわ」
悲惨な光景が脳裏に鮮明に浮かび、臆病な俺はぶるぶると怯え震えた。
「だけどそこから先は一瞬だったぜ。レウミカがナイフを風の下級魔法を使い高速で飛ばして盗賊の一人は串刺しに、更にもう一人レウミカ自身が風の魔法で即座に懐に潜り込み首をかっ切った。そして残された最後の男がガタガタと震えながら青冷めて逃げようとしたところを、レウミカに目配せされた俺が鮮やかに首を一刀両断して決着を着けた。いや~、今更ながら下級魔法ってのは凄いな。俺の使える基礎魔法と一つしか階級は違わないのに威力が桁違いだったぜ」
ロビーノは遠い記憶を思い出すように、目を瞑りながら仕切りに頷く。
おいおい。そこじゃないだろ驚くところは!
今から五年前って事はレウミカはまだ十一歳という事になる。十一の子供が平気で人を二人も殺すのはこっちでは常識なのか? 全くこの世界の普通が分からないぞ助けてくれ。
「あれから何回か盗賊を追っ払った事はあるが、あれ程レウミカが凄まじかったのはその時だけだな」
はい。これが普通みたいですね。了解しました。
というかこれは非常事態だな。
街に行ったらとりあえず一旦手当たり次第に下着を盗んだりセクハラしまくろうと思っていたのだが、それをやると下手したら殺されるのか。一体どうしたものか。
「その日からだな。リエルがレウミカの事を先生と呼ぶようになり、村の男達と殆ど口を聞かなくなったのは。ありゃ男に対して相当な嫌悪感を持っちまったみたいだな。元々両親が早くに亡くなってて繊細で強情なあの子にとって、あの出来事はかなり衝撃的だったんだろう」
「成る程。なんだかもったい無いですね」
「なにがだ?」
折角将来性大の美少女を見つけたというのにトラウマに根ずく男嫌いか。俺ってツイてないなあ、人生そんなに甘くはないよという事ですか。
「まぁとにかくそういう訳でリエルをあんまり悪く思わないでくれよ? あの子はレウミカに心酔してるからな。他所もんのお前がレウミカの家に居る事にちょっと驚いて過激に反応しちまっただけなんだ」
「別にいいですよ。俺はいつだって可愛い子の味方ですからね。大体俺に嫌悪感を持つ人を一々嫌っていたら全人類嫌いになってしまいますよ。ははっ!!」
「そ、そうか?」
そう爽やかに笑い飛ばす俺を見て、何故かロビーノは少し不安そうで何かを憐れむような顔色を見せた。だがその程度の事を気にする俺ではない。
そうさ、俺は常に可憐な生き物の味方なのである。例えそれが殺人の前科持ちであろうと男性不信のヒステリック傾向有りだろうと関係無い。
美しければ全て許される、本気で俺はそう思っているんだ。
「お前の事は実際まだよくわからんが、どうやらお前さんがとんでもなく優しく懐の広い奴って事だけは確かみたいだな!」
「ま、まあね」
ロビーノは何故かここで途端に嬉しそうな面持ちに変わる。
どうやらこのイケメンは一周回って俺への不審感を好意に昇華させたらしい。
結構結構! ポジティブな方面への勘違いは大いに歓迎している。
俺は別に優しくも太っ腹でも何でも無いが、わざわざその事を指摘する程野暮じゃないさ。
「よし!! 明日はムトに剣の稽古をつけてやろう!! 無属性魔法の扱いはこの世界で生きていく為の必須事項だからな!!! 俺は普通の魔法は凡才だが無属性に関しては少しばかり自信があるんだぜぇ?」
「え、いやほんと無理しなくても大丈夫なんで、これ以上迷惑は掛けられませんし」
「いいんだいいんだ! 遠慮すんなって!!」
俄然やる気を出し張り切りだすロビーノに俺は軽い絶望を覚える。剣の稽古? 俺の運動神経は今現在どの程度なのか俺は全く把握していないが、運動に対する苦手意識は前世譲りだ。
はぁ、兎にも角にも凄く嫌な展開になったな。ありがた迷惑とは正にこの事だ。別に魔法とか興味無いし。出来ればそんな得体の知れない物一生使わないで天寿を全うしようと思っていたのに。
俺はただ可愛いらしい女の子とイチャイチャ出来れば、それでいいんだけどなぁ。
「それじゃあとりあえずメシにすっか! 今日は良いのが狩れたんだぜ? 《インヴォケーション》、ほれ見ろ鰐だ鰐!」
「ひいっ!!! どっから出てきたのそれ!?」
「ん? 冷蔵庫からに決まってんだろ? もしかして本当に記憶喪失なのか?」
「え!? それ冷蔵庫なの!?」
上機嫌のロビーノは台所の方に近づいて行って、そこにあった白い四角い金庫の様な物を開くと何とその中からドス黒く巨大な爬虫類、人はそれをワニと呼ぶ、を取り出した。
色々とあり得ない現象に俺は腰を抜かす。
「それはそうと今日は鰐のステーキだぞ! 喜び勇め!!」
「鰐肉とか生まれて初めてだ」
「そうなのか? あ、そっか記憶喪失だもんな! 当たり前か!!」
「鰐肉って結構定番なんだ」
「今日は呑むぞぉ~!!!」
こうして俺のデーズリー村での一日目は騒々しくも過ぎ去っていった。
因みにさっきから電球やら冷蔵庫という名の四次元ボックスやらが登場しているが、勿論これらは電化製品なんかでは断じてない。
この電気コード無しで動く便利アイテム達は
そして食事は久しぶりに他人と談笑して食べる事が出来て実はちょっと嬉しかった。デーズリー村についてもそれなりに雑多に教えてくれたロビーノには実際感謝している。
この世界の人間は前の世界よりお人好しが多いのだろうか、それともロビーノが変わり者なだけなのか。
分からない、けれどこんなに幸せな気持ちになったのが生まれて初めてだということだけは確かだろう。
「おいムト。お前には実際期待してんだぜ? ヒックっ……!」
「え?」
一応豪華だったらしい晩餐会を終えてひと段落つき、そろそろ寝室に戻ろうかと思案していたその時、酒臭いロビーノが顔を真っ赤にして虚ろな目つきの癖にポツリポツリと話し掛けてきた。
「この村にはよぉ。爺さん婆さんばっかりでよぉ。若い奴がほっとんどいねぇんだ」
「へ、へぇ〜。そうなんだぁ〜」
大丈夫かこの酔っ払い? 何か語り出したけど早く休んだ方がいいんじゃないか?
「だからよぉ、レウミカにはよぉ、同年代の友人がいねぇーんだって事よ……ヒックっ!」
「え? そうなの??」
レウミカは村のアイドル的な存在で、友人不足とかに悩まされる人なんかじゃないと思っていたが、流石田舎。まさか同年代がいないなんて落とし穴が潜んでいるとは。
「確かにあいつは村の皆に親しまれてるし頼りにもされてる。可愛い弟子だって持ってるしなぁ!! でも足りねぇんだよ。一番大事な存在がよぉ」
「……」
ロビーノは既にテーブルにだらしなく突っ伏している。 もう半分夢の中に突っ込んでいるかもしれない。
だがそれでもこの酩酊者の口は回り続けた。
「レウミカには物心ついた時から両親がいねぇ。小さい頃は村長があの子の親代わりで俺が兄みたいなもんだった。でもあいつは聡い子だったぁ。どっかで俺達に気を遣っていやがったのさ。自分を無償で育ててくれた俺達に引け目、いんや距離を置いてたんだ」
「そんな……」
レウミカは捨て子だったのか?
確かにこの村の人とは違う人種だって言ってたな。あんな可愛い子を捨てるなんて正気じゃないぜ!
いや、違うのか? もしかしたら死別だっていう可能性もあるな。
この世界は前の世界とは違って生命の生き死にに関しては大分シビアみたいだからな。
「だぁかぁらぁ〜! おめぇには期待してんだよムト。あいつの、レウミカにとって初めての対等に話せる相手なんだからよぉ。頼むぜぇ、
「対等? でも俺にとってレウミカは命の恩人だし、対等って事はないんじゃ――って寝てるし」
「すぴー……ぐー…すぴー…………」
どうやらロビーノの宵の語らいは唐突に終わりを告げたようだ。部屋の灯りはついたままだが消し方が分からないのでこのままにしておくしか他がない。
友人か。俺にレウミカの友人が務まるだろうか? 本当はむしろ友人より深い仲になりたくてしょうがないが、俺はあくまでチキン、下着泥棒で精一杯だ。
「はぁ、とにかく俺ももう寝るか」
こっちに風呂とか寝巻きとかいう概念があるのか分からないが、肝心のロビーノが既に寝てしまっているし大人しくこの村服で床につくか。そういえば俺の私服どこいったんだろう?
俺は食べ終わった食器を台所にまとめて置いてから仮の寝室に向かう事にする。因みにこっちでのライフスタイルはかなり西洋寄りで、寝る時以外は靴を履きっぱなしである。
「ははっ、寝れねぇや」
この世界では夜になるとたいしてやる事がないので、夕食が終わったら直ぐに就寝らしい。だって家の外から物音一つしない、もうとっくにこの村一帯が全て就寝しているのは明らかだ。
無論ここが田舎だからという理由だけかもしれないが。
だから今俺はロビーノと別れて、もう今朝と同じ木製のベッドの上で横になっている。
しかしこれがまた中々寝付けない。
別にファンタジーの世界に自分がいる事に興奮しちゃって目が覚め切っている訳じゃないさ。元々俺は魔法とかドラゴンとかそういう幻想的な物には一切興味が無い、興味があるのは子供の頃からずっといかがわしい事のみだ。そっか! もしかしたら今日は久方ぶりに生身の美女と会話したから、それで心が昂っているのかもしれない!!
……いや違う。
本当は分かってるんだ。
自分がなぜ眠れないのか。
俺は動揺してるんだろう。
感情だけが現実に追いついていないから、今必死でこの劇的な変化に馴染もうとしてるんだ。
詳しい説明も無しに異世界に放り出され絶望しかけていた俺は、レウミカという美少女に偶然にも拾われた。そしてそのままこの安住の地に連れて行ってもらい、ロビーノからは食事、服装、仮宿を、レウミカからは生きて行く為に必須の知識を貰う事となった。記憶喪失だとか宣う怪しさの塊であるこの俺がだ。
俺は前の世界では嫌われる事に慣れていて、ゴミ屑同然に扱われるのが当たり前だと思っていた。
俺は見た目がキモけりゃ中身も気色悪い、こんな奴拒絶されて当たり前だと思っていたさ。
でも今はどうだ?
確かに見た目はマシになったが俺の不潔感と滲み出る屑臭は隠せていない筈だ。
なのにロビーノは自然に俺を居候させてくれるし、レウミカは俺に苦手意識を持ちながらも当然のように教師役を引き受けてくれた。
この優しさは何なんだろう?
俺は何も変わっちゃいない、事実問答無用で俺に拒否反応を示した子だっていた。
でも何でこんな俺に笑顔を見せてくれる人もこの世界にはいるんだ?
……本当にただ運が悪かっただけだったのかもしれない。
……本当は前の世界にもロビーノやレウミカみたいな人がいたのかもしれない。
……本当は前の世界も素敵な場所だったのかもしれないんだ。
「あの胡散臭い神様のせいであっちの世界には悪い思い出しかないけどな」
俺は自嘲気味に少し笑う、やっと睡魔殿がおいでなさったようだ。まったく遅刻じゃないか。
前の世界の夢が少し見たい、そんな事を思いながら俺はここ最近ご無沙汰だった安眠さんの元へゆっくりと落ちていった。
―――
「それで話って何? ムッ君?」
「え〜と……その、実はさ……」
煩いくらいに跳ね躍る心臓が、さっきから鬱陶しくてしょうがない。
極度の緊張で変な汗がとめどなく溢れ出る。
だが俺の目の前にいるツインテールの少女は、いつも通りの笑顔を俺に見せてくれている。
校舎の窓の外からは綺麗な紅葉が舞い落ちるのが鮮明に見て取れた。
俺の真っ赤な顔が、それに映えているといいんだが。
「
「言いたい事?」
オレンジ色の教室には俺と理恵の二人きり、今この時を逃せば二度とこんな機会は訪れ無いだろう。
いつ心臓が口から飛び出しても不思議じゃない、それ程に今の俺は昂ぶっていた。
だが怖れは無い、もう退くなんて事は出来ないさ。玉砕覚悟の神風特攻。
人間、時には負けると分かっていても勝負が必要なんだ。
「うん………俺さ………ずっと前から……理恵の事が…………」
「私の事が?」
視界一杯に映る俺の幼馴染は普段と微塵も変わらぬ笑顔で無邪気にも問い返す。
ここまで来てまさかまだ気づいてないのか?
天然も極まるとこうなるの? 今の関係性を壊したくないとかいう感情はこの子には無いのか?
それとも――――、
「だからその……俺はぁ………理恵の事がぁ………」
「……」
――――ずっと告白されるのを待ってたのか?
「好きなんだぁ!!!!!!!」
侘しいぐらい閑静な教室に、俺の濁った大声が無様に反響する。
言った。ついに言ってしまった。幼馴染に告白しちゃったよ。
とうとう心臓の音が聞こえなくなってしまった。さっきまで耳元であれほど五月蠅く騒いでいた癖に臆病な奴だ。一番恐怖を感じる所で逃げ出しやがったよ。
俺の両目がきつく閉じられただけなのにも関わらず、なぜか視覚はおろか触覚と聴覚までもがその機能を停止させたようだ。何も視えないし、何も聴こえず何も感じない。
「その言葉をずっと待ってたの」
でも、聞き慣れた声が不意に――それでも確実に俺の鼓膜の堅い扉をノックした。
「え?」
まさか、そんな、あり得ない、夢にまで見たその言葉、でも、嘘、下品で気持ち悪く挙動不審なだけの俺を――――――、
「理恵も好きだな――」
「好きなわけないでしょ?」
――――――は? ……え?
なんか文脈おかしくない――、
「私がアンタみたいなゴミ屑を好きになる事なんてこれまで通り未来永劫あり得ないっつってんの」
「理恵?」
え? 何だこれ? 一体何が起きてるんだ? ついさっきまでなんかいい感じだったろ? は? 誰この人?
「本っ当っ!!! ずっと待ってたんだから!? アンタがいつ告って来るか!! いつアンタと縁を切れるかってねっ!!! あ〜、気持ち悪い顔っ!」
「誰だよ。お前誰だ……?」
「勝手に喋んじゃねぇよこの社会不適合者がっ!」
俺の大好きな幼馴染と同じ顔をした悪魔が俺の胸を思い切り蹴りつける。
何故か全く足に力が入らず、俺はそのまま不細工にひっくり返った。
机とイスが背中にぶつかる、しかし衝撃はあっても痛みは無い。
「アンタと幼馴染ってだけで
「あっ、あっ」
呼吸が上手く出来ない。酸素が足りない。
脳が耳に入ってくる言葉を理解するのを拒否している。
「親の付き合いもあるし無下には出来なくて本当困ってたの! でも良かったぁ〜! これでやっと大手を振るってアンタとの関係を断ち切れるわ〜。告白されてフったってなれば気まずくなって関わらなくなるのも自然になるもんね!」
「これは夢だ。きっとそうだ」
「勝手に喋んなっつってんだろがこのウジ虫がよぉ!!!」
顔面を黒い影が覆う。口の中に埃と血の混ざった味がする。
何度も俺の醜い顔を知らない女が踏みつけてきてるみたいだ。
知らぬ間に顔が濡れていた、それが涙のせいかなのか鼻血のせいなのか判別はつかない。
「でも告白されたらされたでマジ苛つくね。アンタみたいなゴキブリ以下の存在が私なんかに告っちゃって。何? OK貰える可能性が一ミリでもあると思ったの? 調子乗んじゃねぇよドクズがっ!!」
「あぁ……あぁ……」
何かに激昂する女は俺の崩れた顔の上に足を乗せて、擦るようにしながら体重をかけてくる。時間がスロウに感じる、音が遠い。
「じゃっ、そういう事だから。もう二度と私に話しかけないでね? さよなら。あとドブみたいな悪臭がするからお風呂入ったら? それとなるべく早く死んでね? アンタは生きる価値の無いカスみたいな存在なんだからさっ!」
「……うぐっ!」
最後に女は力強く俺の脇腹を蹴り飛ばしてから何処かに消えていった。
教室には静寂と醜悪な敗北者だけが残る。
凄く気分が悪い。俺は吐瀉しそうになるのを寸前で押し留めた。
「俺が告白するとこうなるのか」
何で告白なんてしたんだろう。
いい結果が得られるとでも思ったのかな。
俺が勇気を振り絞ったって碌な事にはならないのは自明の理だったのに。
馬鹿だなぁ。改めて自分の愚かさを再確認したよ。
『ムッ君! やったよ! 同じ高校だねっ!!!』
無理してたのか。
『ムッ君ムッ君! 見てコレ見てコレ!!』
我慢してたんだね。
『ムッ君と私、幼馴染って奴だよね!?』
俺の事、そんなに嫌いだったんだ。
『さよなら』
放心状態の脳裏に浮かんだのは同じ顔の女性の様々な表情と、先程チラリと見えたスカートの下の白い下着だった。
「こりゃ死んだ方がいいわ」
笑ってた。俺は壊れたように笑っていた。可笑しくて可笑しくて笑い続けた。
現実逃避、自己嫌悪、厭世観、もう残された道は一つだと思った。
今日のオカズは決まりだな、最後の晩餐といこうじゃないか。
『起きろ』
沈む、沈んでいく、起き上がりたくない。
『おい、起きろって』
とても眠いんだ、何も感じない。
『起きろってんだよ』
俺は眠いんだ。話しかけないでくれ。もう、邪魔しないでくれよ。
「起きろぉぉぉ!!!!!!!」
――突如俺の顔に冷たい感覚が襲いかかる。曖昧だった五感が瞬時にクリアになっていく。
橙色だった世界が雲散していき、見た事のある二枚目な男が俺を見下ろしているのがわかった。
「おいムト。お待ちかねの朝だぜ?」
「……最悪の朝だ」
小鳥の囀る涼やかな早朝、悪夢から目覚めた俺の目の前には眩しい笑顔の好青年が仁王立ちしていた。
「よし朝飯食ったら早速特訓開始だからな!?」
「特訓? 一体何の話しな――」
「おいおい、いつまで寝ぼけてんだムト!? もう十時だぞ! シャキッとしろシャキッと!!」
「え? あ、うん……」
前髪から水滴をし垂らす俺の顔面にロビーノはご機嫌な顔で白いタオルケットをぶん投げる。どうやら朝の洗面はもう必要ないらしい。
そうかもう十時か。早寝遅起きをしてしまったようだ。
ん? というか十時? この世界にも一応時間という概念はあるのか? この家に時計とかあったっけ?
「朝飯はもう用意してあるから着替えたらさっさと食えよ。そんでもって食ったら裏庭に集合だからな!? わかったな!?!?」
「りょ、了解」
ロビーノは朗らかに一笑すると部屋から出て行く。よく見ると床には白い簡素だが清潔そうな替えの洋服が綺麗に畳み置いてあった。デザインは今着ている服とそう変わりはない。
「何を張り切っているんだか」
大きく一回伸びをすると新鮮な空気が肺いっぱいに広がる、久し振りの自然と一体になる心地の良い感覚に顔が綻ぶ。
充分な睡眠時間と手荒い目覚ましのおかげで夜型の俺の脳も完全に覚醒しているみたいだ。
手早く着替えを済まし、そそくさと大部屋に移動する、ロビーノが何やら待っているらしいから急いで食べなくてはいけないなぁ。
「いただきまぁ〜す」
「ほう? それは何かのまじないか?」
テーブルの上にはトーストされたパンと赤と緑のサラダに分厚いハムが添えられている。健康的で模範的な朝食だ。
俺はオレンジジュースらしき黄色い液体の入ったビンから、その中身をあらかじめ用意されていた大きめのコップに注ぐ。
身長の伸びにまだ慣れていないせいで椅子に座るのにも少しぎこちなさが出てしまう、これには早く適応しないとな。
「にしても旨そうだ」
「そうじゃろう? 私の村の食材はアミラシル一じゃからのう」
ゴクリとオレンジジュースらしき液体を一口飲む、味はオレンジというより蜜柑よりだな。
さて、それでロビーノの言う特訓って何の事だろう? 昨日何か言ってたっけ?
「おいお主、さっきからいくらなんでも無視は失礼なんじゃないかのう?」
「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!???」
ヒャッホウッ!! こいつは仰天だぜ!!!!
俺は突然眼下に迫る、潤沢な乳房と妖艶美女の顔面に驚愕する。
知らない間に目の前に色気ムンムンのお姉様が優雅に座っていらっしゃるではないですか!!
まるで豊かな谷間を見せつけるように露出度の高い赤い服装に身を包んだやたら唇の赤いこのご婦人はどちら様? というかいつの間に!?
「なんじゃお主? もしや今更気がついたのか? 私はお主がそこに座る前からここに座っておったのに」
「ひぇっ!? そっ、そうだったんですか?」
本当いい加減にしろよこのポンコツ脳味噌。
こんなエロモンスターにエンカウントしてる事に中々気がつかないなんて、俺の唯一の特殊技能であるエロアビリティまで錆びついてきたって言うのか? 全然目ぇ覚めてねぇじゃねぇか!
「すいません。まだちょっと寝ぼけてて。で、そっ、その、貴女様は一体どちら様で?」
「なんじゃあ? ロビーノの筋肉馬鹿から聞いておらんのか?」
真紅に染まった艶やかな長髪の謎の女性は呆れた様な表情をし、顎の下で絡めていた両手を解き、けしからん乳房の下で腕を組み椅子の背もたれに体重を乗せる。
バストサイズは俺の数あるエロアビリティの一つ、《バストスカウター》によれば推定Gクラスと判定された。
「私の名はジュリアス・マーキュリー。このデーズリー村の村長じゃ」
「そそそそそ村長!?」
「なんじゃ一々五月蝿いのう。急に大声を出さんでおくれ。老体には応えるんじゃよ」
「あ、すいません。それであの~、因みにおいくつなんですか?」
「おや? お主はレディーに年齢を聞くのはタブーというマナーすら知らんのかい?」
「し、失礼しましたっ!」
自称村長は淫靡な笑みを浮かべ、誘うような声色で俺に言葉を返す。唇の隣にある黒子がこれまたいやらしい。
村長という事はそれなりに年齢を重ねている筈だがこのお方はどう見ても老人という領域に入っているようには見えない。
本当に異世界とはかくも素晴らしい。村長とかいう長老ポジションでさえこの美貌! 俺の精魂がこの世界に感謝の祈りを捧げたがっているぜ!!
「さてリンカーンの小娘が男を拾ってきたとか宣うから見にきたら何ともまぁ……」
にしてもこいつぁやべぇな。
見れば見るほどこの村長エロ綺麗だぜ。でも多分お婆さんと言える年齢。人妻とかいう次元では恐らく無い。
でも、もうエロ可愛いけりゃなんでもいんじゃね? 年寄りだろうと幼女だろうと構わない。目の保養にさえなれば。谷間ぁ、谷間ぁぁ。
「思ったより普通じゃのう。少しばかり眼が変わっているがの。というかさっきからなんなんじゃ? 人の体をジロジロ見よって?」
「おひょっ!? あぁすいませんっ!! おっ、俺曲線に目が無くてっ!!!」
「曲線?」
どうやら胸の山脈を凝視しているのが認知されてしまったようだ。
マーキュリーさんは妖艶な仕草で自らの胸元を手で覆う。尋常ではない色めいたオーラが醸し出されていくのがあたかも目に見えるようだ。こいつは百戦錬磨だぜ。間違いなく魔性の女だ。
「お主もしやこんな大年寄りに欲情しとるのか? ほっほっほっ! とんだませ餓鬼じゃのう」
「い、いや、全然年寄りになんて見えませんよ?」
「嬉しい事を言ってくれるじゃないか? ええ?」
優艶な動きでマーキュリーさんの腕が隠していたモノを解放する。俺の視線は自らの意識に関係なくその卑猥な曲線美に吸い寄せられていく。これは不可抗力なんだ。本能は止められない。
「どうじゃ? 触ってみるかの?」
「え?」
は? 今この美魔女はなんて言った?
さ、触る? 俺の貞操は今試練に晒されているのかい? 年齢的に釣り合わなそうな雰囲気はしているんだけれどそういう所は気にしないタイプ?
それとももしやこの人は児童性愛癖を持っているのか? なんてこった!童顔イケメンにはこんな特典もついてくるのか!!!
突如出現し、魅惑の胸部で俺を熱くする女性の黒い瞳はどこまでも深く、決して真意は計れない。
「い、いいんですか?」
「さあて?」
エロティックな笑みを浮かべたまま彼女は意味深に首を傾げる。手汗がどくどくと量産されていく。もう俺の食欲は完全に色欲に制圧されている。
というか何だこの展開は? まだ夢の続きか? どうやってこの状況になったのかもう既に全く記憶がない。確実に分かるのは俺は遂に人生初の山場に出くわしているという事だ。
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ」
剥き出しの柔乳は目前にある。俺は慎重に手を伸ばしていく。マーキュリーという名の淫魔は身動き一つせず、薄笑を浮かべたままあろうことか目を閉じたではないか!
「ハァ、ハァ」
俺の息遣いは段々と荒くなっていく。
あともう少し、もう少しで。
指先の震えが止まらない、あと数センチで夢の果肉に手が届く。
もう少し、もう少しだ。
時間が極度に遅く感じる。もう視界には艶やかな巨桃しか入らない。
もう少し、もうすぐそこにある。
胸の高鳴りが限界を超えていく。ははっ、信じられない。こんな日が俺に来るなんて。
そして遂にお目当ての品に人差し指が到達する、緊張で感覚が麻痺しているとかは無しにしてくれよ?
「《ファイア》」
「ってアッチィィィィ!!!!! 熱がぁぁ!! 指が溶けるぅぅぅっっっっ!!!!」
というわけでいくら待てども暮らせど至福の時間は、決して俺の来る者を拒まぬ邸宅に訪れてはくれなかった。肉が焦げる芳ばしい匂いが鼻に突き刺さる。情熱的な甘い声が急にしたと思ったら俺の指先が発火してたのさ。
「ほっほっほっ!!! お主のような小童が私の身体に触れるなんて百年早いわっ!! 全く餓鬼が色気づきよってからに! ほっほっほっ!!!」
まあこんな事だろうとは思ってたけどな。
でも畜生…! 悔しいのは隠さないさ。現実はやっぱり甘くない。分かってたのに!
でもまぁ、官能的な空気を存分に堪能出来ただけ良しとしよう。人類にとっては小さな一歩だが俺にとっては大きな一歩だ!
それに一回でいいからエロいお姉さんに騙されてみたかったんだよね。
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