仕組まれた最低
「はっ!?」
ガバッと勢いよく俺がベッドから起き上がると、うるさいくらいに鼓動する自分の心臓に右手を当てて、自分がちゃんと生きている事をしっかりと確認する。
周りを見渡せば、いつもと同じ締め切られた灰黒いカーテンに日常品のゴミで溢れかえった床。黄色くくすんだテーブルに黒いノートパソコン。俺のありふれた日常がそこにあった。
「はぁぁぁ……」
なんだ夢か。
凄いリアルな夢だったな。
たちの悪い夢だよ本当に。
俺の人生は常に最低だが、死のうと思った事は一度もない。
理由は簡単さ。
死んだらエロい事がもう出来なくなる可能性が高いからに他ならない。
「本当に死んだかと思ったよ」
「いや本当に死んだよ?」
……え?
……ん?
改めて確認しておこう、ここは俺の部屋だ。
俺の頭がイカれてないかぎりここは確実に俺の部屋だ。
ということはつまり、この部屋には俺しかいない。
もっとわかりやすく言えば、俺の独り言に反応する人物が存在しない筈の場所だ。
俺の部屋に遊びに来るような友人も俺はもっていないし、当たり前だが彼女もいない。
それに俺はペットだって飼っていないんだ。
まぁペットを飼っていたところで結局俺の会話相手が現れる訳じゃないんだが。
とにかくこの聖域には俺以外の知的生命体は存在しないに決まっているんだ。
したがって導き出される結論は――、
「なんだ幻聴か」
「いや幻聴じゃないよ?」
「ひゃあああああああ!!!!! でっ、でたああああああ!!!!!!」
ついに俺は完全にパニック状態に陥った。
そりゃそうさ、突然目の前にポンと見知らぬ人間が出現したら誰だって驚くだろ?
俺はベッドから数センチ飛び上がると、毛布をしっかりと抱きしめながらベッドの隅に硬く縮こまる。
「お、俺が何をしたってんだよぉ……」
俺はか弱く震える声でテーブルの上に急に現れた、足がなく浮遊していて異常に長い黒髪で顔の殆どを覆いよく表情の確認が出来無い女性、貞子と名付けよう、に自らの恐怖心を伝える。
本当に幽霊っていたんだな。
世の中不思議な事だらけだ。
「いや〜! 本当良くやってくれたよ!! マジサンキュな!!!」
「……は?」
そして貞子は見た目に反して、やけにフレンドリーな接し方を俺に対してしてきた。
というかゴメンほんと無理、何コレ?
どういう状況?
ビビり過ぎて本当にちびりそうなんだけども?
「はっはっは、そんなに怯えんなって! とりあえず自己紹介でもしておくか。俺は神のタロウだ! 偽名だけどヨロシクッ!!」
「ひっ!? た、タロウ?」
「あ、お前は自己紹介しなくていいぞ? 俺お前の事は知ってるし」
おい何だよこの幽霊。
ラリってんのか?
とにかく足なしでプカプカ浮いてる姿があまりにも怖過ぎるからさっさと消えてくれると嬉しい。
「というわけでお前死んだわけだけども気分はどう? そんでもって何かお礼したいんだけど何がいい? あ、神の仲間入りは無理な。流石の俺でもそれは出来ない」
「ごめんなさい成仏して下さいごめんなさい」
駄目だこの幽霊、完全にぶっ飛んでいるぞ。
早く俺の怠惰で平和な日常を返して欲しい、全く会話にならないよ。
まぁでも相手は貞子なんだ、普通に会話出来る方がおかしいか。
とにかくこいつをどうにか説得して俺の部屋から出て行って貰おう。
それにしても見た目恐怖の権化すぎるだろ生貞子。
前髪少し切った方がいいんじゃないのか? 今日もまた恐ろしい夢をみそうでやだな。
「ん? お前もしや全く状況を理解出来てないな? ちょっと窓の外を見てみろよ」
「ひっ!?」
貞子は突然ビッと俺の後ろにあるくすんだカーテンに覆い隠された窓を病的なまでに蒼白い指で差し示した。
長過ぎる前髪のせいでどこを見ているのかいまいち確信をもてないが、なんとなく貞子は俺の事を見つめている気がする。
でも何でこのタイミングで俺に窓の外なんてもんを見せたいんだろう?
あ! というかもしかしたら外の日の光を直接浴びせればこいつを強制的に成仏させる事が出来るんじゃないか?
ん?
あれ?
でもそういえば今って何時だ?
「早く!」
「はっ、はいっ!!」
それにしても凄い急かしてくるな貞子。
どんだけ窓の外見せたいんだよ。
確か窓の外には住宅街くらいしか見えないはずなんだけどな。
もしこれで窓の外に貞子がびっしりとかいう展開だったら俺は間違いなく気絶するな。
そして俺は冷や汗を身体中びっしりとかきながら恐る恐る色褪せたカーテンに手を伸ばし、そしてぷるぷる震える二の腕に喝を入れ、そして指先の久しぶりに感じるカーテンの手触りにすらも恐怖を覚えながら、背中に突き刺さる尋常じゃないプレッシャーを断ち切るように思い切り腕を振り切ったんだ。
「……え? なにが……? 嘘、だろ?」
知らない間に俺の体の震えは止まっていた。
もう俺の部屋に幽霊が出たとか言って騒いでる場合じゃなくなったからだろうか。
窓は開いていてその外には何もなかった。
あえて言葉に言い表せば、ただただ白い、そう言えるんじゃないかな?
これで俺は凄く安心した気持ちになったよ。
だってこれで今のこの状況が夢の中だって事が判明したんだから。
部屋に幽霊がいて、部屋の外は無の世界。
俺やっぱり疲れてるんだな、こんなヘンテコな夢を見るなんて。
「な? これでわかっただろ? 今がどういう状況なのか」
「あ、まぁそうですね。これが夢だってやっと気づきましたよ。明晰夢ってやつですか? 初体験です」
「ち、ちげーよ!!お前は死んだの!!ここは俺が創ったお前の記憶を元にした精神世界だ」
「ひぁっ!? そっ、そうなんですか!?」
突然目の前の貞子が大きな声を出すので俺はびっくりして後ろの壁に思わず頭をぶつけてしまった。
いくら夢の中だって言っても怖いものは怖いんだ。
「お前自分が死んだ時の事は覚えてるか?」
「え? 死んだ時、ですか?」
俺は生まれてこの方死んだ事なんて一度もないんですが。いや当たり前なんだけど。
まあそれでも強いて言うなら、さっきの夢が一番近いか。
俺は夢の中で目先の美女に釣られて道路に飛び出し、トラックに轢かれ、そして、死んだ。
まだ俺は夢の中のはずだけれど、何故かさっきまで見ていたこの夢の内容は完璧に思い出せる。
というかさっきまで見ていた夢は不思議と俺のこれまでの生活との切れ目がない気がするな。
あれ?
俺はいつ寝たんだ?
どこからが夢だ?
「気づいたか?自分が死んでる事に?」
そんな。
嘘だ。
嘘に決まってる!
これは夢だろ?
俺が死んでる?
そんな馬鹿な!
まだ童貞なのに?
俺は自分の醜い顔をぶん殴った。何度も何度も強く殴りつけた。
でも痛みはなかった。俺は泣きそうになる。
だってそうだろう?
これまで俺はずっと最低の人生をいつかめっちゃエロい事をするためだけに生きてきたっていうのに!
それなのに俺は童貞のまま死んだのか!?
こんな事ってあるのか!?
糞!
なんで風俗行くの我慢してたんだ俺はっ!!
畜生!
一回くらい性犯罪に手を出しておけばよかった!!
俺はまだ生きたい。
童貞のまま死ぬのは嫌だ。
「糞……畜生………何で……」
「驚いたな。ここまで生への執着があるとは。実験の結果は想像以上だ!」
俺が自分が死んだ事に段々と実感を持ち始め悔し涙を流すのを見て、何故か貞子は趣味の悪い笑みを浮かべ満足そうにウンウンと頷いている。
「じゃあちょっと仕切り直して、最初から説明するか」
「俺は死んだのか……」
「俺はさっきも言った通り神様っていう存在なわけだけど、俺はある研究をしていたんだ」
「……研究ね」
もう全てがどうでもいい、全部終わったんだ。
それにしても研究か。神もそんな人間の大学教員みたいな真似をするのか。
というか本当に神様なの? 何で見た目貞子?
「俺がしている研究は知的生命体にはある一つの強い欲求を与えればそれだけで生きる事に必死になる、というものだ」
何だその変な研究は。
基本的に人間は生きるのに必死な生き物だろう?
というか何でそんな話を俺にするんだ?
一体何の意味がある?
「お前は知らないと思うが、生き物っていうのはある程度知能が高くなると何故かやたら自殺するようになるんだ。世界を創造し、そのありようを見て楽しむ俺達神からすれば本当にそれは迷惑な事なんだよ。だから俺が高度な知能を持つ生命体が死ななくなるよう方法を研究するよう最上級神に命じられる事になったんだ」
「は、はぁ……」
天才ほどよく自殺するって言うしな。
案外そういうものなのかもな。
ていうか世界を創造する?
やっぱ神って凄いんだな。
なんか世界創造の理由が適当な気がするけど。
「そこで俺が目を付けたのが『性欲』、これだ! 知的生命体にはとにかく強い性欲を植え付けちまえば自殺なんてしないだろう、そう俺は考えたんだ。だから俺は異常な性欲を持つが、ありとあらゆる不幸に見舞われる人間を誕生させた」
「……ん?」
「そしてお前は俺の想像通り、普通の人間なら自殺してもおかしくない程の境遇にあっても決して自殺せず、最終的には人助けをしようとする一歩手前で不運な交通事故で死んだ。完璧な結果だ!」
「え!?まっ、待って下さいそれって!?」
おいおい冗談だろ?
俺の最低な人生は神によって仕組まれたものだったって言うのか!?
「本当お前には感謝してるぜ。俺とお前の研究の成果が最上級神に認められて俺は晴れて上級神に昇格する事が出来たんだからな! だから今回はお前にお礼を言いにきたんだよ!」
「ちょっと待って下さいよ!!! そ、それって余りにも酷くないですか!?」
行き場のない悲しみが徐々にと尋常でない憤怒に変わっていく。
俺は自殺しても不思議じゃない不幸を耐えるためだけに生まれた存在だっていうのかよ!
そっ、そんなの、あんまりだろっ!!
「だからお礼をしに来たって言ってるだろ? 神である俺も流石にこのままお前を死なすのはちょっと報われないかなって思ってな」
「え? お、お礼ですか?」
だが神のその一言で俺の頭は一気に冷えて、珍しく高速で稼働しだした。
やっと神の見た目にも慣れてきた俺はここにきてやっと、目の前の怪しい存在が言っている言葉の意味、自分が今置かれている状況を理解し始めたんだよ。
つまりこの神様は自分の実験として俺を創りだして、その実験は俺の意図しない頑張りによって見事成功し、その結果よくわからないが神としての昇進を果たした。
そこで、実験のモルモットとして散々な目にあった俺に哀れみと感謝を覚え、何かしらの謝礼を俺にあげにきたって事なんだ。
なるほどそれでは……一体どうしたものか。
「その通りだ、お前には報酬が必要だろう。よく三十三年間耐えてくれた」
「は、はぁ、ありがとうございます……」
何か複雑だし、腑に落ちないけどしょうがない。
ここでゴネても何も変わらないだろう。
これまでの最低な人生は悪い夢だったんだと綺麗さっぱり忘れて、新たなエロい未来について考える事にしよう!
「そうだなぁ。お前はまだまだ生き足りないみたいだからな……よし! どっかのお前の好きな世界にお前の好きな条件で転生させてやろう!! どうだ!?」
「て、転生……ですか?」
転生か。しかも好きな条件で。
もしかしたらこれは結構魅力的な話なんじゃないのか?
要するに俺もスーパーイケメンライフを味わえるかもしれないって事だろう?
「ちなみにどんな世界が選べるんですか? 巨乳で美人な女性しかいない世界とかありますよね!?」
「巨乳で美人? それはお前の元々いた世界の基準でか? 俺が担当してる世界は七つあるが……う〜ん……そうだなぁ〜……」
俺の胸が興奮で高鳴り始めた。
もし街ゆく女性が全て美女でバインバインだったら……。
おおっといけねぇ!
想像しただけでよだれが!
「あ! ひとつあるぞ!! そこは魔法と血が支配する世界だが、お前の元いた世界から見ればこの世界には美人と呼ばれる人間しかいないと言えるだろう。どうだ? そこにするか?」
「じゅるるっ! はいっ! 是非そこでお願いします!!」
「うわっ! 急に元気になったな……」
まさかこんな展開になるとは。
人生捨てたもんじゃないな。
厳密にいえばもうすでに一回死んでるけど。
「さて、それでどんな条件で転生する?」
「超イケメンでその世界で最もモテる資質を持った人間に転生させてくださいっ!!」
「超イケメン? それもお前の元いた世界の基準でいいんだよな?」
「はいっ!! それで構いません!!」
「お、おう……この世界で最もモテる資質? 女性にか? う〜ん……それはよくわからんが女性は強い者に憧れるとよく聞く。よし! お前を最強の魔法使いにしてやろう!!」
「最強の魔法使い?」
そういえば魔法の世界とかさっき言ってたな。
確かに俺の経験上、たいして恰好良くもないし性格も悪いのにモテる不思議な奴らは大体が喧嘩に強そうな細マッチョだったな。
最強の魔法使い。恐らくそれに近いものだろう。
しかも俺はそれに加えて超イケメンッ!!
ハァハァ。
しまった。興奮し過ぎて息切れしてきちまった。もうすでに死んでるのに。
「これで決まりだな! お前を第三世界に超イケメンの最強の魔法使いとして転生させる! 年齢はキリのいい二十歳にしておくからな!」
「うわ! 消えた?」
貞子はポンっと手を打つと急に煙のように消えてしまった。
「それじゃあ早速転生開始!!」
「え!? ちょ、ちょっと心の準備が!!」
俺は天井から降ってくる声に顔を精一杯上に向けて答える。
――シュゥゥゥゥ。
すると不可思議な音と共に俺の部屋が突然青白く光始めた。
「な、なんだコレ!?」
「あ、あとお前のために今から転生する世界の言語をお前の馴染みある言語に変えておいたし、その他にもお前が馴染めるように色々調節しておいた! でも礼はいらないぞ!! ははっ!」
世界の言語を変えた!?
創造神凄まじいな。
ていうかこれどう考えてももう転生始まってるよね?
ヤバい。心の準備が。
「あれ? 俺の体も光ってる?」
どんどん部屋の青白い光が強くなっていき、俺はもう眩しくて目を開けている事が出来なくなってきてしまった。
それになんだか体中が熱い。
目を固く閉じているので確認は出来ないが恐らく俺の体も蛍のように発光しているのではないだろうか?
「今度は最高の人生を!」
どこか遠くから若干の笑みを含んだ声がする。
しかし俺は体の灼けるような痛みに囚われてそれに反応する事が全く出来ない。
まだ神に聞いておきたい事があるのだが、喉も灼けるような激痛に襲われ、声を出す事も叶わない。
痛みで感覚が麻痺していき、意識が段々薄れていく。
生き返るのって、死ぬのより苦しいな――、
――そして俺はまた、無になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます