第44話:恐ろしい魔力の魔王は、拗ねたようなことを言う

『だから気を抜くなと言ったのに』


 剣の中から、ピースの呆れ声が聞こえた。


「ピース。今はそんなことを言ってる場合じゃない。どう戦うか、考えないと」


 俺の言葉に、ピースが『フッ』と鼻で笑う。


『アディがキャティと、いちゃいちゃするからだ』


「いちゃいちゃなんか、してねぇーっつーの!」


『してたではないか』


「してないっ!!」


『し・て・た』


「あーっ、もうっ!」


『認めないのか、アディ?』


 今は、そんなこと、どうでもいいじゃないかっ!

 ピースは、一体何をこだわっているんだよっ!?


「アディ、今は、そんな言い争いをしている場合ではない。ウルフがこっちを睨んで、隙を窺っている」


 キャティの冷静な声が聞こえた。


「あ、そうだな」


 確かに、そんな言い争いをしている場合ではない。


「わかったよ、ピース。俺はキャティといちゃいちゃしてた」


『やっぱり、いちゃいちゃしてたのかーっっ!?』


 なんだよ、その驚きは?

 ピースが言ったとおりに肯定しただけなのに。


 なぜかピースは無言になってしまった。

 よくわからないやつだ。


 とにかくB難度の敵を、俺一人で倒さなきゃならない。

 この最悪の状況は、何も変わっちゃいない。


 キャティがいるから大丈夫だという、先ほどまでの安心感は、脆くも崩れ去ってしまった。


 ヤバい。

 これはかなりヤバい状況だ。


 しかし……


 やるしか──ない!


 キングウルフはグルルルルと唸り声を上げて、こちらを窺っている。

 ギラギラとした赤い目で、睨んでいる。


 ヤツはスピードが速い。

 いくら俺が成長したとは言え、スピードでは敵わないはずだ。


 そしてあの大きな体。

 タランチュラは何とか真っ二つに斬れたが、コイツにはそうはいかないだろう。


 ──どう戦うべきか?


『アディ。ヤツが飛び込んで来たら、思いっきり剣を振れ。決して遅れるなよ』


 ピースも落ち着いたようで、冷静なアドバイスをくれた。


 そうだな。

 いくら強力な攻撃力の剣でも、振り遅れたら、敵にダメージは与えられない。


 逆に言うと、とにかくこの凄い剣をヤツに当てれば、勝機はあるということだ。


 俺は。

 ヤツがいつ飛びかかってくるか。

 それだけに神経を集中する。


 ウルフの前脚がピクリと動いた。

 ──来るかっ!?


『今だ、アディ! 剣を振れっ!』


 まだ早い。

 そう思ったけど、ピースの指示に従った。

 剣を振り上げ、振り下ろす!


 キングウルフはバネのように身体をしならせて、地面を蹴った。

 あっという間に俺の目の前まで、黒くて大きな顔が迫り来る。


 ──ヤバいっ!

 喉に噛みつかれる!


 しかし既に剣を振り下ろしていたのが功を奏した。

 ウルフの顔面に、ちょうど俺の剣がめり込む。


 バキバキと嫌な音を立てて、剣の刃がウルフの顔の骨を切り裂いた。

 さすが、ピースの魔剣の威力。


 力を失ったウルフは、そのままドサっと地面に倒れ込んだ。

 そしてもう動かない。


「た……助かった」


『よくやった、アディ』


「いや、ピースの指示のおかげだ」


 敵の動きを見てから動き出していたら、俺はやられていた。


『じゃあ、さらに奥に進もうか、アディ』


「ええーっ!? マジかっ!?」


『ああ、マジだ』


 事もなげにピースは言うけれど。


「キャティは剣を握れないんだぞーっ!?」


『それがどうした?』


「それがどうしたって……」


 今はたまたま敵を倒せたけど、ギリギリだった。

 こんなのを続けたら、そのうち俺は死んじゃうぞ……


 俺が唖然としていると、横からキャティが提案してきた。


「いや、今日は一旦帰らないか?」


「そうだよピース。俺だけしか戦えないんじゃ、危険すぎる」


『ダメだアディ。もっと訓練を続けろ』


 ピースのヤツ、相変わらずスパルタだ。

 でもキャティが怪我をした状態なんだ。

 そこまで無理をしなくてもいいんじゃないか?


「なんでだよ?」


『勇者検定会とやらまで、あと一週間を切ったのだろう? アディは強くなるために、一日でも惜しくないのか?』


 そう言われると、返す言葉はない。

 確かにそうだ。


 しかし今の俺は、魔剣の力頼み。

 そしてキャティの強さ頼み。


 それではいけない。

 俺自身がもっと強くならないとダメだ。


 ──否。


 もっと強くなりたい。


「そうだな。ピースの言うとおりだ。わかったよ。もっと訓練を続けよう」


「アディ…… ホントに大丈夫か?」


 キャティは心配そうな瞳で俺を見た。

 女の子に実力を心配されるなんて、やっぱり恥ずかしいことだよな。


「お、おう。大丈夫だ。がんばるよ」


「わかった。アディがそう言うなら……」


 そういうわけで、俺たちは魔物を求めて、さらに森の中を歩き回った。

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