第43話:気を抜いた赤毛の剣士は、噛みつかれる

 俺たちは、森をさらに奥まで進んで行った。

 この奥に行くと、そこにはB難度クラスの魔物が生息しているらしい。


 俺は周りに神経を張り巡らし、慎重な足取りで歩みを進める。

 背の高い木々が鬱蒼と茂り、陽光が地面にまで届かないような薄暗い場所だ。


 さすがに気を抜いたら、ヤバいことになる。

 この辺りには、どんな魔物が棲みついているのだろうか。


 でも、まあそうは言っても、ここらにいるのは強くてもB難度だ。

 この前A難度のキングリザードを倒したキャティがいるんだ。

 最悪でも死んだり、大怪我することはないだろう。


 そう思って横を歩くキャティの横顔をチラッと見た。

 さすがキャティは、落ち着いた表情をしている。


 高い鼻と長いまつげが美しい。

 そしてやや鋭い猫のような目も凛々しくて、頼りになる。

 うーむ……やっぱりキャティは美人だな。


 俺もあんまり、肩に力を入れないようにしよう。

 そうじゃないと、かえって動きが鈍くなってしまう。


 正直に言うと、キャティという存在が、俺に安心感を与えている。


 そんなことを思いながら、キャティの横顔を見ていた。

 すると俺の視線を感じたのか、ふとキャティが俺の方を向いて、目が合った。


「ど……どうしたアディ?」


 キャティは急にあたふたし始める。


「あ、いや……ごめんキャティ、なんでもない」


「あ……そ、そうか……」


『こら、お前ら! 気を抜くなっ!』


「あ、ああ。わかってるよピース」


 ──いちいちうるさいな、ピースは。


 そう思った瞬間だった。

 キャティの向こう側の草むらから、ガサガサっという音が聞こえた──


「うわっ!」


 キャティが突然叫んだ。

 見ると、馬鹿デカい狼が口を開けて、キャティの右手に向かって飛びついて来る!


 そして剣を持つ右手首にガシっっと噛みついた!

 ふいを突かれて、素早いキャティもよけきれない。


「ぐっ……」


 キャティはたまらず、手にした剣を落とす。


 ──あれは、大型の狼、キングウルフだっ!


 人の3倍はある、大きな身体。

 真っ黒な毛に覆われ、目は赤く光っている。


 その強力な武器は、素早さと、強い顎での噛みつき。

 そして唾液には、神経を麻痺させる毒が含まれているという。


 通常のウルフよりもかなり強い、B難度の魔物だ。


 キングウルフはキャティの手首を噛んだまま、頭をぐるんと振り回した。

 軽いキャティの身体は宙に浮き、次の瞬間地面に、背中から打ち付けられた。


「うぐぐっ!」


 キャティは背中を強打して、呻いている。

 その上に、キングウルフが覆いかぶさる。


 このままでは、キャティの喉が噛み切られてしまうっ!


「キャティっ!」


 俺は叫びながら、キングウルフの大きな身体に、横から肩で体当たりした。

 ウルフは少しよろけ、そして素早く横っ飛びをして後ずさる。


「大丈夫かっ、キャティ!?」


「あ、ああ。ありがとうアディ」


 キャティの腕を取って助け起こす。

 顔や喉には怪我はないようだ。


 キャティに大きなケガがなくてよかった。

 喉を噛み切られたら、出血、そして神経毒が脳に回ってヤバかった。


「うっ……」


 しかしウルフに噛みつかれた右手首は肉がえぐられ、歯の形に血が滲んでいる。

 キャティは左手で、怪我をした右手首を押さえた。


 皮膚も肉も裂傷が酷い。

 もしかしたら、骨も折れているかもしれない。


 俺はキャティの手首に手を当て、【接着】スキルを施してみた。

 裂けた皮膚は、一瞬で、まったく何も傷がない状態に戻る。


「どうだ?」


「ありがとう、アディ。痛みはなくなった」


 キャティは地面に落ちた剣を拾い上げる。

 しかししっかりと握れずに、剣を取り落としてしまった。




「手が……痺れている。くそっ……これじゃあ、剣が握れない」


 ──なんだって!?


 キングウルフの毒は、致命的なものではない。

 だが毒による痺れは、しばらく続くはずだ。


 そして俺の【接着スキル】は──


 裂傷や骨折、切断傷には威力を発揮するが、体内に入った毒を浄化するなんて効果は……ない。


 ……ということは。

 キャティの攻撃は当てにできない。


 それはつまり──


 俺の攻撃だけで、キングウルフを倒さないといけないということを意味していた。

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