第32話:半信半疑な俺は、儀式をやってみる

 ジグリットに【認証の儀式】のやり方を教わった。


 まずはピースを、もう一度魔剣に封印する。

 そして俺は、足を肩幅に開いて立つ。


 魔剣を握った右手を真っ直ぐ前に伸ばす。

 魔剣のグリップをしっかりと握り、刃を縦にする。


 その態勢で、ジグリットに教えてもらった言葉を暗唱した。


「我が手の中の魔剣よ。そなたは我をあるじと認め、我に従え!」


 魔剣は……何も起こらない。

 ピースも無言だ。

 ダメなのか?


 俺は同じことを、もう一度繰り返す。


「我が手の中の魔剣よ。そなたは我をあるじと認め、我に従え!」


 また何も起こらない。

 やっぱりピースは、俺を魔剣の使い手として、認める気はないのだ……


 ──と諦めかけた瞬間。


 ピースを内包した魔剣がブルブルと震えた気がした。


 そして魔剣全体から白い光が発し始める。

 その白光が剣と共に、俺を包む。


 魔剣からなんとも表現し難い感触のパワーが溢れ出し、俺の身体に流れ込むのを感じる。


 そして剣から直接俺の脳に、何か言葉が流れ込んでくる。


『我は……そなたをあるじと認め、従うことを誓う』


 ピースの声のようでもあり、そうでないようでもある。


「おお、やったじゃないか! さあアディ。その剣で、この魔石を斬ってみなさい」


 いつの間にやら、ジグリットは拳大の石を持っている。


 ジグはその石を両手で挟んで、俺の目の前に差し出した。


「フンっ!」


 俺は魔剣を縦に一閃する。

 目の前の石は、まるで柔らかく熟した果物を切ったように、すんなりと半分に切れた。


「よくやったアディ! ピースの魔剣は、君をあるじと認めたようだ!」


「そ……そうなのか?」


「この石は、最も高い硬度をもつ魔石だ。普通の剣ではまったく歯が立たない。それをこんなにすんなり切れるのは……魔剣の力を引き出せた証拠だ」


 確かに。

 この魔剣は、物凄く俺の手に馴染んでいる。


 刀身は、先ほどまでの鈍い光ではなく、キラキラと輝いている。


 左右に柔らかな曲線で伸びたツバも美しい。

 俺は、思わず指先で、そのツバを撫でた。


『あふん……あっ、こら、アディ! 変な所を触るなっ!』


 剣の中から、ピースの艶かしい声と怒声が聞こえた。

 いや、変な所って……


 俺は剣のツバを触っただけなんだけど。


 剣身から黒い霧のようなものが立ち昇り、それがピースに姿を変えた。


 剣を分離していないから、どうやら自由に出入りができるようだ。


「なんだかよくわからんが、そのツバと私の足の感覚がつながっているようだ」


「そうなのか!? それは気がつかなかった」


「あんなことをされたら、気持ちい……いや、不快だ! もう二度としないでくれ」


「あ、ああ。悪かった」


 ピースはスラリと長く美しい脚の、太腿の内側をさすっている。


 顔が真っ赤だ。

 恥ずかしい思いをさせたみたいだな。

 知らぬこととは言え、反省。


「おめでとう、アディ。君はピースから、魔剣のあるじと認められたようだ。間違いないな、ピース?」


「あ、ああ。間違いない」


 ピースは、ジグリットにコクリとうなずく。



「信じられないよ、ジグ」


 俺みたいな弱い剣士が、魔剣……それも魔王の力を持つ魔剣から、使い手として認められるなんて。


「なんで俺なんかが認められたんだろ? 間違いじゃないのか?」


「何を言ってるんだアディ。魔王を自由に魔剣に封印、解放できるんだ。そんな凄いヤツは、他にはいないぞ」


「そ……そうかな?」


「そうだぞ。伝説の勇者だって、命と引き換えにようやく封印した相手なんだ。なあピース」


「あ……ああ。そ、そうだな」


 ピースはちょっと悔しそうな顔をして、うつむいてる。


 ──まあ、そうと言えばそうなんだけど……


「それほど君のスキルは、君が思ってる以上に凄いってことだ。それに、どうやらピースは君のことを気にい……」


「ああ、こらこらジグ! いらぬことは言わんでいい!」


 ピースが急にあたふたとしてる。

 なんだろ?


「あはは、スマンスマン、ピース。まあ、そう言うことだアディ」


 ピースはなぜか、茹で上がったように真っ赤な顔になった。

 そして俺の顔を見て口を開く。


「ただ、アディ。一つだけ言っておくぞ」


「なに?」


「私がお前をあるじとして認めたのは、あくまで魔剣としてのことだ。こうして外に出ている時は、私はあくまで魔王、ルシフェルⅢ世様だ。お前をあるじと認めているわけではないっ!」


 ピースは俺を、キュッと睨む。

 ただし、怒りを含んだ目ではない。


 どちらと言えば……

 ちょっと拗ねた女の子のような目。


 だから少し、可愛く見えてしまった。

 ホントは魔王なんていう、超絶怖い存在なのに。


 隣のジグリットはなぜか、また「ククク」と笑いを噛み殺している。


「お、おう。わかってるよピース。俺は、そんな勘違いはしていない」


「ならば、いい」


 ピースは拗ねたような態度のまま、そう言った。

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