第29話:恥ずかしがり屋の女魔王は、隠し事をする

 ピースは、人間を襲う魔物や魔族は、そのほとんどがサタッド国の仕業だと言った。


 ──なんだそれ?


 と思っていたら、ジグリットが口を開いた。


「そうか……思い出した。聞いたことがある。魔族には主に二つの国がある。サタッド国と……ルシフェル国か」


「そうだ。よく知ってるな、ジグ。だがほとんどの人間は魔族と交流がないから、そのことは知らないのだよ」


 ピースの手から、ふっと力が抜けた。

 話しが通じて、少しホッとしたのかもしれない。


「ああ。僕も詳しく知ってるわけじゃない。何かの文献で、目にしたことがある程度だ。しかもその文献は都市伝説をまとめたようなもので、書かれていることが事実かどうか、わからないと思っていた」


 ジグリットによると、サタッド国の方が超大国で、ピースが王のルシフェル国はかなり小規模な国だと言う。


 ジグリットの知識を簡単にまとめると──



 サタッド王は残虐で好戦的な、男魔王。

 ソイツがまとめるサタッド国には、荒い気性の魔人が多い。

 平気で人間を襲い、作物などを奪う。

 それを魔王も認めている──というか、推奨している。


 女魔王ルシフェルは平和を愛し、質素に暮している。

 その国には、優しい性格の魔人が多い。

 意味のある戦いはするが、無為な戦いはしない。


「これは、単なるお伽話のようなものだと、僕も思っていたが……事実なのか?」


 ジグリットの質問に、ピースはコクリとうなずく。


「ああ概ね事実だ! もちろん私の国にも荒い者もいるし、サタッドの国にも、優しい者もいる。だがそれは、お前ら人間でも同じだろ!?」


 確かに。

 人間にも、平気で他人を傷つける者もいれば、優しい者もいる。


 戦争ばかり仕掛ける国もあれば、平和を愛する国もある。


 しかしこれは驚くべき話だ。

 俺たちの知る常識を、根本から覆す。


 俺は思わず、隣に座るピースの顔を見つめた。


 その視線に気づいたピースは、俺をチラッと見た。

 その瞬間、俺の手に、彼女の手がピクッと震えた感触が伝わる。


「ど、どうしたのだ、アディ? ……わ、私の顔に何か付いているか?」


 ──ん?


 ピースがなぜかあわあわしている。

 顔も真っ赤だ。

 どうしたんだ?


「あ、いや……別に。ピースこそ、大丈夫か? 熱でもあるんじゃ? 体調が悪いのか?」


 そこまで言って、俺ははたと気づいた。


 ──あれっ?

 魔族って、人間と同じように、体調不良で高熱が出るのか?


「あ、いや……だ、大丈夫だ。熱なんかない」


 ピースの返答からすると、その辺は人間と同じみたいだな。


「ところでピース。それならば、一つ疑問がある」


「なんだ、ジグ?」


「60年前にピースが封印されてから、魔物や魔族からの攻撃が減った。これは魔王が討伐されたのが原因だと、我々人間は考えていた。そして最近、また魔物が増えている。だから魔王の復活が近いのだと、私たちは推測していたのだ」


「なるほど……」


「これは、どう説明するのだ、ピース?」


「うーむ……私が封印されていた時のことは、正直わからん。だが推察するとすれば……」


 ピースは口ごもる。


「推察するとすれば……なんだ?」


「あ、いや。私の口からは言えん」


「ん? トップシークレットという訳か」


「いや……そうではないが……」


 ピースは目を伏せた。

 何かを隠そうとしているのか?


 せっかく、少しはこの魔王を信頼し始めていたのに。


「なあピース。隠し事はやめてくれ」


 そう言う俺の顔に、ピースは視線を寄越した。

 その顔には、ハッとした表情が浮かび。

 その指先は、きゅっと俺の手を掴む。


「あ……すまん」


 ピースは慌てて、指先の力を緩めた。

 無意識に指先に力を込めてしまったらしい。


 そして赤らめた顔を背けて、ジグリットに向いた。


「わかったジグ。シークレットと言うより、自分の口から言うのが恥ずかしいだけだ。アディの言うように、隠しごとは良くないな……そうだよなアディ……」


 ピースは横目で俺をチラッと見る。


 ──うーん……


 ピースがなんだか挙動不審だ。

 なぜだ?

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