第26話:禿げた頭の男は、実は別人

 ずっと聖剣の中から、魔王がすすり泣く声が聞こえる。

 さすがに見かねて、キャティが魔王に語りかけた。


「なあ、貴様。なぜ泣いてる?」


『ふぇっ……ふぇっ……ふぇっ……私は何も悪いことをしていないのに、こんなことをされて、悔しいからだ……悲しいからだ……』


「何を言っている、貴様! 貴様は人間を襲い、殺し、略奪を繰り返してきたではないかっ!」


『はぁ? 私が? いつ? どこで? 誰を? 襲い、殺し、略奪したというのだ?』


「なにをとぼけてるのだ、貴様!」


『私はとぼけてなんか、いないっ!』


「はあ? いつまでしらを切るつもりだ、お前っ!」


 キャティはよっぽどイラついたのだろう。

 思わず手を伸ばして、聖剣につかみかかろうとした。


「待て、キャティ!」


 横からジグリットがそれを制した。


「何かおかしい。ちょっと僕に話をさせてくれ」


「あ、ああ……いいけど。兄さん、気をつけろよ。魔王の言うことなんて信用できない」


 キャティの言うとおりだ。

 魔王なんて、信用できない。


 だが、ジグリットが言うように、ちょっと何か変だ。

 さっき俺が魔王に飛びついたときも、二度とも、俺を殺そうという殺気は感じなかった。


 一度目は俺と目が合って、コイツは固まったようになった。

 二度目は両手で俺の攻撃を避けようとしたが、俺に攻撃をしてくる感じではなかった。


 魔王ほど強い存在であれば、俺を一撃で殺すなんて、さもないことのはずだ。


 ジグリットに対しては、動きを封じる魔法をかけただけだし。

 さすがに剣で斬りかかったキャティに対しては攻撃をしたが、デコピンだけだ。


 抜き身の剣を振り回す相手に対してデコピンだけ。

 あれも殺意まではなかったような気がする。


 残虐の限りを尽くすはずの魔王が。

 よくよく考えると、俺たちには一切殺意を向けてはいない。


 これは、どういうことだ?


「なあ、魔王。君の名は、なんと言うのだ?」


 ジグリットは、優しく落ち着いた声で質問を投げかける。


『私は……魔国、【ルシフェル国】の王、ピースエルド・ルシフェルⅢ世だ! ルシフェルⅢ世様、と呼んでくれたまえっ!』


 魔国の王……

 つまり、やはり。

 コイツは魔王だ。


「そうか、ピース。僕のことは、ジグと呼んでくれ」


『だっ……だからっ! ルシフェルⅢ世様と呼べと言っておろうがっ!』


「まあ、いいじゃないかピース。この方がフレンドリーだ」


『……』


 また剣の中の魔王が無言になった。

 威厳を損なわれて、激怒しているのだろうか?


『わ……わかったジグ。質問はなんだ?』


 ありゃ?

 ちょっと待て。

 コイツ、思いのほか、素直じゃないかっ!?


 魔王の性格がよくわからなくて、頭が混乱する。


「君はさっき、私は何も悪いことをしていないと言った。しかし君は、僕達の勇者を殺したじゃないか」


『殺した……? 私が? 勇者を?』


「そうだ。勇者は君との戦いで、君をその剣に封印した。しかしその戦いで重症を負った勇者は、町に帰り着く前に、ケガが悪化して亡くなったのだ」


『マジかっ!?』


「ああ、マジだ」


 魔王って……

 マジ、とか言うんだ。

 初めて知った。


「だからそこに寝転がっている人は、君を倒した勇者ではない。あれは、この王立研究所の所長だ。禿げた頭がよく似ているだけの別人だ」


 ──あ。


 ジグリットから名前が出るまで、所長が倒れているのを忘れてた。


 ──でも、まあいいか。


 今起こすと、色々とややこしいことになりそうだ。

 しばらく倒れたままにしておこう。


『勇者は、既に死んでいる!? 嘘をつくなっ! 私を欺こうとしても無駄だ!! あんな見事な禿げ頭の男は、二人といないっ!!』


「いや、いるぞ。所長くらいの禿げ頭なら、どこにでも」


 ジグリットの言葉に、しばらく無音。

 魔王・ピースは、戸惑っているみたいだ。


「そ……そうなのか? 人間は凄いな……」


 ──どこに感心しているんだ、コイツ!?

 よくわからんヤツだが……

 魔族には、ああいう禿げ頭は滅多にいないのだろうか?


『そんなことよりも、ヤツは死んでしまったのか……?』


「そうだ。君が……殺した」


『そうか…… あーはっはっは! いい気味だ! あの勇者は、考えられないくらい極悪人だった。死んだとは、天罰が下ったのだぁっ! あははははは!』


 勇者が……極悪人?

 どういうことだ……?


 それにしても、人が死んだと聞いて、この笑い。

 やっぱりコイツは心底、冷血なヤツなんだ。


『あははは! あはは…… あは…… 私のせいで……死んだのか?』


「そうだ」


『そうか……』


「ピース。君は、勇者が死んだのを知らなかったのか?」


『ああ、知らない。勇者にだまし討ちにされて、剣に封印される寸前…… ヤツが、自分で地面に仕掛けた罠につまづいて、倒れたのは覚えている。そしてヤツは地面の岩に頭を強打していたな。ピカピカに禿げた頭から、血が吹き出していた』


 はっ?

 なんだって?


『私は剣に吸い込まれながら、それを眺めていたが……もしかして、ヤツの死因の大怪我って、それか?』


 俺は思わず振り返って、ジグリットの顔を見た。


「そうかもな、あはは」


 ジグリットは、苦笑いしながら、乾いた笑いを出している。

 そ……そんなことってあるんですかぁーっ!?

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