第25話:恐ろしいはずの女は、なぜか話が噛み合わない

「凄いぞ、アディ!」


「ジグリット、大丈夫?」


「ああ。魔王にかけられていた、拘束魔法が解けたようだ」


 俺は壁にもたれて気を失っているキャティの肩を揺すった。


「大丈夫か? キャティ!」


「ん……? ああ……アディか……大丈夫だ」


 キャティは頭を左右にふるふると振った。

 顔つきはしっかりしているし、大丈夫そうだ。


 ──良かった。


「魔王を封印できたのは良かったけど……これじゃあ聖剣として使えない。でもここに魔王を封印してあれば、聖剣は無くてもいいかな」


 俺はひと安心してそう言ったが、なぜかジグリットは難しい顔をしている。


「魔王が以前から変わらず、この剣に封印されてたとすれば……なぜ最近、魔物達の動きが活発化しているのだろうか?」


 確かに。

 ジグリットの言うように、事はそう単純じゃないのかもしれない。


 ──ん?


 テーブル上に置いた聖剣から、何やら声が聞こえた気がした。


 剣に耳を近づけてみる。


『貴様ぁぁぁぁ!! 出せっ! 今すぐここから出せぇっ!!』


 あまりに恐ろしい叫びに、一瞬ぶるっと震えた。

 ──これは……女魔王の声だ。


 だけど大丈夫だ。

 剣の中では、あの恐ろしい魔王であっても無力だ。


「やだ。出さない」


『なにぃぃ!? この私の言うことが聞けないというのかっ!?』


「ああ、聞かない」


 出すもんか。

 恐ろしすぎるもん、コイツ。


『出さないと、どうなるか、わかっておるのかっ!?』


 ──こいつをここから出さないと、どうなるのか?


「出さないと……お前はまた何十年も、寂しく封印されたまま、ということになるな」


 ちょっと嫌味ったらしく言ってやった。

 そうだよ。封印を解かなければ、お前が困るだけなんだよ。


『……』


 魔王め、無言だ。

 もしかしたら……めっちゃくちゃ怒ってるのでは?


 封印したから大丈夫だとは思うけど……

 恐ろしい魔王の形相が頭によぎった。

 かなりビビる。


『そうだ。またこの暗くて狭い中で、何十年もの間、過ごさなきゃならないのだよ……』


 ──ん?


 なんか、予想に反して、力のない声。

 落ち込んでるみたいだ。


『私が……私が……いったい何をしたと言うのだ? 私は何も、悪いことをしていないのに……』


 ──ん?


 何を言ってるんだ?

 コイツは自分を正当化してるのか?


 魔物を操って人間を襲わせる。

 時には魔族自らが人間を襲う。


 そうやって人間を苦しめ、いたぶり、様々な物を盗んだりもする。


 それは悪いことに決まっているだろう。


『くそっ……くそっ……』


 だいぶ悔しいみたいだな。

 声に元気がない。

 ざまあ見ろだ。


『くそっ……くっ……くっ……』


 魔王はしばらく『くそっ』と言い続けてた。

 しかしそのうち、なんだか泣き声みたいになってきた。


『くっ……ズズッ……』


 鼻水をすする音まで聞こえる。


『ズズッ……ふぇっ……』


 いや、マジで泣き声みたいだぞ。


『ふぇっ……ふぇぇぇ……ふぇぇぇん……』


 なんだコイツ?

 本気で泣いてるのか?


 いやいや。

 俺たちを騙そうとしてるに決まってる。

 なんと言っても相手は魔王だ。


 さっきまで、あんなに強気で、ドSかと思う言動。

 それが、こんな感じに泣くはずはない。


 『ふぇぇぇん……暗いよぉ……寂しいよぉ……グスっ、グスっ』


 いや、マジでコイツ、泣いてるよ?

 なんだか、俺が悪いことをしているような気になってきた。


 俺は思わず助けを請うような目で、ジグリットとキャティを見た。


 キャティは首を傾げてる。

 ジグリットは真剣な顔で、魔王の声を聞いている。


「なあジグリット。コイツ、実は魔王じゃないのかな?」


「いや、確かなことはわからんが……60年前に勇者と戦って負けているし、強大な魔力や見た目からしても、コイツは魔王の可能性が高いと思う」


「じゃあなんで、泣いたりしてるんだろう? 嘘泣きかな?」


「さあ……それは、僕にもわからない」


「うーん……」


 俺たちは三人で、首を傾げるしかなかった。

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