第23話:妖艶で恐ろしい女は、勇者を恨む

 何も考えずに魔王に飛びかかりはしたものの。

 その射抜くような鋭い目と目が合った時、俺は死を覚悟した。


 しかしなぜか魔王は目を見開いて、俺の顔を見つめた。

 背中の羽がぴくりと動くが、動きは止まっている。


 動きが止まった女魔王の腰に、俺は飛びついた。

 魔王の腹に顔をつけて、腕を腰に回す。

 そして腕にギリっと力を込めるが、コイツはまったく平気な顔なまま。


 やはりまったく歯が立たない。


「なんだ貴様は? 邪魔するな。痛い目に会いたいのだな?」


 ──いや、痛い目になんて会いたかないけど。

 このまま所長を見殺しになんてできない。


「私はこの勇者のせいで、長い間、狭くて暗い、何もない空間に閉じ込められておったのだ」


 そんなの知らん。

 魔族が人間を殺しまくるから。

 その魔族の王だから、勇者はコイツを倒そうとしたんだ。


 それに”この勇者”と言っても、そこに寝転んでいるのはダッファード所長だ。

 勇者ではない。

 共通点は……禿げ頭だけ。


「こやつが私を自分の持つ剣に閉じ込め、それを二つに折ってしまいおった。だから私は封印されて、出て来れなくなったのだ」


 ──へっ?


 剣を折って封印?

 ということは……


 俺が剣を接着したせいで、魔王を解放してしまったってことかよーっっっ!?


 いや、ちょっと待って。

 知らなかったとは言え……

 依頼されてやったとは言え……


 魔王を復活させたのは、俺だってことだーっ!


 え? え? え?

 まずいよ、まずいよ、まずいよ。

 どうしよう? どうしよう? どうしよう?


 せ……責任を取らなくちゃ。


「おい少年。何をじっとしておる? 離さぬというならば、吹き飛ばすぞ? ふふふ」


 魔王の腰に抱きついたままふと顔を上げると、また魔王と目が合った。


 魔王は一瞬「クッ……」と鼻から息を吐いた後、低く押し殺した声で「早く離せ」と言った。


「嫌だ! 離さないっ!」


「ならば仕方がない。にっくき勇者を庇う者は、許さん! 私の強大な力を、存分に思い知るがいい!」


 魔王は腰を、クルっと軽くひと振りした。

 たったそれだけで、腰にしがみついていた俺は、グルンと振り回される。


 なんというパワーだ。


 俺の身体は宙で大きく回転し、思わず両腕を離してしまった。

 勢いで吹っ飛ばされ、そしてテーブルの上に激しく背中を打ちつけられた。


「グェッ!」


 息が止まる。


 そのままバウンドして、今度は床に打ちつけられた。


 魔王に取っては、まるで軽いぬいぐるみを放り投げるような。

 そんな造作もないことなんだろう。


 凄まじいパワーに、俺なんかまったく相手にならない。


 魔王がちょっと腰を振っただけでこの始末。

 コイツが本気で攻撃してきたり、魔法を使われたりしたら、例えSランクの冒険者だって敵うまい。


 伝説の勇者だって、相打ちで命を落とした相手なのだ。


 ましてや俺なんか、虫ケラ同然だ。


 改めてそう思い出したら、背中にゾゾゾっと寒気が走った。


 そうだ……俺は死ぬ。

 今日、ここで死ぬんだ。


 ふと目の前の床を見ると、俺と一緒にテーブルから落ちた聖剣が目に入った。


 俺が接着した聖剣。


 そうだ。

 俺がコイツを接着したばかりに、こんなことになった。


 俺が死ねば、少しはお詫びになるかなぁ……


「さあ勇者よ、お待たせ。ようやく貴様への、仕返しタイムだ。フッフッフ……」


 いや、ダメだ。

 諦めるな。

 このままだと、所長が殺される。


 なんとかしないと!

 でもどうしたらいい!?


「アディ……【接着】で封じ込め……【分離】で封印……」


 身体の自由を奪われたジグリットが、振り絞るように唇を動かした。

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