第22話:妖艶で恐ろしい女は、勘違いする

 聖剣の放つ激しい光に、俺は思わず目を閉じた。

 そして恐る恐る開いた目に映ったもの──


 それは、頭に左右対象の小さなツノを生やした女だった。

 身体はそんなに大きくない。

 女性として標準的な大きさ。


 ただ、その姿はツノ以外にも異形だ。

 長い黒髪。背に生えた黒い翼。金色の瞳。


 そしてその顔は、恐怖で人を支配するほど恐ろしい形相をしてるのだが……

 息を飲むほどの、妖艶な、美人。


「コイツ……魔王だ……」


 ジグリットが、信じられないという表情で呟いた。


 ──えっ?


 魔王だって?



 ソイツが身に纏っている、スタイル抜群の身体にフィットした真っ黒な服。

 そして何より、全身から放つ禍々しく強大な魔力。


 レベルの低い俺でさえも、凄まじい魔力を感じる。

 コイツが魔王だと言われたら、確かに納得だ。


 ──でもいったい、なんで魔王なんかが急に現れたんだっ!?


 俺が呆然と見ていたら、そいつは怒気をたっぷりと含んだ、唸るような低い声を出した。


「おのれぇぇぇ! 勇者めがぁぁぁ! 私を剣に封印などしおって! 許せんっっっ!! 勇者め、どこだっぁぁぁ!?」


 ソイツは悪魔のような恐ろしい形相で──いや、悪魔というか魔王なんだが──叫びながら辺りを見回す。


「ほぉ……そこに倒れてるヤツ。勇者だな……」


 女魔王は、床に突っ伏している所長をギロリと睨んだ。

 それは震え上がるほど、鋭い目つき。


 そしてテーブルからふわりと浮き上がり、倒れている所長の横にスッと着地する。


 ──ヤバい!


 なぜだかわからないが、所長を勇者だと間違えている!

 このままでは、所長が殺される!


 その時、横にいたキャティが剣を抜いた。

 そしてダッと床を蹴って、魔王に飛びかかる。


 さすがキャティ!

 目にも止まらぬ速さ!


 魔王は迫り来るキャティをチラッと横目で見て、片手を上げた。

 そしてキャティの目の前に掲げた指で、デコピンをする。


 バシッ!

 ──という音と共に、キャティは後方に吹っ飛んだ。


 そして部屋の壁に背中から打ちつけられ、呻き声を上げる。


「ガフっ……」


「キャティっ!」


 俺が名前を叫んでも、キャティはぐたりと手足を投げ出したまま動かない。

 気を失っている。


 あの魔王、なんて強いんだ。

 キャティのスピードをものともせず、デコピン一発で吹っ飛ばすなんて。


 ジグリットは「くっ……」と喉を鳴らして、魔王に向かって叫んだ。


「待てっ、魔王! それは勇者ではない! 人違いだ!」


「ほぉ……私を欺こうというのか。面白い……だが私は、私を騙し討ちにした、あのにっくき勇者。その禿げ上がった頭を決して忘れはしないぃぃぃーっ!」


 女魔王が指差す先に目を向けると、そこにはうつ伏せに転んでいる、所長の光る禿げ頭があった。


 ──大いなる勘違いっ!


 禿げ頭違いだーっ!


「違う! 勇者は60年前に死んだ! その人は別人だ!」


 ジグリットの叫びも、魔王はフンと鼻で笑い飛ばした。


「ふふふ……私は騙されんぞ。こんな見事な禿げ頭の男が、他にいるハズはなかろう」


 ──いや、別に……それくらいは、何人でもいるだろ?


 そうは思うが、魔王はジグリットの話にまったく耳を貸そうとしない。


「やめろっ! この、クソ魔王っ!!」


 いつも温厚なジグリットが声を荒げた。

 そして車椅子をスーッと動かして、魔王に近づく。


「誰がクソだ……」


 かなり気分を損ねたみたいで、魔王はピクリと片眉を上げた。

 マズい……


「黙っておれ、このクソ男!」


 魔王が手のひらをジグリットに向けて叫んだ。

 彼の車椅子はピタッと動きが止まる。

 ジグリット自身も何かに羽交い締めされたように、身体の動きが止まる。


「どうだ。動けまい。喋れまい」


 魔王の拘束魔法か。

 ジグリットは完全に動きを拘束されている。


 魔王はまた所長の背中を見下ろして、長い爪の人差し指を向けた。

 その指先に魔力が集まり、鈍く光り始める。


「ふふふ……くたばれ、勇者よ!」


 ──ヤバい!


 何か強大な攻撃魔法を発動する気だ。


 どうしたらいい?

 どうしたらいい?

 どうしたらいい?


 キャティですら一撃で吹き飛ばす魔王。

 そんなヤツに、俺なんかが敵うはずもない。


 一瞬で殺されてしまうだろう。


 だが、このままでは所長が殺される。

 躊躇するな、俺っ!

 勇気を絞り出せっ!


 「やめろぉぉぉぉーっ!!」


 俺は何も考えずに、魔王に飛びついた。


「なんだ、貴様は……」


 魔王は振り向いて、俺と目が合った。

 めちゃくちゃ邪悪な目つき。

 その視線だけで、俺は殺されてしまいそうな恐怖に、身震いがした。


 ──やられる……


 そう覚悟した瞬間、なぜか魔王は目を見開いて、俺の顔を見つめた。

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