第3話:優しい金髪の白魔術師は、俺を気遣う

◆◇◆◇◆


 晩飯を食ったあと、俺は安宿のベッドに寝転んでいた。

 俺が暮らす孤児院はこの町から遠く、歩いて半日かかる小さな村にある。


 だからクエストに出かけた時には、俺たちは一泊してから帰途につくことにしている。

 俺たち貧乏人には、ロクな宿には泊まれないのだが。


「これから、どうするかなぁ……」


 俺には、なかなか上達しない剣の技術と……【接着】なんていう、地味なスキルしかない。


 俺の幼い頃からの夢。

 強い剣士になっていずれは勇者となる。


 それがどんどん遠ざかるような気がして、身体中が重く感じる。


 ドグラス達は新しい剣士を加えて、早速明日もクエストに出るようだ。

 俺はここにいてもやることが無いし、明日はゆっくりと孤児院我が家に帰ることにするか。



 ボーッとそんなことを考えていたら、ドアをコンコンとノックする音が聞こえた。


 ──誰だ?


 扉を開けると、白魔術師のマリリアットが立っていた。

 彼女は外では、いつも白いローブを着ている。

 しかし今は襟付きの白シャツだけなので、思わずその豊かな胸に目がいく。


 俺は慌てて、金髪が美しいマリリアットの顔に視線を戻した。


「あ……いや、ゴホンゴホン。どうしんだマリリン」


「風邪ですか、アディ?」


「そ……そうかな。いや、大丈夫だ」


 俺が咳で誤魔化したのをマリリアットは心配してくれた。


 彼女は「そうですか」と言った後、童顔に申し訳なさげな表情を浮かべる。


「アディ。あの……これ。直してもらえませんか? もちろんお金は払いますから」


 マリリアットが差し出した手には、真ん中でポキリと折れたロッドが握られていた。

 いつもマリリアットが使っていたロッドだ。


「え? 新しい武器を買ったんじゃないのか?」


「はい。買いましたけど、念のためにこれも持っておきたくて……」


 今日の戦闘では、マリリアットのロッドは折れていなかったはずだ。

 ロッドを受け取り、切断面をよく見ると……なにか石のようなもので叩いて壊したようになっている。


「修理代はこれで……」


 マリリアットは札束を差し出した。


「そんな大金、受け取れねぇよ。いいよ仲間……いや、元仲間なんだしタダで」

「いいえ。アディの技術には、これだけの価値があると思ってますから」


 ──ん?


 もしやと思って札束を受け取り、数えると25万ジルある。

 今日の報酬100万ジルの4分の1。


 マリリアットはこのロッドをわざと壊して、俺に修理させることで、報酬の俺の取り分を渡そうとしているのだろう。


 もしも単にお金を渡すなんて言われたら、俺はきっと拒否していた。

 だから修理代として、しかもそんな大金の価値があると言って。


 ──なんていいヤツなんだよ、マリリアット。


「あれっ? どうしたんですかアディ……私、泣かせるような酷いこと、言いましたか?」


 マリリアットはオロオロしている。


 ──違うよマリリン。


 酷いことなんか言ってない。

 だけどお前は、感動で俺を泣かせるようなことをしてるよ。


「いや、なんでもない。晩飯に食ったマスタードが、口の奥に残ってたんだ。今急に、ツーンときた」


「えっ? 大丈夫ですかぁ? おっちょこちょいですねぇ、アディは」


 マリリアットは、ケラケラと笑い出した。


 ──誰がおっちょこちょいだ!?


 いつものんびり屋で天然のマリリアットに、そう言われちまったよ。


「ああ、大丈夫だ。気にするな」


「良かったですぅ……」


 マリリアットは、ホッとした顔で目を伏せた。


 俺は二つに割れたロッドを握り、元に戻るように念じる。


「接着……」


 1秒もかからず、ロッドの破損箇所は直った。

 繋ぎ目なんかまったく残らない。

 元の状態に完全に戻せる。

 それが俺の【接着スキル】だ。


「ほらよ。いいかマリリン。もう壊さないように、気をつけろよ」


「はい。ありがとです」


 マリリアットは俺が直したロッドを、大事な物を抱えるように胸にギュッと抱きしめている。


 マリリアットがくれたお金は、コイツの気遣いを無にしないために、とりあえず預かっておこうか。

 また何かマリリアットが困った時に、この金で助けてあげよう。


「アディはこれからどうするのですか?」


「そうだなぁ。とりあえず明日は孤児院に帰って、今後のことはまたゆっくり考えるよ」


「そうですか……」


 俺が明るく答えたのを見て、マリリアットはほんわりと笑顔を浮かべた。


「明日は、またクエストに出かけるのか?」


「は……はい」


「じゃあ、気をつけて行けよ」


「あ……ありがとです。またいずれ、アディとパーティを組みたいですね」


「そっか。じゃあ俺が、めちゃくちゃ強くならないとな。なかなかハードルが高いなぁ」


「そ、そんなことはありませんよ。きっとアディならできますよぉ」


 マリリアットは両腕を前に出して、ガッツポーズをしている。

 そんな仕草をしたら、豊かな胸がさらに盛り上がるんだが……

 目に毒って言葉を知ってるか、マリリン?


「お、おう。頑張るよ」


 自信はないが、マリリアットに心配をかけるわけにはいかない。


 俺が笑顔でそう答えると、マリリアットも笑顔を返してくれた。

 そして「じゃあまた」と言い残して、彼女は自分の部屋へと戻って行った。

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